鳥インフルエンザワクチン《Audenz》に含まれる成分は、その含有量において問題はなく、毒性や 癌を引き起こすというエビデンスはありません。

【主張】

  • 各《Audenz》ワクチンには、MDCK細胞プロテインとMDCK DNA(Canine kidney DNA)が含まれている!

  • このワクチンには水銀誘導体であるチメロサールが含まれており、非常に毒性が強い。

  • また、発癌性があり、クローン病の発症率を高めることが知られているポリソルベート80も含まれている。

  • また、β-プロピオラクトンも含まれている。

  • β-プロピオラクトンは、実験動物において高い腫瘍原性、遺伝毒性、発癌性を示している。

【詳細評定】

誤解を招きかねない表現です:

  • (一般に鳥インフルエンザとして知られている)H5N1ウイルスを予防するためのワクチンであるAudenzには、チメロサール、ポリソルベート80、β-プロピオラクトンといった成分が含まれています。

  • しかしながら、ワクチンに含まれるこれらの成分の量は、健康リスクを避けるために保健機関が定めた安全限度内に収まっています。

  • これらの成分が害をもたらすことは確認されていません。

【キーポイント】

  • ワクチンのアジュバントや成分は、ワクチンの効果と安定性を高めるために慎重に選択されます。

  • チメロサール、ポリソルベート80、β-プロピオラクトンといったこれらの成分の安全性は、保健機関によって厳格に評価され、科学的研究と臨床データに基づいて安全な暴露限界が設定されています。

  • これらの成分は、ワクチンの有効性と安全性を確保するため、定められた安全基準値内に収まるよう、特定の量に管理されて使用されています。

【レビュー】

2025年1月1日に複数Facebook 投稿において、抗ウイルス薬AudenzにはMDCK細胞プロテインとMDCK DNA(《canine kidney DNA》)、チメロサール、ポリソルベート80、β-プロピオラクトン等の成分が含まれているとする主張がなさ れていました。更に、これらの成分の一部は有毒で発癌性(癌の原因)があり、ポリソルベート80の場合はクローン病のリスクを高めると主張しています。

Audenzは、(より一般的には鳥インフルエンザまたは「鳥インフルエンザ」として知られている)インフルエンザAウイルスH5N1感染を予防するために使用されるワクチンの米国でのブランド名です。2020年に米国FDAによって初めて使用が承認されました

上記の主張の信憑性を判断するため、Science Feedbackは米国FDAのAudenzの添付文書をレビューしました。Audenzの添付文書には、薬剤の使用目的、成分、禁忌、安全性データに関する情報が記載されています。また、毒性または発癌性の可能性を判断するために、記載されている成分について保健機関が設定した安全曝露限界値を検討しました。以下、各成分についてより詳しく解説します。

チメロサール

チメロサールは有機化合物で、複数回接種用バイアル瓶内の細菌や真菌の増殖を防ぐため、ワクチンの防腐剤として使用されることがあります。1930年代から1990年代後半までワクチンに広く使用されていましたが、米国FDAは「ワクチンの再製剤化と単回投与容器の導入」のため、また安全性に対する社会的懸念のため予防措置として、その使用を減少させました。

米国FDAの《Audenz》の添付文書には、「5mLマルチ投与バイアルには、防腐剤として添加された水銀誘導体であるチメロサールが含まれています。マルチ投与用バイアルの0.5 mL あたり 25 mcg(マイクログラム)の水銀が含まれています」と記載されています。

この水銀量は、以下の図1に概説されている通り、平均体重の低い指標(5パーセンタイル)に基づく生後6ヶ月未満の乳児に対して、様々な保健・安全機関が推奨している安全な曝露限界を大幅に下回っています:

図1-米国環境保護庁(EPA)、米国有害物質・疾病登録庁(ATSDR)、米国食品医薬品局(FDA)が推奨するチメロサールの安全暴露限界値。ug=マイクログラム、mg=ミリグラム。
出典: フィラデルフィア小児病院。

参考までに、WHOが定める体重の5パーセンタイルは、生後6ヵ月で6~ 6.6kgとなっています。このため、EPA(米国環境保護庁)が最も保守的に見積もった安全曝露限界値65mcgでも、《Audenz》の1回投与量に含まれる水銀量を大幅に上回っています。ですから、0.5mLの《Audenz》に含まれる25mcgの水銀は、体重が大幅に重い成人や生後6ヶ月以上の小児にとっては、安全な限度内に収まることになります。

更に背景を説明しますと、チメロサールの害に関する誤った情報は、1998年にAndrew Wakefieldによって発表された、チメロサールを含むワクチンは自閉症のリスクを増加させるという間違った主張により、1990年代後半から広まりました。この論文を発表した学術誌はその後この研究を撤回し、数多くの科学的研究によって、チメロサールと自閉症との関連を裏付ける信憑性の高い証拠は何も見つかりませんでした[1,2,3]。

また、エチル水銀(チメロサールに含まれる水銀の一種)とメチル水銀には違いがあり、メチル水銀の害がエチル水銀と不正確に関連付けられることがある点にも注意が必要です。メチル水銀はエチル水銀に比べて毒性が強く、生体内に蓄積されやすくなっています。米国FDAはまた、両者が「完全に異なる物質」であることも公表しています:

