名探偵には遅すぎる
結論から言えば、私の黄龍館への到着はあまりにも遅すぎた。
これが小説の世界であれば、「名探偵とは遅れてくるものだ」などと気の利いた文句のひとつでも与えられることもあろう。しかし、この世のどこに登場人物が全滅してからやってくる名探偵がいるだろうか。
黄龍館のエントランス、朱雀門。来訪者を迎える大朱雀像が倒れ、その嘴に腹を貫かれ女が死んでいた。ぐちゃぐちゃに抉り開かれた腹から、血がレッドカーペットがごとく流れ出し床を染め上げていた。私はその死体を横目に館の中へ足を踏み入れる。廊下にはところどころ物が散乱しており、混乱した様子が見て取れる。
食堂ホールの扉を押し開けると、そこには放置された夕食があり、零れたワインのむせ返るような匂いが立ち込めていた。白いテーブルクロスにはあちこちにシミが付いている。その大部分はワインやスープのもの、そして奥から2番目の席のシミは、血痕であった。
私はその席の様子を観察する。吐血、明らかに致死量。恐らくは毒物。食事の内容から見て、この人物が最初にこの館で死んだ人物であろう。死体はここにない。どこかへ安置する余裕がまだあったのだろう。
私は事前に手に入れていたメモを取り出した。そこにはこの黄龍館に集められた八人の男女の名が記されている。
赤池 全治郎(69)、九条 美空(36)、園村 晶(28)、園村 涼(27)、安城 浩之(42)、段原 ケン(46)、化野 悠里(18)、二神 康(53)
玄関で死んでいた女は年からして九条美空であろう。彼女は果たして何人目の犠牲者なのだろうか?この食堂で惨劇の口火を切ったのは誰だったのか?
私はこの黄龍館を隅々まで巡らなければならない。誰が、いつ、どのようにして死んだのか。この館に名探偵は遅すぎる。しかし、今からでも謎を解くことに遅すぎるということはない。
私はまず、一階部分を調べることにした。
【黄龍館 1Fへ続く】
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