夫婦ってなんだろうか。妻でいるということ。
重たいタイトルだな、
まじまじと見ると。
そして今の私には、特に。
その名の通り、夫婦。
夫である男と、妻である女の
二人組。
家族という枠でも考えられるけど、
あくまで私個人的な感じ方だけど
やはり子を持たない夫婦は
家族というより
パートナー、というほうが
なんだかしっくりくる。
パートナー。
でもパートナーって何だろう。
会社を経営するような間柄であれば
利害や互いの使命はハッキリしている。
だからお互いの存在意義みたいなものに
悩むことはないのかな、と思う。
でも、夫婦は。
家庭を築く、という共通の任務が
あるといえばあるのだけど
でも、それって
ほんとに曖昧で
互いをしっかりと見て
思いやりと愛情を持って
常にそうして過ごしていく努力をし続けないと
途端に破綻する。
途端に、というのは極端か。
じっくり、でも確実に、
何かが崩れていく。
それは、もう気づく頃には
元どおりにはなれない場所にきていることもある。
先日、noteにも書いたけど
ずっとずっと胸に秘めてた夢を叶えたいと
夫に告げた。
その夢については、
2年前くらいにも同じように
思いの丈を打ち明けて
「私は夢を叶えたい」
のだと告げた。
その時、夫は
そんなものは無理だと
一瞬で私の夢を否定した。
そして、
「もし本当に実行するなら、俺はもう知らない
どうなってもいいと思うなら、やればいい」
と言った。
要するに、
「離婚してもいいならやれば」
ということ。
その時は、周りの人たち(主に夫側)に
猛反対をされ、
おかしいんじゃないか
っていう批判に晒され、
私のちっぽけな自尊心が消えそうになり
勇気を出して打ち明けた夢を
こころのずっとずっと奥底にしまった。
あれから2年。
その間もずっとずっと
夢を諦めることができなくて
なぜこんなにもやりたいと思うことがあるのに
諦めなくちゃいけないのか、
どうして、なんで、
という気持ちばかりふくらんで
モヤモヤしていた。
そして、意を決して
この前、夫に
もう一度告げた。
「青年海外協力隊として、デザイナーという職から何かを見出したい」
と。
夫から返ってきた言葉は
2年前のそれと一言一句違わず
全力で否定し、拒否をされた。
たしかにね、夫婦だし
妻が夫を置いて
単身で、海外しかも途上国に行き
数年間離れて暮らすなんてことは
馬鹿げているって思う人もたくさんいる。
そんな「真っ当な意見」は
百も承知してる。
自分でも
とんでもないことを言ってるっていう自覚くらいある。
でも、私たちには子供もいないし
おそらくこの先も子供を持つことはない。
そういう現実を5年過ごしてきて
今の私は
子供がいないなら、子供がいないからこそできる事、人生を
目一杯全力で生きたい。
それと同時に
自分のデザイナーとしての仕事が
どんな形で社会貢献の場で活かされるのか
目で見て、体感して、知りたい。
私はアーティストではなくて、商業デザイナーだから
常にこれまで
自分の作品という感覚でデザインを生み出してきたわけではなくて
商材があり、販売者の思いがあり
それを形にし、物を売っていく、宣伝していくことの中で
その繋ぎ手としてのデザインを作ってきた。
だから、社会の中での立ち位置みたいなのはなんとなく分かるけど
どの部分で貢献できているのかっていうのは
なんだかいつでも曖昧で
実感することができなかった。
そんな中で、2年前偶然目にした
青年海外協力隊の募集要項に「デザイナー」があって
途上国の発展の為に、現地に技術をもたらし貢献する
という要項を見て、
それまでずっともやもやしていた自分の仕事に対する思いが
すっと晴れて、
そうだ!こういう事がしたかったんだって
そう強く心に感じた。
これまで10年、
様々な現場で、立場で、
デザイナーとしてしっかりと頑張ってきた。
現時点で、私はデザイナーです!と誇れる
スキルを身につけられたっていう自信だってある。
それは、本当に大変な積み重ねをして
一生懸命仕事に向き合い頑張ってきたから。
そして何よりデザインが本当に好きだから。
その中で、自分の今持てる技術を
商業ではない場面で
どんな風に活かして行く事ができるのか
やっぱり
どうしても
試して見たい。
そう 思いを伝えたのに
夫は理解を示すことはなく
妻として
そんな事ができると思うのか、
おかしいだろう。
そう言って
それ以上私の気持ちを聞く事もしなかった。
タイトルにも書いた、
「夫婦ってなんだろう、妻でいるということ。」
今、本当にわからなくなっている。
妻だから、夢を見る事も許されないのか。
夫だから、妻の人生まで
自分の意のまま繫ぎ止める権利があるのか。
結婚しているから
自分だけのことを考えて行動してはいけない。
そういう意見は分かってる。
でも、私の人生は私の時間であって
35年間一生懸命生きてきたし、
これから先も続いて行く私の時間。
心配して
行くなといってくれている気持ちがあるのも分かる。
夫婦としての形がかわってしまうんじゃないかって
不安に思って反対しているのも分かる。
でもね、大切なパートナーが
何年もずっと「叶えたい」と心に思い続ける夢があるのに
なぜほんのちょっとでも理解をしようと
努力してくれないのか。
これからのわたしたち夫婦について
関係性をどう育てていくか
向き合おうとしてくれないのか。
親子なら
子供が
「海を渡りたい、危険があるかもしれないけど
夢を叶えたい頑張りたい」
と告げたら
同じように心配で反対する気持ちもあると思うけど
でも、愛する我が子の夢なら
全力で応援しようって思うんじゃないだろうか。
なぜ、同じ「家族」という集合体なのに
自分を優先して考えてしまうのだろう。
それは、妻としての立場より自分の夢を優先してしまう
私にも、すべてを否定し続ける夫にも。
結婚ってなんだろう。
人生を共にするって
本当の意味で、
どういうことなのだろう。
昨日から
本年度の協力隊の募集が開始された。
応募したい気持ちは
やっぱり消せない。
でも、
自分だけのことを考えて行動できるほど
わたしは自分勝手になりきれない。
妻として
どうすることが、どんな選択をしていくことが
正解なのだろう。
妻という鎖
こうあるべきという鎖
「規格外の妻」だと
夫が発したその言葉は
世間一般から見て
私は妻として間違っているんだと
そう告げていた。
そして
私の心に
ずしんと
重く響いた。
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