ブラジルの新しい研究から、COVID-19ワクチンが長期的に死亡リスクを増加させることは示されませんでした。
【主張】
COVID-19ワクチンは 「大失敗 」であり、「COVID-19に対して極僅かな利益しかないにも関わらず、1年後にはその利益は逆転し、ワクチン接種者は死亡リスクが大幅に増加した」ことが新しい研究で示された。
【詳細評定】
事実誤認:
この主張は、特定の虚弱患者集団から得られた知見を提示したものであり、一般集団を代表するものではありません。
裏付け不十分:
主張の根拠として引用された唯一の研究は、ワクチン接種が死亡リスクの上昇と関連するという結論を損なう潜在的なバイアスを示していました。
【キーポイント】
COVID-19ワクチンは2020年後半から一般に接種可能となり、重篤な病気や死亡のリスクを低減することを示す確固たるエビデンスが存在します。
これまでに収集された実世界のデータは、COVID-19ワクチンが安全であり、未接種者に比べて接種者の総死亡リスクを増加させないことを示しています。
【レビュー】
2020年12月の導入以来、COVID-19ワクチンの安全性はしばしば誤報の標的となってきました。Science Feedbackは、これらのワクチンの危険性に関する主張を繰り返し取り上げ、そのような主張の多くが誤解を招くもの、証拠に裏打ちされていないもの、或いは全くの虚偽であることを明らかにしてきました(こちらと、こちらと、こちらの例をご覧下さい)。
2024年12月の新たな主張もこの傾向を引き継いでおり、ブラジルのデータからCOVID-19ワクチンは「破滅的」であり、接種者の長期死亡リスクを高めることが証明されたと主張しています。
カイロプラクターのPatrick FlynnはFacebookで、「COVID-19に対する恩恵は極僅かであるにも関わらず、1年後には恩恵が逆転し、接種者は死亡リスクが大幅に増加した」と投稿しました。同様に、疫学者のNicolas Hulscherは、ワクチンを 「命を削る注射 」と呼んでいます。FlynnもHulscherも、ワクチンについて不正確な 主張を広めた過去があります。
この主張は、ブラジルの研究者Nádia Cristina Pinheiro RodriguesとMônica Kramer de Noronha AndradeがFrontiers in Medicineに発表した2024年12月の研究を裏付けとして引用しています[1]。この研究では、重症のCOVID-19を発症した人の全死因死亡率を調査し、中期(重症の症状が出てから3ヵ月から1年後と定義)と長期(1年以上と定義)のリスクを評価しました。
しかしながら、この主張は研究結果を誤って表現しており、極めて特殊な集団からの観察を一般集団に当てはめています。更に、この研究自体は、潜在的なバイアスのため、ワクチン接種と死亡リスクの増加との因果関係を示すには不十分なものです。以下でその理由を説明します。
研究内容とその成果
Pinheiro RodriguesとKramer de Noronha Andradeによる研究では、2020年から2023年の間に重症COVID-19を経験した患者の生存率を調査しました。具体的には、COVID-19関連重症急性呼吸器症候群(SARS)と診断された患者のブラジル全国データベースのデータを分析したものです。著者らは、SARSの症例を「呼吸困難/呼吸器疾患 、持続的な胸の圧迫感や痛み、室内空気中の酸素飽和度95%未満(換気なし)、唇や顔の青みがかった色(チアノーゼ)を呈するインフルエンザ様症候群の患者」と定義しました。
従って、この研究の参加者は重症型を発症したCOVID-19患者である。著者らは彼らを 「非常に重症のSARS患者 」と表現しています。
中長期生存に焦点を当てるため、この研究ではSARS発症3ヵ月後に生存していた患者に限定して解析を実施しました。その結果、重症COVID-19の罹患中或いは罹患直後に死亡した患者はこの研究から除外されています。
次に著者らは、年齢、併存疾患、社会経済的状況といった潜在的交絡因子を調整した上で、ワクチン接種患者とワクチン未接種患者の全死亡リスクを比較する統計解析を実施しました。
その結果、中期(SARS発症後3ヵ月から1年と定義)では、ワクチン接種者はワクチン未接種者に比べて死亡リスクが4~8%低いことが明らかになりました。
しかしながら、長期(SARS後1年以上と定義)では、ワクチン接種者の死亡リスクは有意に高く、そのリスクはワクチン未接種者に比べ69~94%高くなっていました。
この研究は、一般集団に対するCOVID-19ワクチンの リスクとメリットとを評価しているわけではありません
COVID-19ワクチンは死亡リスクを増加させる一方で、一般市民には極僅かなメリットしかもたらさないとする主張は、Pinheiro RodriguesとKramer de Noronha Andradeの研究のみに依拠しています。しかしながら、この研究はそのような包括的な結論を裏付けるものではありませんでした。
