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【政局より政策を】石破政権のもとで加速するサイバー政策、企業はどう対応すべきか
2024年10月1日に発足した石破茂内閣。発足後間もなく行われた衆議院選挙で自民党が大幅に議席を減らし、連立の公明党を含めても過半数割れという事態を迎えた。2025年6月に都議会選挙、7月には参議院選挙を控えていることもあり、政策よりも「政局」に注目が集まっている印象がある。しかし、企業としては政策を冷静に注視したうえで、現状に対応し、将来を見据えて戦略を立てるべきだろう。
特にサイバー空間をめぐる政策は、近年、重要な動きが次々に起きている。第二次安倍晋三政権(2012〜2020年)以降、経済安全保障政策の文脈でサイバーセキュリティ関連の政策は強化されており、石破内閣も引き継いでいる。後述するが、政局が揺れ動いてもサイバー関連政策は現行の路線を維持するとみられるため、現時点から注視しておくべきだろう。
それでは政策レベルの動きに対して、ビジネスにはどのような影響があり、企業としてはどのような心構えが必要なのだろうか。サイバー地経学の視点から、石破内閣の主要な動きを捉えて考察したい。
能動的サイバー防御法案は今国会で成立する見込み
第一に、注目を集めているのは能動的サイバー防御(ACD: Active Cyber Defence)である。能動的サイバー防御そのものについて詳しくは記事を改めて解説したい。
ACD法案はもともと岸田文雄内閣(2021〜24年)で2024年中の成立を目指していたが、岸田首相の退陣と10月の衆議院選を挟んで、有識者会議が開かれないまま、後継の石破内閣は行政の円滑な執行のために補正予算を優先した。11月には有識者会議が再開して最終提言がまとめられ、年が明けて2025年1月22日には自民党内で法案概要が了承された。政府与党は、2025年1月24日から開始した通常国会(6月22日まで)で成立を目指す方針だ。
自民党と公明党の連立政権は衆議院の過半数を下回っているが、細部の意見の違いはあるものの各野党もACDに賛同しており、成立する見通しだ。なお、参議院は連立政権で過半数を上回っている。
最大野党の立憲民主党は「立憲民主党 政策集2024」の「外交・安全保障」の項目でACDの必要性に触れており、長妻昭政調会長(当時。現・党代表代行兼政策統括)も2024年8月30日に「能動的サイバー防御は必要」と発言している。野党第2党の維新の会、先の衆院選で躍進して野党第3党となった国民民主党もそれぞれACDの必要性を明言している(「維新八策」「国民民主党の施策2024」)。
デジタル相がサイバー安保相を兼務、求められるアクセルとブレーキのバランス
二点目の重要な動きは、第二次石破内閣で、日本の憲政史上初めて、サイバー安全保障相が設置されたことだ。経済安全保障相は2022年8月の経済安全保障推進法の成立を受けて設置され、今回の内閣でも城内実衆議院議員(自民党)が就任している。そうしたなか、サイバー安全に焦点を置いたポストとして新設された。初入閣の平将明(自民党)デジタル相が兼務し、ACD有識者会議を再開して関連法案の提出準備を主導してきた。
こうした新ポストの設置とデジタル相が兼務するという一連の流れは何を示唆するものだろうか。
第一に政府のDX(デジタルトランスフォーメーション)推進を担ってきたデジタル相が兼務するということは、DXの進展と同時に、サイバー空間の安全を確保していく必要があるというメッセージと捉えられる。平議員は第一次石破内閣で初入閣ではあるものの、自民党デジタル社会推進本部「AIの進化と実装に関するプロジェクトチーム」の座長を務め「AIホワイトペーパー」をとりまとめるなど、テクノロジーに明るく政策通として知られる。また、2024年9月に解散した石破グループのメンバーでもあり、石破総理の信任が厚いとみられる。
第二に、経済安全保障相がすでに設置されているなか、サイバー安保に特化した閣僚ポストを設置することの意味である。サイバー分野については、経済安保全般のいち課題にとどまらせず、特化した対策が必要だという石破総理の考えの表れだと解釈できる。兼務ポストではあるものの、DXとサイバー安保を一体的に捉え、首相直下の内閣府に設置し、省庁横断の調整をしていくという体制は注目に値する。
平氏がアクセル(DX)、ブレーキ(セキュリティ)をどのように調整をして政策を展開していくのだろうか。そのバランス感覚と政策推進手腕が問われるだろう。
民間企業に一層求められるサイバー対策
では、民間企業はこうした動きから何を読み取ればよいのだろうか。端的には、政府はサイバーリスク対応に向けたさまざまな施策を強化すると考えておくべきだ。
経済安全保障にセンシティブな企業や産業分野は、「目に見える」ものだけでなく、サイバー空間の安全やソフトウエアサプライチェーンにも着目した対策が求められていくだろう。法律などのハードローだけでなく、通達などのソフトロー、そして各業界とのコンセンサスやガイドラインにも一段の対応が求められるだろう。
また、経済産業省が主導して、令和7年度(2025年度)から導入を目指している企業のサイバー対応格付けの動きも進展する可能性がある。
仮に政権交代が起こっても、サイバー対策強化の流れは変わらず
2025年7月には参議院選挙が予定されている。衆院選での与党の大幅な後退を受けて、政権交代の可能性も排除できず、石破内閣がどの程度の期間で継続するかは不明な状況だ。ただ、連立与党とそれに協力する政党のパワーバランスに変化が生じたり、仮に政権交代が起こるような場合でも、政府は経済安全保障やサイバー空間におけるセキュリティ対策は継続していくだろう。
上述のACDについて、主要野党も賛成していると述べた。ACDには、プライバシーなどの人権問題、憲法9条が禁止する「武力による威嚇又は武力の行使」に該当する恐れなどから、他のサイバー政策に比べて強い反対論や慎重論が存在している。ただ、主要野党は全体としてACD導入に賛成している。つまり、より課題が少ないその他のサイバー関連政策であれば、政策および政治サイドとしては施策を推進しやすいとみられる。立憲民主党内の左派は警戒を抱き続ける可能性はあるものの、政策統括の立場、かつ、与野党を通じて政策通とされる長妻昭衆議院議員がACDに賛意を示している政治的意味合いは重い。
衆院選の結果を踏まえて参院選を考えると、ACDに反対する左派系政党は、れいわ新選組を除くと、社民党や共産党が大幅に躍進するシナリオは考えにくい。また、立憲民主党が左派政党と連携して政権を目指すシナリオは、そもそも、左派系政党が多数の議席を獲得する可能性が低いうえに党内右派を中心に強い慎重論がでるとみられ、実現の可能性は低い。
以上を踏まえると、来年の参議院選挙の結果の如何を問わず、また、次の首相が石破氏が続投してもしなくても、近年、政府が対策をとってきたサイバー関連政策は強化され、それらが法律等を通じて民間企業の活動にも影響を与えていくことは、今後の大きな流れとして認識しておくべきだろう。
企業は、そうした政策レベルの動きを法律化前から、政府の公式発表、各党の要人発言、有識者会議の資料などをフォローし、次の一手を想定しながら対応する必要がある。今後、政府の施策にキャッチアップできずに、セキュリティ対策が遅れれば、信頼に欠く取引先とみなされるなど、ビジネスに具体的な影響が生じていく可能性がある点は留意しておきたい。また、政策を待つだけでなく、ビジネスの競争力を向上させつつ、セキュリティのバランスを取るために、企業や業界としてこれまで以上に積極的に提言していくことも重要だと考えられる。
(執筆:JCGR 川端隆史)