同じ
ジャガイモをたくさん入れ物に入れて、ごろごろかき回すと、お互いが揉まれて皮が剝けてくる。
私達も同じように、人との係わりの中で成長していく。被害者になったり、加害者でいることもある。
魂を磨きたいから、良い人ばかりでいたいというのは不公平で、時には嫌な役も引き受けねばならない。
でも被害者も加害者も、天からみれば平等なのだ。魂を磨くには、どちらがいい悪いはない。加害者が一方的に悪くもない。
大体、被害者がいなければ、加害者は存在できないのだから。
そして、人を傷つけたと、罪悪感で苦しむ必要はない。
傷つけたように見えても、それは、相手の魂をみがいてあげていることでもある。
お互いに、悩み苦しんで初めて、相手の気持ちも自分の本当の思いもわかるようになるし、心の癖に気づくこともできるからだ。
「加害者も被害者もいない」
心からそう思えたら、相手を許すことができよう。
そして自分が加害者になっても、罪悪感で苦しむことはなくなる。
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