メル・ギブソンがJoe Roganのポッドキャストで、駆虫薬イベルメクチンとフェンベンダゾールは癌治療に効果があると事実無根の主張をしています。

【主張】

  • 私には3人の友人がいる。3人ともステージ4の癌だった。今、彼らは3人とも癌ではない。

  • 彼らは...... ご存じのように[イベルメクチンとフェンベンダゾール]を服用したんだ。

【詳細評定】

裏付け不十分:

  • イベルメクチンもフェンベンダゾールも実験室の細胞やマウスで抗癌効果を示しています。

  • しかしながら、ヒトにおけるエビデンスは不足しており、実験室での研究は、ヒトの癌に対する薬剤の有効性を判断するのに十分なエビデンスを提供するものではありません。

【キーポイント】

  • イベルメクチンとフェンベンダゾールは、実験室で抗癌効果を示した2つの抗寄生虫薬です。

  • しかしながら、イベルメクチンもフェンベンダゾールも、人の癌を治癒することを示す確実なエビデンスはありません。

  • イベルメクチンは、ヒトの特定の寄生虫感染症の治療に有効であるとして、WHOの必須医薬品リストに含まれています。

  • 一方、欧米の規制機関はフェンベンダゾールを動物用としてのみ承認しており、ヒトでは承認していません。

【レビュー】

2025年1月9日、コメディアンのJoe Roganが自身のポッドキャスト《The Joe Rogan Experience》で俳優のメル・ギブソンにインタビューしました。そのインタビューの中で、ギブソンは3人の友人が「彼らが飲んだと聞いたもの」を飲んで末期癌が治ったと主張しました。ローガンの 「イベルメクチン?」という質問に、ギブソンは頷き、「フェンベンダゾール」と付け加えました。
Roganは続けて、「(イベルメクチンやフェンベンダゾールのような)完治するものは儲からないから宣伝されない」と主張しました。

Rogan のポッドキャストは非常に人気がありCOVID-19やその他の健康や気候に関するトピックについて誤った情報を広める複数の人物にプラットフォームを提供してきました。

イベルメクチンとフェンベンダゾールが癌を治すという主張を含むインタビューの抜粋はSNS上で拡散し、Facebook(こちらこちら)、InstagramTikTokX(旧Twitter)で数百万ビューを集めて話題になっています。Xのアカウント@TheChiefNerdに投稿されたクリップは、記事執筆時点で6000万回以上の再生回数を記録しました。

フェンベンダゾールが癌を治療する、或いは癌を治すという主張は、少なくとも2019年からネット上に出回っています。一方、イベルメクチンはCOVID-19のパンデミックの際、一部のグループがCOVID-19の治療薬と偽って宣伝したことで、世間に広く知られるようになりました。

ギブソンのインタビューの拡散性によって、カナダ癌協会はX上で説明することになりました:

メル・ギブソンは科学的に証明されていない癌治療薬を宣伝しました。癌治療に関する誤った情報は、危険で、残酷で、無責任であり、癌患者やその愛する人々に誤った希望を与えるものです。

https://x.com/cancersociety/status/1877819687821594661

実際、Science Feedback 等が 以前に 説明した 通り、癌治療にイベルメクチンやフェンベンダゾールの使用を支持する科学的証拠は存在しません。両薬剤共、実験室の細胞や動物では有望な効果を示しているものの、これらの結果は、ヒトの癌治療に安全で効果的であることを示すものではありません。以下に詳しく説明します。

イベルメクチンとフェンベンダゾールは、動物実験では抗癌作用を示しましたが、ヒトでのエビデンスが不足しています。

イベルメクチンとフェンベンダゾールは、当初獣医学用に開発された抗寄生虫薬です。両者とも実験細胞や 動物において抗癌効果を示しているため、癌治療薬として使用する可能性についての研究が進行中です。

イベルメクチンは、河川失明症(オンコセルカ症)、ストロンギロイド症鉤虫症、土壌伝染性寄生虫によるその他の病気といった、ヒトの寄生虫病に対する有効性から、WHOの必須医薬品リストに含まれています。また、疥癬の治療にも用いられています。

