前臨床試験(=培養試験や動物実験のこと)では、イベルメクチンがヒトの癌治療に役立つという十分なエビデンスを得ることは出来ません。
【主張】
イベルメクチンを癌患者の治療に用いるべきか?私はイエスと言いたい。イベルメクチンは、癌と闘うのに役立つという事実を裏付ける多くの科学的研究とデータを持つ薬である。
世界中のあらゆる癌患者が服用しているにではないかと思える程、この薬は広く普及している。
【詳細評定:裏付け不十分】
リールでは、推奨する根拠として、有望な結果を示した前臨床試験を挙げています。
しかしながら、前臨床試験とは、培養試験や動物実験のことであり、人体の複雑さを十分に再現することが出来ないため、ヒトにおける薬剤の有効性を判断するのに十分なデータを提供することは出来ません。
【キーポイント】
イベルメクチンは安価で、寄生虫感染症治療薬としてではあるものの、既に臨床的に承認されているため、(仮に本当ならば)魅力的な抗癌剤候補ではあります。
いくつかの前臨床研究では、イベルメクチンを用いた有望な結果が確かに得られていますが、これらの研究は細胞培養や動物を用いたものであり、ヒトを用いたものではありません。
そのため、イベルメクチンがヒトの癌治療に役立つという十分な証拠は得られていません。
イベルメクチンをヒトの癌治療に用いた場合の有効性と安全性を確実に判断するには、更なる研究が必要です。
【レビュー】
2024年6月末に公開されたFacebookのリールでは、イベルメクチンが癌治療の効果を「増強」すると主張し、癌患者にイベルメクチンを求めるよう勧めていました(動画全編はアーカイブされており、こちらからご覧になれます)。現在までに148,000回以上再生されているこのリールは、Brio-Medical癌センターのFacebookページによって公開され、同センターの医師の一人であるWalter Kimが出演しています。
同センターのウェブサイトでは、自らを「北米随一の統合型癌クリニック」と謳っています。2023年に発表されたFacebook広告の分析によりますと、Brio-Medical癌センターは、ビタミンCや酸素[1]のような実証されていない治療法を宣伝している代替癌センターの一つであると報告されています。この記事を書いている時点では、両方の治療法共ウェブサイトが示すように、同センターで提供され続けています。
イベルメクチンのような抗寄生虫薬が癌を治療するという主張は新しいものではありません。犬の駆虫薬であるフェンベンダゾールを巡る同様の主張もSNS上で話題になりました。Science Feedbackは、こちらのレビューにおいてフェンベンダゾールが癌を治療するという十分な証拠はなかったと説明しています。
このような主張は、ViceやRolling Stoneが報じたように、SNS上で宣伝される寄生虫「浄化」の人気上昇に関連しているかもしれません。Science Feedbackでも同じ傾向が報告されています。この健康ブームは、寄生虫が自閉症から脳霧、癌に至る様々な症状の原因であるという(誤った)信念に根ざしています。
特にイベルメクチンは、COVID-19の大流行時に世間の注目を集め、一部の団体がCOVID-19の治療薬として宣伝しました。このレビューで報告されている通り、大規模な臨床試験の結果、イベルメクチンはCOVID-19患者にとって何の利益ももたらさないという結論に達しました。
研究者達はイベルメクチンの癌に対する有効性についても調査しており、有望な結果が得られた研究もいくつか報告されています。これらの知見と、イベルメクチンが安価で、既に医薬品として臨床承認されているという事実が相まって、イベルメクチンは魅力的な抗癌剤の候補となってきているのです。
Kimは、イベルメクチン単独で癌を治癒させる可能性が低いことを認めた上で、癌患者が他の治療法の効果を高めるためにイベルメクチンを服用することを推奨する根拠となる臨床的証拠は今のところ不足していると述べています。以下で説明します。
《前臨床試験では、ヒトではなく細胞培養とマウスで有望な結果が示されていました》
リールの見出しには、「(細胞培養や動物モデルでの)前臨床試験では、癌細胞の成長と増殖を抑制する有望な結果が示されている」と書かれていました。これは正確な表現です。Google 検索でイベルメクチンを含む癌研究を検索したところ、良好な所見を含むいくつかの発表された研究を確認することが出来ました。
そのうちの一つが2014年の研究で、イベルメクチンが癌細胞の増殖に関与する細胞シグナル伝達経路の活性を弱めたと報告しています[2]。この効果は、結腸癌、肺癌、皮膚癌を含む様々な種類の癌細胞の細胞培養で認められています。
もう一つは2017年の研究で、化学療法薬であるパクリタキセルとイベルメクチンを併用すると、マウスに移植した卵巣癌細胞の増殖を抑えることができたと報告しています[3]。
マウスを用いた2021年の研究では、イベルメクチンを併用すると抗癌免疫療法の効果が増強され、乳癌細胞死が促進されることが報告されています[4]。
