【ニンジャ・ダイ・トゥワイス】 #1

ギャルルルル。

報道バンが音を立てて急停車する。前方を塞ぐ大きな倒木のためだ。
運転席のコーカソイド美女特派員はちらりと助手席に座る特派員を見やる。彼女のバストは豊満だ。
彼は報道バンのドアを開けると倒木に向かって歩いて行く。

おお、彼は一体どうするつもりなのか?トレンチコートを来た彼は倒木をどうするつもりなのか?その手には何も道具らしいものは持たれてはいないではないか。
トレンチコートの報道特派員は倒木の根元に立つと、おもむろにその幹を抱く。
ああ、まさか!?その両腕で巨大な倒木を……持ちあげんとするのか!?

そんな事が出来るはずがない、とお思いの読者諸君は注意深く観察されたい。トレンチコートの報道特派員のわずかに見える腕に、縄めいた筋肉が浮かび上がる瞬間を。
「イヤーッ!」
鮮烈なるカラテシャウトが響き渡り、男が巨木を持ち上げる。

おお、見よ!これはいかなる事か?
たった一人の力を持って倒木が……道から投擲除去されたではないか。
答えは、ニンジャである。ニンジャの膂力をもって障害を排除したのである。
報道特派員の男は1つ息を大きく吸うと、身を翻し報道バンへと戻っていく。

「実際貴方が居て助かったわ。まだ目的地まで20マイルもあるんですもの」
金髪美女特派員の名は、ナンシー・リー。
「本当にニンジャがいるのだろうな?」
トレンチコート特派員の名は、イチロー・モリタ。
否、読者諸兄はご存知のはずだ。彼の真の名を。

「ええ、少なくともヨロシサンのニンジャは」
ナンシーはバンを発進させながら答えた。
男は目を閉じ、再びメディテーション状態へと入った。
男のニューロンに声が響く。
(((ニンジャ、殺すべし)))
彼の名はフジキド・ケンジ、ニンジャを殺すニンジャ、ニンジャスレイヤーである。

彼らは報道バンで山道を往く。徐々に雪深くなっていく道は、どこかゼンめいている。
彼らはスクープを撮りに来たのか?
ナンシーはある意味そうだ。彼女はジャーナリストとして真実を暴くためにやって来た。
ではフジキド・ケンジは?

彼はニンジャを殺すためにやって来たのだ。


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薄暗いヨロシブリーフィングルームでは、緑光を放つUNIX画面を背に一人の科学者が彼の研究をプレゼンテーションしている。
彼の目は血走り、一種の狂気すら孕んでいる。
「……古来より、水には力が宿るとされていました。それは水中に溶け込んだ化学物質を指しての事なのは皆様には説明の必要はないでしょうが」

白衣の科学者の名はタオサク、ヨロシサンA16プラントの主任研究員である。
「古事記にすら、バリキドリンクめいた天然水を飲むニンジャの姿が描かれているわけですが……」
「くどいぞ、貴様は歴史の講義を聞きに来させたのか?」

画面の向こうで不機嫌そうな女性重役がタオサクの言葉を遮った。
乳めいた白髪の彼女はヨロシサン製薬の上級役員ヤイミ・コナギバ……否、読者の諸君にはこう伝えた方が理解しやすいかもしれない、アマクダリ・セクトの恐るべき12人が一人、キュア!

「よろしい、結論から申しましょう」
タオサクはキュアの放つニンジャオーラに動揺した様子もなく続ける。通信越しのためか、はたまた彼の研究に対する狂気のためか、彼の精神は研究以外への反応が希薄なのだ。
「ついに古代のニンジャ遺跡を発見しました」
ピクリとキュアの眉が動く。

「現在研究中のオチ・ミズですが、いよいよその源泉に辿りつこうとしているのです」
タオサクの示す画面にはさまざまな実験データが表示されている。非人道的な人体実験によって得られたデータが。
「して、その源泉を得たわけでもないのに何故私に通信したのだ?この程度の進捗で私の貴重な時間を使わせたのか?」

キュアは不機嫌さを隠そうともせず言い放つ。
「問題はここからです。これを見てください」
タオサクは映像を再生する。
映し出されたのは遺跡の入り口、紅葉の散る中荘厳な木製の橋の上に、何者かが立っている。
『ドーモ、クリムゾンオーガです』

主観視点でアイサツしたのはヨロシサンA16プラントに配備されていたバイオニンジャ、クリムゾンオーガ。
対する橋上の人物もアイサツを返す……その声は遠く、聞き取ることができない。
「ウオオーッ!」
クリムゾンオーガが橋上の人物めがけ突進。恐るべき両腕で彼を掴みかからんとする。

橋上の人物は……おお、ナムアミダブツ、そのものの着る装束は、江戸時代めいたニンジャ装束ではないか!?ニンジャなのだ!
橋上のニンジャは半身下がり、そして左腕をクリムゾンオーガめがけかざす。
「イヤーッ!」
朗々たるカラテシャウトとともに左腕から爆炎が噴出!カトン!

「ウオオーッ!」
顔面を焼かれたクリムゾンオーガは狼狽、顔をかきむしり悶える。
橋上のニンジャは……すでに視界から消えていた。そして。
「ゴーメン……」
地獄から響くような声とともに、クリムゾンオーガの主観視点から赤く濡れたカタナが生える。

「アババーッ!」
瞬間的に背後に回った橋上のニンジャが、クリムゾンオーガの背から首元にカタナを突き立てたのだ。タツジン!
クリムゾンオーガの主観映像からカタナが引き抜かれ、どうと地面に倒れ伏し、そして。
「サヨナラ!」
そこで映像は途切れた。

映像を目にしたキュアの目が冷たく鋭くなる。
「他にも我が社のホワイトアナコンダ、ファイアオックスを出撃させましたが、いずれもベイビー・サブミッションが如く殺されました」
タオサクは無感情に報告する。必要だからだ。

「かのエド・トクガワが不老不死に魅せられ支配しようとしたとも、はたまたその力を恐れて焼き払ったとも伝えられるアシナのオチ・ミズ、古代遺跡のニンジャ門番、もはやこの先にあるのは確実です」
タオサクはデータを示しながら上奏する。
「あのニンジャ門番を突破するため、ニンジャ戦力の補充を申請します」

タオサクは赤く血走る目を見開きながら進言した。
キュアの目はさらに冷たさと鋭さを増した。


つづく

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