キモい男とウザい女ー「なぜ男はキモく女はウザいのか」


「話を聞かない男、地図が読めない女」って流行ったよね。

男性脳女性脳みたいな。 あれのパロディで。


男はキモく、女はウザい

女からみて男はキモく、男からみて女はウザいのである。

これが深層で認識されている、お互いの性から見た認識である。

キモいとは何か? ウザいとは何か? について感覚を共有するために少し説明する必要があろう。


キモい≒交尾許容度

キモい↓の方程式/キモさ=(B+C+D)×A

A.交尾をゴールとした男の衝動や積極性の度合い 

(Aは正の値。0以下は0と同じ)

B.生物的、物質的な「新鮮さ」(※年齢とは相関するが一致しない)

(Bの値のイメージ -100<A<+20) 男の85%~90%が若い頃からマイナス値で加齢でマイナス増加

C.好みや相性や場や、その他価値観による補正

(Cの値のイメージ -30<A<+30)

D.経済的利益、権力、地位、将来性、安定度、等による利用価値の補正

(Dの値のイメージ -20<A<+100)


ウザい≒女でなく人としてみたときの魅力度

ウザい↓の方程式/ウザさ=(B+C)×A

A.交尾許容度 (Aは正の値。0以下は0と同じ)

B.生物的物質的な「新鮮さ」(※年齢とは比例するが一致しない)

(Bの値のイメージ -20<A<+100) 若い女の85%~90%がプラス値で加齢でマイナス増加

C.女や若さ無しで成立しない、言動の見苦しさの度合い、勘違い指数

(Bの値のイメージ -100<A<+20) 女の85%~90%がマイナス値


男女のキモウザ評価値で共通する点は、最後の掛け算で「交尾」がかかわってくること

結局キモイもうざいも、セックスできそうなら消し飛ぶってことねw

次に、キモい男とウザい女に共通するのは、「身の程」というアバウトだが社会に厳然と存在する基準を逸脱してること。

身の程の逸脱とは、言葉に直すと、

男の場合「生物的な魅力ー利用価値」の負

女の場合、「生物的な魅力ー人間的言動の逸脱度」の負

の値であり、ここがマイナスになるほどうざくキモくなる。

ただし、男の場合(A.交尾をゴールとした男の衝動や積極性の度合い )がほぼ0であれば「無害な人」としてキモさは発現されず、

女の場合(A.交尾期待値 (Aは正の値。0以下は0と同じ)が高ければウザさは隠れやすい。


ところで、年を取るごとにキモくウザくなっていく男女というのは、彼らに何が起こっているのだろうか。

計算式をちゃんと見ていくつか試算すれば気づくことだが、

キモさウザさを発現させないベースであるB(.生物的物質的な「新鮮さ」)が年々低下していくにも関わらず、

A(交尾をゴールとした男の衝動や積極性の度合い/交尾許容度) が低下せず、

女はそれに加え、C(オンナや若さ無しで成立しない、言動の見苦しさの度合い)の修正ができない、または悪化する


上記の仕組みによって起こっているのである。

夫婦仲などは、数値が悪化してマイナス値となり、女が男をキモいと感じたとき、または男が女をウザいと感じたときに、事実上終わりとなるのだ。


人はいずれ、男でも女でも、基礎的な魅力の項がマイナス値となる。

そうなったら、人と人がうまくやるには、男女ともAの値をおとなしくするしかなく、女性であれば追加で勘違い指数Cをなんとかするしかない。

基本的に男女とも、キモウザ判断については、自己評価が過大であり、関わる相手の評価が過小である。

また、一見キモウザでない男女も、男はAを隠し女はCを隠しているだけだったりする。

関係が深まると、男のAと女のCがむき出しになって、「うわっキモ!ウザ!」となることが多いのはそうした仕組みによる。

それがまた面白いところであって、悲劇や勘違い人間をとめどなく生むのであるが、聡明な皆様におかれましては、是非やっていただきたいのは、

①まず、自分のBを高め、落とさないこと。

②自己過信と相手の評価を都合よく捻じ曲げないこと(特に女のC!)

③きちんと生きてAを自然と整えること(not我慢、封印、立派、下心)

④男はDを高めても、Bの上昇にはならないと覚悟すること

の4つでございます。

多分加筆します

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