パーキンソン病には治療法がなく、ニコチンパッチが有効な治療法であることは証明されていません。

【主張】

  • 私は7ミリグラムのニコチンパッチを始めたばかりだが、Artis博士は7日目にはパーキンソン病の症状が全て消え、今では神経科医からパーキンソン病ではないと言われている。

【評定詳細】

事実無根です:


  • 現在、パーキンソン病の治療法はありません。

  • 薬物療法によって症状を和らげることは可能ですが、病気の進行を遅らせたり止めたりすることは出来ません。

裏付け不十分 :

  • ニコチンはネズミやサルの神経細胞を保護することが示されています。

  • しかしながら、パーキンソン病患者を対象としたニコチンパッチの効果を評価する臨床試験では、効果を示すことは出来ませんでした。

【キーポイント】

  • 疫学調査では、喫煙者はパーキンソン病を発症しにくいことが一貫して示されています。

  • 喫煙に伴う健康リスクは潜在的な利益を遥かに上回るため、これは喫煙を始める理由にはなりません。

  • 今回の研究は、タバコに含まれる特定の成分がパーキンソン病治療の可能性があることを示唆しています。

  • タバコの主成分であるニコチンは、げっ歯類やサルで神経細胞を損傷から守ることが示されています。

  • しかしながら、臨床試験ではパーキンソン病患者において同様の効果を示すことは出来ませんでした。

【レビュー】

2024年5月、ニコチンパッチがパーキンソン病を治すと主張するFacebookのリールが35万ビューを超えました。このリールでは、カイロプラクターのBryan Ardisが、ニコチンパッチを7日間使用したら「パーキンソン病の症状が全て消えた」と主張し、「神経科医からパーキンソン病ではないと言われた」という人物の証言を紹介しています。

このリールは、ポッドキャストFlyover ConservativeのためにArdisが行なった1時間22分のインタビューからのもので、ArdisはこのリールをFacebookのアカウントに掲載しました。インタビュー全文は2024年4月、RumbleBanned.videoBitchute等複数の動画プラットフォームで公開され、本稿執筆時点で合わせて10万回以上の再生回数を記録したほか、献金プラットフォームSubsplashでも公開さています。また、Flyover ConservativesはInstagramTwitterでインタビューをシェアしました。

Ardisは、COVID-19はSARS-CoV-2ではなく、合成ヘビ毒が原因であるという陰謀説の提唱者の一人でした。Science Feedback や他の複数の ファクトチェック 機関がこの主張を論破しています。彼はまた、COVID-19認知症脳腫瘍を含む様々 な病状を予防または治療するためのニコチン・パッチを、これらの使用を支持する科学的証拠がないにも関わらず、喧伝してきました。

同様に、ニコチンパッチがパーキンソン病を治療するというのは誤りです。パーキンソン病は慢性神経疾患であり、現在のところ治療法はありません。ニコチンパッチはパーキンソン病患者の潜在的な治療戦略として研究されていますが、臨床試験の結果はパーキンソン病の治療への使用を支持していません。以下で説明します。

パーキンソン病は現在治療法が確立されていません

パーキンソン病は、安静時の震え(振戦)、こわばり、動作の緩慢さ、平衡感覚の障害といった一連の特徴的な運動症状を引き起こす神経系の疾患です。これらの症状は、黒質と呼ばれる脳領域で、特定の種類の神経細胞が徐々に失われることが原因で引き起こされます。

黒質は、大脳基底核として共有される、より広範な脳構造のネットワークの一部です。大脳基底核は、ドーパミン信号伝達によって制御される過程である、運動と協調を制御する役割を担っています。パーキンソン病では、黒質でドーパミンを産生するニューロンが失われることにより、ドーパミンのレベルが低下し、大脳基底核の回路が正常に機能しなくなります。最初の運動症状が現れるのはこの時です。

特にこれらのニューロンが死滅する原因は、研究者にもまだ分かっておりません。パーキンソン病の約15%は、特定の遺伝子の突然変異が原因です。しかしながら、大半の症例の原因は不明です。農薬への曝露や脳損傷といったいくつかの因子は、発症リスクの上昇と関連しています[1]。このことから、パーキンソン病は複雑な疾患であり、そのリスクは遺伝的要因と環境的要因の組み合わせから生じていると考えられています。

黒質はパーキンソン病に最も侵される部位ですが、この病気は、別の脳領域でドーパミン以外の神経伝達物質を産生するニューロンも損傷する可能性があります。その結果、うつ病、記憶障害、睡眠障害、便秘といった、パーキンソン病患者にもよくみられる非運動症状が現れます[2]。

パーキンソン病が進行するにつれて、神経細胞はますます死滅し、症状が悪化し、介助なしに日常生活を送ることがますます困難になります。

薬物療法、手術、支持療法により、一時的に症状を和らげることが可能です。最も一般的な治療法はレボドパと呼ばれる経口薬です。レボドパは脳内で吸収されるとドーパミンに変化し、大脳基底核の機能を部分的に回復させます。しかしながら、現在のところ病気の進行を止めたり遅らせたりする治療法は存在しません。そのため、パーキンソン病を治すと主張する製品は単なる詐欺でしかありません。

