レンズマンよもやま話 ファースト
あっという間にふた月過ぎました。時の流れるのは早いものです。年を取るわけです(現実逃避)。
予告しましたレンズマンのよもやま話をお送りします。
一回で終わらせるつもりだったのですが、書きたいことが次々と出てきたので、分けることにいたします。
レンズマンと大英帝国
これはほぼ冗談と思っていただきたいのですが。
本シリーズには多くの宇宙艦艇が登場しますが、アメリカ海軍からきた船名・艦名は必ずしも多くないのです。三惑星連合の客船シカゴ号、軍艦ボイス/ボイシ号くらいでしょうか。これ旧訳ではボイスだったので『声』のことかと思っていました。ボイシって有名な街ではないですし(失礼)、その名を付けた軍艦も有名ではないですしね。
三惑星連合艦隊の旗艦は、英国の超弩級戦艦フィアレス。
この本編部分が書かれた戦前、確かに英国は米国と並ぶ世界トップの海軍国でしたが、アメリカ人の作家でこういうポジションを米国艦に割り振らないのは珍しいと思います。
キムボール・キニスン四部作においても、主人公の乗艦がブリタニア(そして同二世)、ドーントレス。
ブリタニアは言うまでもなく英国のことですね。英国の戦艦や王室ヨットにつけられました。ドーントレスは米国の艦上急降下爆撃機からと思ってましたが、艦名に形容詞を使うのは英国軍艦の特徴で、現にHMSドーントレスという巡洋艦が存在したそうです。
そういえば、ジャック・キャンベルの「彷徨える艦隊」シリーズでドーントレスという艦が登場し、訳者がレンズマンへのオマージュではないかと書いていましたが、後に英国の歴史ある艦名なので関係ないのではないかと指摘されていましたっけ。
恐らくそうなのでしょうが、そのことで逆にレンズマンのドーントレスという艦名が英国流であることに気づけたのですから、結果的には有難い誤解でした。
また、銀河パトロールの各艦隊が合同した艦隊は(日本海軍の連合艦隊に当たる)大艦隊(グランド・フリート)といい、英国の合同艦隊と同じ名称です。
もしかすると、(前回の話とも絡んできますが)スミスは英国の貴族制と民主主義の折衷体制を、アメリカ式民主主義より良いものと思っていたのではないか、と妄想したりします。
(ファースト)レンズマンと消えた種族
前回触れましたが、『ファーストレンズマン』は『三惑星連合/軍』を銀河パトロール隊のシリーズに統合するために書かれた物語です。そこでは三惑星連合軍の最高指導者であるヴァージル・サムス/サムズが、アリシアに赴いてレンズを授かり、三惑星連合がすでに接触している異星人とともに銀河パトロール隊を設立します。
そういう大枠のほかに、本作には両作品(シリーズ)の間にある矛盾を説明する描写もあります。
例えば、無慣性航法が前者ではクリーブランドとロードブッシュによって開発されたのに、後者(未来)ではバーゲンホルムと呼ばれていること。
確かに前者の荒削りで乗員に苦痛を強いるような代物と後者との間には、大きな進歩が必要だったでしょうから。
ただまあ、それもアリシア人のおかげというのは少しがっかりしたのも事実です。
もう一つは、ネヴィア人にはレンズマン候補がいなかったとわざわざ特筆されていること。
『三惑星』での有能キャラであったネラド船長ですらそうであり、ダメ押しに将来的にも出そうにもない、とまで言われています。なんでや!
これは、人類最初の接触太陽系外異星人であるネヴィア人(アリシア人やエッドール(エッドア)人のことは人類はほぼ知らないので)銀河パトロール隊シリーズには全く登場しないことの説明でしょう。
もっとも、これはサムス/サムズの発言ですから、もっと未来にはネヴィア人のレンズマンが登場するかもしれませんが。
ちなみに、金色の斑点から電撃を放つアメーバ型種族は、いつかレンズマンが出るのてしょうか?
