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臨床推論 Case170

Intern Med. 2024 May 1;63(9):1317-1322.
PMID: 37839888.

【症例】
21歳 日本人男性

【主訴】
発熱 関節痛 咽頭痛 皮疹 下痢

【既往/治療歴】
川崎病
喘息
アトピー

【現病歴】
6日間続く高熱, 咽頭痛, 関節痛, 手掌の硬結, 紅斑, 下痢を主訴に10月中旬に当院を受診した. 症状発症直前に飲食店で焼肉を食べている. 動物との接触や生水の摂取はない. 入院4日前に近医で胃腸炎の疑いでレボフロキサシン, スコポラミン, レバミピド, ドンペリドン, プロバイオティクスを処方されたが, 症状は改善せず入院となった.

【現症】
■ バイタル:体温38.7°C, 血圧117/62 mmHg, 脈拍95/分
■ 身体診察:両側の軽度の結膜充血, 舌と口腔粘膜の発赤, 軽度の頸部リンパ節腫脹, 体幹部の淡い紅斑, びまん性の軽度の腹部圧痛を認めた. さらに両側の手掌足底の硬結と紅斑も観察された.

■ 白血球:8,040/μL, CRP 8.36 mg/dL, 赤沈 68 mm/h, AST 59 IU/L, ALT 152 IU/L, LD 301 IU/L(JSCC法), ALP 537 IU/L(JSCC法), γ-GT 209 IU/L, sIL2 3,721 U/mLで貧血, 血小板減少, 腎機能異常は認めず.

■ EBV, CMV, ASOは既感染or未感染であった.

■ 造影CTでは小リンパ節の腸間膜リンパ節腫脹と肝脾腫を認めた.

【経過①】
■ ブドウ球菌やレンサ球菌による皮膚軟部組織感染によるトキシックショック症候群が疑われたため, 入院しセファゾリンを経験的に開始した. 明らかな皮膚感染の病巣がなかったため, 川崎病, 細菌感染による腸間膜リンパ節炎, 悪性リンパ腫などを疑った.
■ 咽頭培養でメチシリン耐性黄色ブドウ球菌が同定されたため, セファゾリンを中止しバンコマイシンに変更したが, 症状は改善せず, 発熱, 下痢, 粘膜皮膚の紅斑が持続した.
■ 入院6日目には白血球数23,150/μL, CRP 9.91 mg/dLとさらに上昇し, 肝機能検査も異常であった. 症状発症10日目に手掌足底の落屑が出現し, 川崎病の6つの診断基準をすべて満たした.

■ 心エコーで心臓合併症をモニタリングしながら, アスピリンと免疫グロブリン大量静注療法(IVIG; 1 mg/kg)を行った.  心エコー検査を繰り返したが心臓合併症は認めず, IVIG治療で症状は軽快しなかった.

■ 繰り返す便培養は陰性であったが, 過去に流行し, 猩紅熱と川崎病に類似した症状を呈するY. pseudotuberculosis感染を疑った.

■ セフトリアキソン開始後, 体温は低下し, 下痢は徐々に減少した. 第25病日に退院し, 外来でアスピリンを継続しながら経過観察する予定とした.

■ 入院時と回復期の対血清検体を用いた血清学的検査で, 抗Y. pseudotuberculosis抗体価の上昇を認めた.

What’s your diagnosis ?


【診断】
Y. pseudotuberculosis感染症による泉熱(izumi fever:IF)
(過去に流行して名付けられたエルシニアによる川崎病様疾患)

【経過②】
■ アスピリンを中止した. その後, 症状の再燃なくフォロー終了した.

【考察】
■ Yersinia pseudotuberculosisは自然軽快する胃腸炎, 腸間膜リンパ節炎, 回腸末端炎を引き起こす. 日本と東ロシアでは, Y. pseudotuberculosisが全身性炎症症候群を引き起こすことが報告されている. 極東に流行している一部の菌株は, 川崎病様の疾患の原因となるYPMaと呼ばれるスーパー抗原性毒素を産生する.

■ 泉らは, 1927年に日本で発生した正体不明の猩紅熱様発熱性疾患を報告し, 1940年代後半まで散発的に流行が報告された. この疾患は感染症と考えられ, 泉熱と命名されたが, 原因病原体は発見されなかった. 1977年に日本でのさらなる流行により, 多くの患者の糞便検体からY. pseudotuberculosisを分離したことで, この疾患の原因がY. pseudotuberculosisであることが突き止められた. また, 1959年以降, ウラジオストクやロシア極東の他の地域でY. pseudotuberculosis感染症の流行が報告されている. 初期症状が猩紅熱に類似していたため, FESLFと命名された.

■ Y. pseudotuberculosisの病原性は, エルシニア・ビルレンスに関連するプラスミドpYVの存在に依存する. Y. pseudotuberculosisの遺伝子型は, 他の病原因子である高病原性アイランド(HPI)とYPM(3つのサブタイプ: YPMa, YPMb, YPMc)に基づいて6つのグループに分けられる. HPIとYPMaはY. pseudotuberculosisの臨床症状に関連している. HPIはシデロフォアを介した鉄獲得に関与する分子であるイェルシニアバクチンの生合成遺伝子クラスターを有する. YPMaは抗原特異性に依存せずにMHCクラスII分子に直接結合することにより, 全Tリンパ球の5〜20%を活性化できるスーパー抗原性毒素である. スーパー抗原性毒素は, トキシックショック症候群の原因病原体であるStreptococcus pyogenesやStaphylococcus aureusなどのグラム陽性球菌の一部の株によって産生される. YPMaは, グラム陰性桿菌で同定された唯一のスーパー抗原である.