イベルメクチンは、寄生虫の筋肉系と神経系の正常な機能を破壊し、寄生虫の麻痺と死を引き起こします[1]。研究者らは、イベルメクチンが実験室で培養した数種類の癌細胞の増殖に関与するシグナル伝達経路をも破壊することを発見しました[2]。マウスでは、イベルメクチンは卵巣癌や 乳癌に対する化学療法薬や免疫療法薬の効果を増大させることが確認されています[3,4]。

これらの知見に基づき、イベルメクチンの抗癌作用がヒトでも持続するかどうかを評価するための臨床試験が開始されました。2023年、City of Hope癌センターの研究者達は、イベルメクチンと免疫療法薬バルスチリマブとの併用による、侵攻性乳癌患者の腫瘍増殖と転移を抑える安全性と有効性を検証する臨床試験を開始しました。本稿執筆時点では、試験は募集段階に入っています。

フェンベンダゾールは犬、猫、馬、家畜等の動物に使用される広域スペクトル駆虫薬です。イベルメクチンとは異なり、フェンベンダゾールは米国FDAでも欧州医薬品庁(EMA)でもヒトへの使用は承認されていません

フェンベンダゾールの作用機序はイベルメクチンとは異なります。フェンベンダゾールは、細胞に構造的な支えを与え、細胞の活動と成長に不可欠な細胞骨格の構成要素である微小管の形成を阻害します。微小管を破壊することにより、フェンベンダゾールは寄生虫の細胞分裂とエネルギー代謝を阻害し、寄生虫を死に至らしめると考えられています。Science Feedbackでは、このメカニズムについて以前のレビューで詳しく説明しています。

癌細胞は健康な細胞よりもずっと急速に分裂します。そのため、癌細胞は新しい微小管の形成にも依存しやすく、フェンベンダゾールの影響を特に受け易いという特徴があります。

Scientific Reportsに掲載された2018年の研究では、フェンベンダゾールが癌細胞の死を促進し、実験室やマウスで培養した細胞の腫瘍増殖を抑えることが観察されています[5]。ビタミンA、D、E、K、Bの補給と組み合わせることで、フェンベンダゾールは血液癌の一種であるリンパ腫のマウスにも抗癌効果を示しました

フェンベンダゾールと同じ仲間に属する他の抗寄生虫薬も、実験室で増殖させた乳癌細胞[6]や膵臓癌のマウスにおいて腫瘍の成長を阻害することが可能です。しかしながら、フェンベンダゾールをはじめとする同系列の薬剤は水に溶けにくくなっています[7]。このため、癌治療への使用は制限され、生理食塩水内で薬剤を静脈内投与することが多くの場合となります

細胞実験や動物実験で得られた結果は、更なる研究に値するものではあるものの、イベルメクチンやフェンベンダゾールがヒトにとって安全で効果的な癌治療薬であることを示すには至っていません。

実験室での実験は、新たな治療法の探索に不可欠な第一歩です。しかしながら、ヒトはペトリ皿の中で成長する細胞よりも遥かに複雑な存在です。また、私達の身体の仕組みは、げっ歯類のような一般的な実験動物とは異なっています[8,9]。

このような違いの結果、細胞や動物モデルで有望視された薬が、ヒトでは効かないことがしばしば発生します。2024年にPLoS Biology誌に発表された研究によりますと、ヒトへの使用が承認されたのは動物で試験された新しい治療法のうちの僅か5%に過ぎないということです[10]。

このため、どのような治療法であれ、人に勧められる前に臨床試験が必要なのです。癌の場合、2019年の分析によりますと、臨床試験で成功した候補薬の割合は僅か3.4%に過ぎないと推定されています[11]。イベルメクチンもフェンベンダゾールも癌治療薬として試験されていないため、癌患者における潜在的な利益と副作用は未知数です。