しかしながら、前臨床試験は、将来ヒトで臨床試験を実施するために不可欠な土台を築くものではあっても、ヒトにおける薬剤の有効性を示す十分な証拠とはなり得ません。
第一に、前臨床研究で使用される細胞培養(研究室のシャーレの中で増殖する細胞)や動物は、生きているヒトを十分には表現することは不可能です。ヒトの身体は、皿の中で成長する細胞よりも遥かに複雑です。また、動物とヒトとでは、こちらやこちらで説明されているように、薬の効果に影響を与えるような違いが生じることもあります。 例えば、マウスにおける特定の遺伝子の発現の仕方は、ヒトにおける同じ遺伝子の発現の仕方とは異なります。従って、患者における薬剤の有効性を評価するためには、ヒトを対象とした無作為化臨床試験が依然として最良の基準なの です。
第二のポイントはこれです。癌治療薬の候補は、臨床試験で成功するよりも失敗することの方が多いのです。2019年の分析では、臨床試験で試験された抗癌剤の成功率は僅か3.4%でした[5]。
第三に、前臨床研究では、癌患者にイベルメクチンを使用する際の有効量とリスクに関する十分なデータが得られていないということです。イベルメクチンによる寄生虫感染症の治療に有効な用量は確立されていますが、同じ用量が患者の癌細胞を殺すのにも有効かどうかは不明です。また、イベルメクチンがあらゆる種類の癌に対して有効かどうかを判断するのに十分なデータもありません。
最後に、全ての薬には副作用がつきもので、イベルメクチンも例外ではありません。どの程度の量が癌に対して有効かという問題とは別に、その量が癌患者にとって安全かどうかという問題もあります。これらの疑問は、ヒトを対象とした無作為臨床試験を実施することによってのみ解決することが可能となります。
イベルメクチンと癌に関する臨床試験をClinicalTrials.govで検索しますと、僅か4件しかヒットしませんでした。そのうち2件だけが、癌に対するイベルメクチンの有効性を検証したものです。一つはまだ進行中で、もう一つは「不明」とされています。
リールの中でKimは、イベルメクチンの「ウイルス性」を引き合いに出し、「世界中のあらゆる癌患者がイベルメクチンを服用している可能性が高い」と断言しました。また、癌患者がイベルメクチンを投与されていないとすれば「何かが間違っている」とも付け加えています。この一連の発言は、イベルメクチンが癌治療薬として医学界に広く受け入れられていることをほのめかしています。しかしながら、このリールにはこの主張を裏付けるエビデンスは何も提示されていませんでした。
Brio-Medicalにはコメントを求めており、新たな情報が入り次第、このレビューを更新する予定です。
【結論】
イベルメクチンは安価であり、寄生虫感染症用ではあるが既に臨床的に承認されていることから、抗がん剤治療の魅力的な候補薬となっています。
いくつかの前臨床試験では確かに有望な結果が得られているものの、これらの研究は細胞培養や動物を用いたものであり、ヒトを用いたものではありません。
そのため、癌患者がイベルメクチン治療を受けるようリールが推奨していることを裏付ける十分なエビデンスにはなりません。
イベルメクチンをヒトの癌治療に用いた場合の有効性と安全性を確実に立証するためには、更なる研究が必要となってきます。
【引用文献】
1 – Zenone et al. (2023) Advertising Alternative Cancer Treatments and Approaches on Meta Social Media Platforms: Content Analysis. JMIR Infodemiology.
2 – Melotti et al. (2014) The river blindness drug Ivermectin and related macrocyclic lactones inhibit WNT‐TCF pathway responses in human cancer. EMBO Molecular Medicine.
3 – Kodama et al. (2017) In vivo loss-of-function screens identify KPNB1 as a new druggable oncogene in epithelial ovarian cancer. PNAS.
4 – Draganov et al. (2021) Ivermectin converts cold tumors hot and synergizes with immune checkpoint blockade for treatment of breast cancer. npj Breast Cancer.
5 – Wong et al. (2019) Estimation of clinical trial success rates and related parameters. Biostatistics.
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