喫煙者は非喫煙者よりパーキンソン病のリスクが小さいです

誤った情報にはよくあることですが、Ardisの主張には一片の真実が含まれています。タバコを吸ったことのない人に比べて、タバコを吸う人はパーキンソン病を発症する可能性が極めて低いことが、数十件の疫学研究で一貫して示されています[3]。

この関連性は、タバコの喫煙と死亡率に関する米国公衆衛生局による1959年の研究で初めて観察されました。約20万人の退役軍人を分析した結果、研究者は、喫煙者は非喫煙者に比べてパーキンソン病で死亡するリスクが64%減少することを見出しました[4]。

疫学的研究では、喫煙が本当にリスク低下の原因であることを証明することは出来ませんが、因果関係を裏付ける追加的なエビデンスがあります。

例えば、喫煙による明らかな予防効果は、喫煙量や喫煙年数に応じて増加します[5]。逆に、禁煙した人のパーキンソン病リスクは、喫煙経験のない人よりは低いものの、現役の喫煙者よりは高くなっています。受動喫煙者は、能動喫煙者と同程度のリスク低減を示すという研究もありますが[6]、この点に関するエビデンスは相反するものです。

とはいえ、この明らかな保護効果は喫煙を始める理由にはなりません。喫煙者はパーキンソン病のリスクが低下する一方で、肺癌等の喫煙関連癌で死亡する可能性も高くなります[7]。喫煙はまた、心血管疾患を含む他の慢性疾患のリスク増加とも関連しています。

更に、喫煙とパーキンソン病のこの逆相関の根本的な原因は、まだ明らかになっていません。喫煙には真の予防効果があるかもしれませんが、観察された効果が逆の因果関係を反映している可能性もあります。この現象は、原因を結果と誤って特定したり、その逆を引き起こしたりする可能性があります。

つまり、喫煙がパーキンソン病のリスクを下げるのではなく、発症リスクの高い人がそもそも喫煙者になりにくいという可能性があります。例えば、パーキンソン病のリスクが高い人は、ニコチンの中毒作用に対する感受性が低いのかもしれません。

この仮説を裏付けるように、パーキンソン病の人は、パーキンソン病でない人よりも容易に禁煙することが出来ます[8]。これは、嗅覚の低下、慢性便秘、睡眠障害、うつ病といった特異的な非運動症状と同様に、疾患の初期徴候として提示されています。

ニコチンパッチがパーキンソン病患者の症状を改善したり、病気の進行を遅らせたりすることは示されていません

タバコには、喫煙とパーキンソン病リスクの逆相関に関与する可能性のある多くの物質が含まれています。しかしながら、タバコに含まれる主な活性化合物であるニコチンには、仮説的な保護効果を説明しうる、もっともらしい生物学的メカニズムの裏付けがあります。

ニコチンには中毒性があり、それこそまさにニコチンがパーキンソン病予防効果を発揮する可能性があるのです。

大脳基底核は運動制御だけでなく、ドーパミンによって調節される行動である中毒にも関係しています。ニコチンは、大脳基底核を含むいくつかの脳領域でドーパミンの放出を刺激します。大脳基底核におけるこのドーパミンの放出は、快感(報酬)を引き起こし、(今の場合は喫煙という)嗜癖行動を強化すると言われています[9]。

しかしながら研究者らは、ニコチンによって誘発されるドーパミンの放出は、黒質のニューロンを死滅から守ることも出来るのではないかと仮説を立てています。

実際、ネズミやサルにおいて、ニコチンの経口または経皮投与が黒質のニューロンを損傷から保護することが、予備的研究で明らかになっています[10]。

しかしながら、2件のランダム化比較試験では、ニコチンパッチによる治療を受けた患者において、運動症状の改善や疾患の進行を証明することは出来ませんでした[11,12]。対照群として、ニコチンパッチは1日あたり35~90ミリグラム(mg)投与され、治療期間は最長28週間となっていましたが、両試験とも被験者の数は順に32名と40名と少数でした。

2023年、ニコチンパッチとパーキンソン病に関するこれまでで最大の臨床試験がNew England Journal of Medicine Evidence誌に掲載されました[13]。この試験には、米国とドイツの複数の施設から、過去18ヵ月以内にパーキンソン病と診断された、つまり病気の可能な限り初期の段階にある163人の参加者が参加しました。これらの患者はまだドーパミン補充の治療を必要としなかったので、ニコチンの潜在的な有益性が薬物によってマスクされるのを防ぐことが出来ました。

治療群には1日90mgのニコチンが1年間投与され、対照群にはニコチンを含まないプラセボパッチが処方されました。研究者らは、症状や病気の進行のいずれにおいてもニコチンの有益性を見出せませんでした。

これらの否定的な結果は、必ずしもニコチンがパーキンソン病において治療価値がないことを意味するものではありません。しかしながら、リールの主張に反して、ニコチンパッチはパーキンソン病の治療法どころか、有効な治療法ではないことを強く示唆しています。

結論

  • パーキンソン病は現在、慢性的な不治の病です。

  • ニコチンパッチを含むあらゆる製品がパーキンソン病を治療するという主張は誤りです。

  • ニコチンは動物における予備的な研究で、いくつかの神経保護効果を示しています。

  • これらの効果は、パーキンソン病の新しい治療法を開発するための出発点となるかもしれませんが、これまでのところ、ニコチンパッチはパーキンソン病の治療法として有効ではないことを示しています。

引用文献

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