■ 地域によって持っている遺伝子が異なるため地域によって臨床像が異なる. ヨーロッパで最も一般的な遺伝子型はグループ2 (HPI+, YPM-)で, 胃腸炎と腸間膜リンパ節炎を引き起こすのに対し, 日本と極東ロシアの主要な病原性株はグループ3 (HPI-, YPMa+)で, IF/FESLFの臨床的特徴の原因となる.

■ IF/FESLFは猩紅熱, トキシックショック症候群, 川崎病に類似した臨床的特徴を示す. 興味深いことに, Y. pseudotuberculosis感染と川崎病との関連が以前から報告されている. KDは流行の特徴や発症の季節性から感染症との関連が示唆されている. 日本の全国的なKD流行中に, Y. pseudotuberculosisの10件の流行が報告されている. 日本でKDが10月から5月にかけてピークを迎えることは, Y. pseudotuberculosis感染の流行や散発的な発生と一致する. 両疾患の年齢および性別分布プロファイルも類似していた.

■ KDは主に5歳未満の小児に影響を与え, 男女比は1.7:1であるのに対し, Y. pseudotuberculosis感染症は主に若年小児(ピークは2歳)で, 男女比は1.6:1である. KD患者452人を対象とした後ろ向きコホート研究では, 9.3%の患者の便培養でY. pseudotuberculosisが検出され, これらの患者は冠動脈病変の発生率が有意に高かった.

■ Y. pseudotuberculosisに感染した小児164人のうち, 57人(35%)がKDを呈した. 別の研究では, Y. pseudotuberculosis感染症患者329人のうち29人にKDがみられた. Horinouchiらは, KD患者の10%が抗Y. pseudotuberculosisおよび/または抗YPM抗体陽性であることを示した. 陽性群では陰性群に比べて心臓後遺症の頻度が高かった.

■ Y. pseudotuberculosis感染がKDの発症に部分的に関与している可能性はあるが, 疾患の全容を説明するものではない. KDは, 遺伝的素因のある個人に特定の感染性および環境的要因にさらされることで発症する可能性がある. そのためKD自体にも地域差がある.

■ IFはKDの鑑別の重要な疾患である.しかし日本では衛生状態の改善によりIFの発生率は著しく低下している.

■ IFもKDも思春期・若年成人では稀であり, トキシックショック症候群や薬疹などが通常は想起される.

■ しかし乳幼児ではY. pseudotuberculosis感染とKDを区別する必要はない. KD様の症状を呈していればKDとして治療すべきであり, これらの患者がY. pseudotuberculosisに感染していたとしても, 心臓合併症を起こしやすいため, アスピリンとIVIGによる治療は合理的である. 思春期や若年成人ではKDもIFも発生率が低くIVIGの予後改善効果については確立されたエビデンスがない.

■ 成人発症KD患者の症例シリーズでは, 小児に比べて心臓合併症の頻度が低かった(5% vs 20%). 発症-診断のラグは12.5〜13日で, 70〜79%の患者にIVIGが投与された. IVIG使用すると疾患経過の短縮に有効であったが, 心臓合併症の減少には有意な効果はなかった. 本例では臨床所見がKDの基準を満たしていたが, IVIGで症状が改善することはなかった. 

■ 本例は入院前に他の診療所でレボフロキサシンが処方されていた. この抗菌薬はY. pseudotuberculosisに対して有効であると考えられるが, 臨床的には無効であった. その理由の1つは抗菌薬感受性かもしれないが, 残念ながらいずれの症例でも病原性微生物は検出されなかった. 文献上, フルオロキノロンや第三世代セフェム系薬に対する耐性は見当たらなかったため, 抗菌薬耐性が無効の理由であるとは考えにくい. 抗菌薬が無効で理由は, 免疫学的に説明できるかもしれない. Hashimotoらは, 有効と考えられる抗菌療法を受けていたにもかかわらず, 5日目に敗血症性ショックを呈したY. pseudotuberculosis菌血症患者の症例を報告した. Lemaitreらは, Y. pseudotuberculosisに感染したマウスにおいて, in vitroの感受性とin vivoの抗菌薬の無効性の不一致を実証した. IF/FESLFの臨床的特徴は主に, スーパー抗原性YPMaによって引き起こされる免疫反応によるものである. 抗菌薬は病原性細菌とその毒素の負荷を減らすことはできるが, 免疫反応を止めることはできない.今回はのセフトリアキソンの投与の遅れが, 臨床症状の改善の遅れにつながったと考えられる.

■ 症例のように, 培養検体を採取せずに事前に抗菌薬が処方されている症例が多数あると推定されるため, 臨床診断が特に重要である. 思春期や若年成人のKDは稀であるため, 医師はIF/FESLFを含む他の鑑別診断も同時に考慮する必要がある.

■ 抗体検査ではY. pseudotuberculosisの血清型2aが陽性であった. 日本での過去の流行は, 1b, 3, 4b, 5a, 5bなどさまざまな血清型によって引き起こされたが, 特に4b, 5a, 5bに偏っていた. 一方, 川崎病患者を対象とした抗Y. pseudotuberculosis抗体調査では, 1a, 1b, 2b, 3, 5a, 5b, 6が陽性で, 特定の株への偏りはなかった. また検査で複数の血清型が陽性の症例報告がある. 複数血清型陽性の理由としては, 血清抗体が実験抗原と交差反応を示したこと, および/または実験抗原の精製が不十分であったことが推測された. 検査を委託した研究室は, 両方の現象がしばしば起こると報告した.


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