メチル水銀は、環境中に水銀金属が存在すると生成されます。この物質が体内で発見された場合、大抵はある種の魚やその他の食品を食べた結果です。多量のメチル水銀は神経系に害を及ぼす可能性があります。これは、食品中のメチル水銀に長期的に曝露している一部の集団の研究では、米国の集団よりも遥かに高いレベルで発見されています。 エチル水銀は、体内でチメロサールが分解される際に生成されます。ワクチンによる低レベルのエチル水銀曝露は、長期的なメチル水銀曝露とは全く異なります。何故なら、エチル水銀は体内での分解が異なり、血液からより早く排出されるからです。

https://www.fda.gov/media/83535/download

ポリソルベート80

ポリソルベート80は、乳化剤及び安定剤として、ワクチン、医薬品、食品、化粧品等の様々な製品に使用される合成化合物です。成分を均一に混合し、特定の物質の溶解性と安定性を向上させます。

米国FDAの添付文書によりますと、《Audenz》はMF59C.1アジュバントの一部として1.175mgのポリソルベート80を含有しており、0.375mg以下のポリソルベート80が残留する可能性があり、最大で合計1.55mgとなります。

2023年の報告書で、欧州医薬品庁(EMA)は、ポリソルベート80に関連する潜在的な健康リスクに関する前臨床及び臨床データの評価に基づき、1日あたり体重1kgあたり3mgのポリソルベート80の安全性制限を推奨しました。その報告書では、「1.175mg/ワクチンのポリソルベート投与量は、体重60kgの人の場合、約0.02mg/kgに相当します」としており、推奨限度量である3mg/kg/日を大きく下回っています。

Facebookの投稿では、ポリソルベート80には発癌性があり、クローン病のリスクを高めるとも主張していました。しかしながら、ポリソルベート80はヒトに対する国際癌研究機関(IARC)の発癌性物質リストには掲載されていません。

食品添加物として使用された場合、ポリソルベート80がクローン病に関連する炎症や細菌の増殖を引き起こす可能性を示唆する限定的なエビデンスが存在しています[4,5]。しかしながら、ポリソルベート80とクローン病のリスク増加との因果関係を裏付けるエビデンスは見つかっていません。#

β-プロピオラクトン (BPL)

β-プロピオラクトン(BPL)は、ワクチン製造における消毒及び滅菌剤として使用される化合物です。主にワクチン中のウイルスや細菌を不活性化し、免疫反応を引き起こす能力を失うことなく安全に使用出来るようにするために使用されています。

BPLに発癌性があるというFacebook上の投稿は、部分的には正しいところもありました。国際癌研究機関(IARC)は、グループ2Bの発癌性物質にBPLを分類しています

しかしながら、《Audenz》にはBPLが0.1mcg以下しか含まれておらず、ウイルス細胞を不活性化するために使用されています。BPLは強い毒性を持つ可能性があるため、その安全限界は使用される状況によって異なることは注目に値します。米国労働省の一部門である労働安全衛生局は、BPLの推奨限界値を0.5ppm(500mcg)と発表しています。《Audenz》に含まれるBPLの量は、この限界値を下回っています。

MDCK細胞プロテインとDNA(canine kidney DNA)

MDCK(Madin-Darby Canine Kidney)細胞は、元々は1950年代にメスのコッカースパニエルの腎臓から得られた細胞株です。この細胞は、実験室の条件下で増殖・複製するユニークな能力を持っており、科学研究やバイオテクノロジー、特にワクチンの製造に有用なツールとなっています。MDCK細胞はウイルスを大量に培養することが可能であり、ワクチン製造のためのウイルス材料の高い収率を確保するのに効果的です。

Science Feedbackが以前のクレームレビューで説明した通り、これらのMDCK細胞はワクチン製造過程で除去されるため、時折残存するタンパク質を除いて最終的なワクチン製品には存在しません。《Audenz》では、米国FDAの添付文書に「1回分のワクチンには3.15μg未満のMDCK細胞プロテインと10ng以下のMDCK細胞DNAが含まれる可能性があります」と記載されていることから、これらの残存プロテインの可能性が指摘されていました。

フィラデルフィア小児病院は、細胞内で増殖したDNAが有害でない理由を次のように説明しています:

DNAは特定の化学物質に曝露されると安定しないため、ワクチンの製造過程でその多くが破壊されてしまいます。そのため、最終的なワクチン製剤に含まれるDNAの量は極僅か(10億分の1グラムあるいは1兆分の1グラム)で、非常に断片化されています。DNAは断片化されているため、有害なタンパク質を作ることは不可能です。ワクチンのDNAは細胞のDNAに組み込まれることは不可能です。これが実現されれば、遺伝子治療はこれまでよりもずっと簡単になるでしょう。

https://www.chop.edu/vaccine-education-center/vaccine-safety/vaccine-ingredients/dna

結論

  • Facebookの投稿では、《Audenz》に含まれるMDCK細胞プロテイン、MDCK DNA、チメロサール、ポリソルベート80、β-プロピオラクトンといった成分に関する主張がなされていますが、これはワクチンの実際の安全性プロファイルを誤って伝えています。

  • 《Audenz》に含まれるこれらの物質の量は、確立された安全限界値を大幅に下回っており、存在する量において、発癌性やクローン病のリスク増加といった有害な健康影響と結びつく信憑性のあるエビデンスは存在しません。

#PubMed検索クエリー :(polysorbate 80[Title/Abstract]) AND (Crohn’s disease[Title/Abstract])

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