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お墓はいる?いらない??

なぜこんなことを思ったかというと、とある方の講演会で学んだことや、親から墓についてなんだけどっていう話がきっかけで調べることになった。

思うところは3点ある

  1. すごいお金がかかる
    檀家だったら葬式、法要で寺に読経の依頼をしなければならなくなり毎回お布施、交通費、食事代が必要になる。
    納棺式、火葬式、納骨式、通夜式、開眼供養、戒名、お盆、彼岸、大晦日、年忌法要、特に田舎の本家、分家となってくるもうたくさん

  2. 檀家続きで自由に葬式を行えない
    檀家なら寺のいいなりになるしかなくなる

  3. 墓の確保
    墓の確保が難しいことや、管理、墓参りに行なくなることも少なくない

3点から見ると、葬の方法や檀家にならなければ解決じゃない?
でも本当にそうかなと思い調べてみた。

まず葬儀では大まかに、死亡届、埋葬許可証、を国に提出して報告をしないといけないのですね

檀家と仏教についてを書いてみました。
墓と檀家の繋がりを見てみると面白いですね

法要や年忌を調べると、神さまが死者に対して審判をするのかって、疑問に思いますし、筆者は見える聞こえる人ではないので証明はできませんが、故人は墓にいるのではなく、大切な人の身近にいて呼んだくるんでなはないかと思っています。だって大切な人を見守りたいもん。一年の数日間しか会えないと思う方が寂しいし、悲しいと思う。

そこにつけ込んでの、お金儲けのための手段としか思えない

葬儀、法要や仏教が死後の世界について説いていないのはわかりましたが、果たして墓はいるか入らないかはその人たち次第だと思います。
選ぶをポイントを個人的に書いてみました。

墓が必要だと思う人

1.遺族が法要、年忌を行うことで救われる、癒されるならば必要
2.田舎で宗家、分家といった大きな家系があるならば、線香上げに家に上がる必要がなくなり、お墓に案内することができる

墓が不要だと思う人

1.墓の掃除が大変で、墓がある地にとどまりたくないと思う
2.お金をかけたくないと思う人

最後に

過去を学ぶことで、見えてくるものがありますね。
3点をあげみたけども、人は何を選ぶことも許されているので、必要に応じて選ぶことが大切ですね!そして、生きているうちにどういう葬式をあげてほしいかも家族と話しておくことも大切ですね!
そこの部分についても書いていきたいと思います。

最近では墓じまいが進んで、お寺も生き残るのは大変だと思います。
遺族がどうして欲しいか話を聞いて、きちんと向き合って癒しを与えることができれば喜ばれると思います。

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