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「最高の自分を発揮することで周りの人達を幸せにする」ことを自分に許せていますか?

「遊び」の星の下に生まれてきた
やまと☆です。

このタイトル、
「最高の自分を発揮することで
周りの人達を幸せにする」
って
許す”ことじゃなく、当たり前じゃん?
って、思うかもしれない。

だけどね。


「遊び」の星の私には

いや、どの星の人であっても

自分の想いに真摯に生きてきたなら
どうしてもやらずにはいられない
自分の執着ポイントというのを
もっていると思うんだ。

私にとってのそれは
「仕事で遊ぶ」ことだったのだけど

そのために他のことを振り切る中で

上司から叱られたり
職場の人達から嫌われたり
大切な家族の期待に応えられなかったり、、

本当に苦しくて悲しいことが
たくさんあったんだ。


だけど、
「仕事で遊ぶ」を120%やることに
どうしても抗えない。

そして

「仕事で遊ぶ」
(当時はまだ言葉として自覚してなかったけど)
=「最高の自分を発揮する」

「最高の自分を発揮する」
=「世界のためになる」

という根拠のない確信はずっとあった。


だけど
周りの人達を怒らせたり悲しませたりを
重ねていくうちに

「最高の自分を発揮しようとする」
=「自分の周りの人達を怒らせる、悲しませる」

という自分の中の公式も強化されていった。


独立した今なら、わかるんだ。

私がやっていたことって
その職場の中では批判されることだったけど
もっと視野を広げれば
むしろその行動がプラスとされる場所が
たくさんあるんだってこと。

それに
当時はダメだとされていたことが
時代の流れで
今は推奨されるようになっていることすら多い。

むしろ
罪悪感を持ちながらやっていたから

あるいは
その環境の中では振り切ってやっていたつもりでも
どこか人目を気にして中途半端だったから

それが周りの人達を変に刺激して
イライラや反感を買っていたのだ、と。


また
家族についても
私がいつも気をかけてあげないと不幸になると
弱い者扱いしていたから

彼らが私の気を引こうと
あれやこれやジャマしてくる(?)状況を
つくりだしていたのだ、と。


それで
自分の罪悪感に耐え切れなくて
無意識のうちに周りから責められる状況をつくって
それで「やりたいことをやる」とバランスをとって
罪悪感をチャラにしようとしていたんだ、と。

だとしたら?


ここからは

「最高の自分を発揮することで
周りの人達を幸せにしている私である」

と許可する。決める。


それがどう叶うか、叶えられるかは
後なんだ。

決めた後に道が開ける。

そう信じよう。


この週末色んな出来事と思いが交錯し
たくさんの気づきがあったので
1つシェアさせてもらったよ。

やまと☆

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