第一に、先に説明しました通り、この研究は重症のCOVID-19を経験した人、特に重症急性呼吸器症候群(SARS)を経験した人だけに焦点を当てていました。これは集団の中でも少数かつ極めて特殊な部分集合であり、この集団から得られた知見をより広い集団に一般化することは出来ません。
第二に、この研究はCOVID-19ワクチンの総合的なリスクとメリットとを比較していません。適切なリスク・ベネフィット分析には、ワクチン接種によって回避された可能性のある死亡数と、ワクチンが引き起こした可能性のある死亡数の両方を定量化する必要があります。この研究ではそのような分析が行なわれておりませんので、ワクチンが公衆衛生に及ぼす全体的な影響について、より広範な結論を得ることは出来ません。
対照的に、他の研究や分析では、COVID-19ワクチン接種のリスクとメリットとを直接評価しています[2,3]。例えば、米国での分析では、ワクチン未接種者がワクチン接種を受けていれば、数十万人の死亡を防ぐことが出来た可能性があると推定されています。
この研究では、SARS発症後3ヵ月間の全死因による 死亡例は含まれていません
著者らは、SARS発症から3ヵ月後に生存していた人のみを対象としました。これは、研究方法の項で述べられているように、「COVID-19に直接起因しない、入院・退院直後の死亡のみを捕捉する 」ため意図的に行なわれたものです。
著者らはまた、SARS発症後3ヵ月以内に発生した死亡について、別の分析を実施したことにも言及しています。その以前の分析では、ワクチン接種が死亡リスクを減少させることが判明していました[4]。
実際、COVID-19ワクチンは死亡リスクを減少させるという研究結果が得られています[1,4,5,6]。そのため、ワクチン未接種者がワクチン接種者に比べて、重症のCOVID-19を発症してから最初の3ヵ月間に比例して多く死亡したというのは、至極もっともな話です。言い換えれば、ワクチン接種の予防効果は重症化後の初期段階において最も強いと考えられています[7-9]。
このような初期の死亡は解析から除外されているため、COVID-19ワクチンを接種した人の死亡がワクチン未接種の人の死亡よりも多いかどうかを結論付けることは出来ません。
加えて、最初の3ヵ月間に発生した死亡を除外すると、生存バイアスが生じ、長期的な研究結果に影響を及ぼす可能性があります。この研究の著者にコメントを求めましたが、発表時点では回答はありませんでした。
ワクチン接種者と未接種者がこの初期段階で異なる割合で死亡していた場合、解析に含めるために生き残ったグループは、ベースラインの健康状態や回復力の点で大きく異なる可能性があります。その結果、長期死亡率の比較が2つの異なる集団で実施されたことになり、観察された長期死亡リスクの差に歪みが生じる可能性があります。
この研究をSARS生存者に限定すると、ワクチン接種と死亡リスクとの関係に偏りが生じます
もう一つの重要な注意点は、この研究で用いられた組み込み基準であるCOVID-19に関連したSARSを経験した者という基準が、ワクチン接種の有無と死亡リスクとの間に観察された関連性に影響を及ぼすバイアスを導入する可能性があるということです。
重症のCOVID-19(SARS)を発症する可能性は、個人のベースラインの健康と回復力に依存するからです。病気に対する脆弱性は人によって異なります。虚弱な人や特定の遺伝的素因を持つ人は、健康な人に比べて病気に罹患しやすく、感染すると重症COVID-19を発症する可能性が高いのです。
同時に、ワクチン接種によって重症のCOVID-19を発症するリスクが低下することが、広範な研究によって示されてきました。つまり、ワクチン接種の有無とベースラインの健康状態がSARS発症の可能性に影響するということです。
ワクチン接種の有無とベースラインの健康状態という2つの要因に影響されるSARS発症という基準で研究に組み込む場合、指標事象バイアス(index event bias)またはコライダーバイアス(collider bias)と呼ばれるものが生じる可能性があります[10,11]。コライダーバイアスは、ワクチン接種の有無と結果(SARS発症後1年以上の死亡)との間に誤った因果関係を生じさせる可能性があります。
このバイアスの結果の一つは、ワクチン接種群と未接種群では、ワクチン接種の有無以上の違いがあるということです。ワクチン接種によってSARS発症のリスクが減少するため、COVID-19に感染したワクチン接種者の中にはSARSを発症せずに済んだ人がいた可能性があるために、この研究からは外されることとなりました。もしワクチン未接種であれば、同じ人がSARSを発症していたかもしれません。この選択過程がワクチン接種群と未接種群の比較を歪め、長期死亡リスクについて誤解を招く可能性があるのです。
言い換えれば、SARS発症1年後に観察されたワクチン接種者の死亡リスク増加は、因果関係ではなく、研究の組み込み基準によるコライダーバイアスの影響を受けている可能性があるかもしれません。
結論
