カレーパンとメロンパン
欲しいものを欲しいと言えない人生だったな。
いや、なにも暗い話ではないのだが、パン屋に入り、イートインで何を食べようか迷っているとき、ふとこの言葉が浮かんだのである。
カレーパンとメロンパンは、どちらもその店のベスト5にランクインする人気商品だった。まあ大体どこの店でもこの二つはそれなりに人気があるだろうが、カロリーが気になる30代だし、そもそも決して痩せているとは言えない体型で何十年もやってきているから、いつもの自分なら二つとも一度に買うという選択肢はない。そう、いつもなら。
いつものように、誰のために言っているのかわからない謎の言い訳、カレーパンとメロンパンを一度に買って食べることのデメリットなどを一通り心の中で唱えている時、ふと思った。いつもこうやって、今自分がいちばん欲しいものを、素直に認められない人間だったなと。
大学4年の時、就職などせずギタリストを目指したかったこと。それが一番かっこいいと思っていたし、自分にはそれだけの才能があると信じていた。でも、それが叶うことはなかった。
何度も転職を繰り返し、自分には会社員は向いていないと自覚しながらも、それ以外の道を選びたいと親に言えなかったこと。親に肯定されない自分は、生きる価値がないと思っていた。
こんな大きな話じゃなくても、いまだに小さい【欲しいもの外し】を毎日やっている。今だって、何週間も前から買いたい本があるのだが、そんなことにお金を使うわけにはいかないと、頭にそのことが浮かぶたびに買いたい気持ちをやり過ごす。ほんの小さいストレスを毎日毎日溜め込んで、爆発しそうになって、結局ちがうところにお金を使ってしまう(だいたい子供の服とかおもちゃ)。それが買えるなら最初から自分の本を買ったらよかったのにと思ったりするのだが、この【欲しいもの外し】のクセはなかなか治らないのである。
どのパンにしようか散々悩み、店内を歩き回りながらそんなことを考えていたら無性に腹が立ってきたので、これまでの自分に喝を入れるつもりで、カレーパンとメロンパンをむんずとトングで掴み、トレーに載せた。コーヒーも買って席につき、図書館で借りてきた本を開きながらゆっくりと二つのパンを味わった。
欲しいものを欲しいと、口にこそ出していないがはっきりと認識した日。
何か一つの行動で、人生が劇的に変わることなんてほとんどない。そんなことは充分わかっているが、それでも。
いつもは地に落ちている自己肯定感のコントロールセンター(そんなものあるのか知らんけど)が、たまには自分のことを認めてあげてもいいんでないのと、気まぐれを起こしてくれた。