(ファースト)レンズマンと移民社会
本作の最後には、サムス/サムズとロデリック・キニスンが床屋に入るシーンがあります。これが一つのオチとなるシーンなのですが、私が大人になってから面白いと感じたのは、この床屋がイタリア人であった意味です。
というのも、アメリカでは新しく急増した移民が特定の職業に就く(ほかの選択肢が少ない)事があり、イタリア人といえばコックと床屋、だったそうなのです。
ちなみに中国人は肉体労働者、後には中華料理屋、日本人は使用人かクリーニング屋だったとか。大河ドラマで太平洋戦争を扱った「山河燃ゆ」にて、三船敏郎が演じたハワイの移民一世である父親はクリーニング屋でした。
スミスの出世作スカイラーク・シリーズには日本人の召使シローが登場します。これは主人公サイドのいい役ですね。
これが『三惑星』だと敵サイドの科学者ニシムラになり、銀河パトロール隊シリーズだと日本人は出てきません。もしかしたら、対日感情の悪化も反映しているのかもしれません。
前述の床屋は運命や予言を信じると語っています。迷信深いのもアメリカにおけるイタリア人のステレオタイプだそうですので、まさに彼はアメリカのアングロサクソンが思い浮かべるイタリア人だと言えます。むろん悪い役どころではないのですが。
レンズマンと黄金隕石の男たち
本来のレンズマンシリーズは1937年の『銀河パトロール隊』からアスタウンディング・ストーリーズ誌に連載された作品群(と番外編的作品)です。
しかしスミスの出世作『宇宙のスカイラーク』が掲載されたのはSF雑誌の先駆者アメージング・ストーリーズです。初めてSFの舞台が太陽系の外に出て星間宇宙を描いた作品とされます。掲載前は多くの雑誌で断られたのに、いったん掲載されるや大人気となりました。
このシリーズの続編も当然書かれますが、その他に新規作品として書かれたのが『火星航路SOS/惑星連合の戦士(ハヤカワ版/創元推理文庫版)』です。
これはスミス自身が「本当のSF」と意気込んだ作品だそうですが、太陽系を出ない展開に読者からのクレームが相次ぎ、編集長からも展開の変更を要求されたとか。あまつさえ原稿に勝手に手までくわえられたとの事。
スミスは怒り、後発のアスタウンディング誌からの誘いに乗り、そちらで掲載するための作品を書き上げます。これが『三惑星連合/軍』です。
本作に搭乗する三惑星連合軍の諜報部員は、身分証として小さなケースに収められたレンズ状の黄金の隕石を持っています。これに触れると脊髄を走り抜ける衝撃とともに三惑星連合を表す和音が響く、という、ちょっと触りたくないやつなんですが。
両作品には、『金星から木星までそれぞれの星発祥の人型知的生命がいる』『金星、地球、火星は連合を組んでいる』『主人公には科学技術者の親友が二人いて救援の手を差し伸べる』などという共通点があります。
まあ『火星(以下略)』では土星系の生命体まで出てきますが。
『火星(略)』の訳者あとがきでは、(アスタウンディング誌では)『いきがかり上、続きを書くわけにはいかなかった』とあります。この移籍がなければ、『三惑星(略)』は、『火星(略)』の続編だったかもしれません。
さてこの後の話は、かつてアメリカ版のウィキペディアにだけ乗っていましたが、今は日本語版にも反映されています。いい時代になったものです。
それによりますと、『三惑星』は、アスタウンディング誌が経営困難に陥り、約束通りの原稿料を払えなくなってしまったとか。
スミスは他誌にも持ち込みますが、どこにも載せてもらえず、アメージング誌に出戻り、半分の原稿料で載せてもらうという屈辱に甘んじたそうです。
その後、立ち直ったアスタウンディング誌に再び移籍するのですが、またもや『いきがかり上、続きを書くわけにもいかなかった』ので新作となります。それが『銀河パトロール隊』です。
かくして、『黄金隕石の男たち』の物語は本作と『ファースト』だけということになりました。ただ、銀河パトロール隊の紋章たる隕石は、三惑星連合軍から引き継いだものらしいですが。
もしアスタウンディング誌が無事立ち上がっていたら、コスティガンら3人を主人公とした「黄金隕石の男たち」がシリーズになっていたのでしょう。
余談ですが、児童書バージョンの一つ『銀河系防衛軍』では、黄金隕石をレンズに、三惑星連合軍を銀河系防衛軍に、諜報部員たちをレンズマンに、それぞれ置き換えていました。両者の共通性をよく表していると思います。まあ銀河系防衛軍といいながら、作中で初めて光速を突破する、というおかしな流れになってしまいましたけど。
終わりに
今宵はここまでに致しとうござりまする(また古い)。
ちなみに2回目のサブタイトルは『第二段階』を予定しています。ぶっちゃけ2ちゃんねるのスレタイトルのパクリですごめんなさい(土下座)。
それではオブリガード!(やっぱり古い)