要約しますと、COVID-19ワクチンは「破滅的」であり、人々をより高い死亡リスクに曝すという主張は、引用された研究結果を誤って伝えています。
この研究では、重篤なCOVID-19から生還したワクチン接種者の長期死亡リスクが高いことが観察されていますが、この観察は脆弱な患者という特定の集団に限定されたものであり、それを一般の集団に一般化することは出来ません。
更に、この研究は長期的な死亡リスクを調査することを目的としていますが、生存率やコライダーバイアスの可能性といった、このような集団を調査する際に内在する複雑さが、観察された関連性に影響を及ぼす可能性があります。
重要なことは、COVID-19ワクチン接種が重症化及び死亡を予防する上で重要な役割を果たしたという、他の研究からの豊富なエビデンスが示されているということです。
引用文献
1 – Pinheiro Rodrigues & Kramer de Noronha Andrade (2024) Evaluation of post-COVID mortality risk in cases classified as severe acute respiratory syndrome in Brazil: a longitudinal study for medium and long term. Frontiers in Medicine.
2 – Jia et al. (2023) Estimated preventable COVID-19-associated deaths due to non-vaccination in the United States. European Journal of Epidemiologia.
3 – Zhong et al. (2022) Estimating Vaccine-Preventable COVID-19 Deaths Under Counterfactual Vaccination Scenarios in the United States. medRXiv (preprint).
4 – Pinheiro Rodrigues et al. (2024) Mortality risk of Severe Acute Respiratory Syndrome cases classified as COVID-19: A longitudinal study. PLoS One.
5 – Xu et al. (2024) Vaccine Mortality risk after COVID-19 vaccination: A self-controlled case series study. Vaccine.
6 – Xu et al. (2021) COVID-19 Vaccination and Non–COVID-19 Mortality Risk — Seven Integrated Health Care Organizations, United States, December 14, 2020–July 31, 2021. Morbidity and Mortality Weekly Report.
7 – Neto et al. (2023) Clinical-epidemiological characteristics and survival of cases of severe acute respiratory syndrome (SARS) due to COVID-19, according to the COVID-19 vaccination schedule in Brazil, 2021-2022: a prospective study. Epidemiologia e Serviços de Saúde.
8 – Thygesen et al. (2022) COVID-19 trajectories among 57 million adults in England: a cohort study using electronic health records. The Lancet Digital Health.
9 – Seo et al. (2022) Impact of prior vaccination on clinical outcomes of patients with COVID-19. Emerging Microbes & Infections.
10 – Griffith et al. (2020) Collider bias undermines our understanding of COVID-19 disease risk and severity. Nature communications.
11 – Dahabreh & Kent (2011) Index event bias: an explanation for the paradoxes of recurrence risk research. JAMA.