奇跡の癌「治療法」は虚偽であり、潜在的に危険な行為です。

癌の予防、治療、治癒を謳った商品がSNS上で蔓延しています[12]。化学療法や放射線療法といった従来の治療法よりも効果が高かったり、副作用が少なかったりすることを期待して、そのような商品に手を出す患者もいます。

しかしながら、上で説明させていただいたように、癌治療を含むあらゆる医療は、安全性と有効性を実証するために厳格な臨床試験を受けなければなりません。オンラインの治療法は一般的にそのような科学的検証を欠き、癌患者に安全で有益であるかどうかのエビデンスを殆ど提供していません。こうした証明されていない治療法は、多くの点で人々に害を及ぼす可能性があります。

第一に、あらゆる薬物には副作用が伴うため、薬物による自己治療は危険です。ある薬剤がある疾患の治療薬として承認されているという事実は、その特定の疾患の治療に対する有益性が副作用のリスクを上回っているということを意味しているに過ぎません。その薬が自動的に他の病状の治療にも有効であるということではありません。更に、薬剤の中には、意図した通りに使用されないと害をもたらすものもあります。

例えば、イベルメクチンは血液をサラサラにする薬等、他の薬との危険な相互作用を引き起こす可能性があります。COVID-19が大流行した際、米国の毒物管理センターではイベルメクチンの過剰摂取による問い合わせが増加しました症状は軽度の発疹、頭痛、吐き気、嘔吐から、痙攣、昏睡、呼吸不全を伴う重篤な毒性にまで及んでいました。

フェンベンダゾールのように人への使用が承認されていない薬剤の場合、人への影響に関する研究がないことがよくあります。そのため、ヒトにおける副作用や毒性、他の薬との相互作用の可能性は未知数です。

第二に、それ自体は有害でない製品であっても、患者によっては効果的な治療を遅らせたり、証明されていない治療薬に置き換えたりすることで、間接的に害を及ぼす可能性があります。治療の遅れは、癌の転移や悪化を引き起こし、患者の生存率を低下させる可能性があります[13]。

イェール大学医学部の研究者らは、補完療法や代替療法(それぞれ、従来の治療に加えて、又はその代わりに用いられるもの)を用いる癌患者は、癌専門医から勧められる医学的治療を拒否する傾向が強いことを明らかにしました[14,15]。このことは、臨床的に証明された治療法のみを受ける人に比べて死亡 リスクが高いことと関連しています。

また、米国癌協会が説明しているように、「癌の治療法は一つではない」ということを覚えておくことも重要です。その代わり、医師はそれぞれの患者に合った治療を行なうために、様々な戦略を組み合わせるのが普通です。製薬会社は儲からないから「癌の治療法」を隠しているという根強い俗説は、新しい治療法の絶え間ない開発によって反論されています。手術、放射線療法、化学療法、免疫療法、ホルモン療法といった現在の治療法は、癌の増殖や転移を食い止める上で安全かつ効果的なものばかりです。

しかしながら、治療が成功しても、癌が絶対に再発しないという保証はありません。そのため、腫瘍専門医は一般的に「治癒」ではなく、癌がコントロールされ症状が出ないことを意味する「寛解」という概念を用いているのです。

そのため、癌を「治す」と謳う製品は、最善のシナリオでは詐欺的行為となります。米国FDAは、「このような危険性があり、証明されていない製品には近づかないように」と消費者に対して呼びかけています

結論

  • 抗寄生虫薬であるイベルメクチンとフェンベンダゾールがヒトの癌を治すという主張には根拠がありません。

  • 現在、イベルメクチンは寄生虫感染症の治療薬としてのみヒトへの使用が承認されており、フェンベンダゾールは動物用としてのみ承認されているだけです。

  • イベルメクチンもフェンベンダゾールも、実験室では有望な抗癌効果を示しています。

  • しかしながら、ヒトでの臨床データはまだ不足しています。このエビデンスがなければ、これらの薬が安全かどうか、ヒトの癌を止めることが出来るかどうかも分かりません。

  • このため、現在の時点では癌治療薬として推奨することは不可能です。

引用文献

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