いいえ、この研究では、種油が「若者の大腸癌の爆発的増加」に拍車をかけていることは発見されておりません。

【主張】

  • 医師らは、何百万人もの人々が使用している食用油が、若者の大腸癌を爆発的に増加させている可能性があると警告している。

【詳細評定】

裏付け不十分:

  • この研究は、主張を裏付けるには不十分なものです。

  • 研究対象者の平均年齢は64歳であり、若年成人を代表していません。

  • また、この研究では参加者の食生活に関する情報を収集していないため、種油の摂取と大腸癌リスクとの因果関係を立証することは不可能です。

誤解を招き兼ねません:

  • 砂糖、脂肪、塩分を多く含む加工食品には、種油も含まれている傾向があります。

  • 加工食品を食べることによる健康リスクは、主にカロリーと塩分の高さに関係しています。

  • 種油は本質的な有害物質ではなく、適度に摂取すれば健康に有益でさえあります。

【キーポイント】

  • 種油(植物油)は、ヒマワリやゴマ等の種子を丸ごと加工して作られます。

  • オメガ6脂肪酸のような不飽和脂肪酸が豊富に含まれています。

  • オメガ6脂肪酸は人体で重要な働きをします。

  • 細胞膜の一部であり、炎症のような多くの細胞プロセスを調整する化合物の構成要素となっています。

  • また、バターや牛脂のような動物性脂肪に含まれる飽和脂肪酸よりも心臓の健康に寄与すると言われています。

【レビュー】

2024年12月10日、Daily Mail紙が 「医師が警告、数百万人が使用する食用油が若者の結腸ガンの爆発的増加に拍車をかけている可能性」と題する記事を掲載しました。具体的には、この記事で言及されている食用油の種類は種油でした。種油(植物油)は、ヒマワリ、亜麻、ゴマといった種子を丸ごと加工して製造される油です。

この主張は、2024年12月にGut誌に掲載されたSoundararajanらの研究に基づいていました[1]。

ウェルネス系インフルエンサーによるSNS上の投稿は、Mail紙の見出しを何百万人ものユーザーに喧伝することとなりました。その中には、科学的に疑問のあるBulletproof Dietを宣伝してきた起業家であるDave Aspreyや、2017年に専門家としてあるまじき行為でカリフォルニア州医師会から譴責処分を受けた医師Leigh Erin ConnealyによるInstagramの投稿も含まれていました。

これらの投稿は、種油が人間の健康に有害であると主張するSNSでの一般的なトレンドの一部となっています。Rolling Stone誌の2022年の記事では、ウェルネス系インフルエンサーによって、このようなトレンドが台頭していることを報告しています。更に最近では、トランプ次期米大統領によって米保健福祉省のトップに指名されたRobert F. Kennedy Jr.が、アメリカ人は種油によって「知らず知らずのうちに毒を盛られている」と2024年10月に主張しました

この傾向は、Snopesによる2017年のファクトチェックが証明している通り、数年前にチェーンメールを通じて出回り始めたカノーラ油(種油)に関する健康誤報にルーツがあるのかもしれません。カノーラ油に特化した誤った情報は、Lead StoriesUSA Todayのファクトチェックグループが報告しているように、近年、今度はSNS上で拡散され続けています。

これら以前のキャノーラ油の誤報の例と同様、このMail紙の見出しは誤解を招くものであり、引用した研究はその主張を裏付ける十分な証拠を示していません。詳細を以下で説明します。

この研究では何が行なわれ、何が発見されたのでしょうか?

この研究では、大腸癌患者の大腸腫瘍組織と健常人の正常大腸組織の脂質含量を質量分析という手法で分析しました。また、脂質代謝に関与する遺伝子の発現も分析対象としました。著者らは、正常結腸組織と比較して、腫瘍細胞はより多くの脂質と炎症促進に関連する遺伝子発現活性を含んでいることを確認しました。

より具体的には、これらの炎症性脂質はオメガ6脂肪酸であるアラキドン酸に由来していることが判明しました。そしてアラキドン酸は、種油等の食事に含まれるもう一つのオメガ6脂肪酸であるリノール酸に由来します。リノール酸もアラキドン酸も必須脂肪酸で、体内で合成することは出来ないため、食事から摂取する必要があります。

アラキドン酸由来の脂質が多いことから、著者らは、種油のような大量のリノール酸を長期的に摂取することで、大腸の慢性的な炎症が促進され、大腸癌のリスクが高まるのではないかという仮説を立てました。

著者らはまた、脂質と遺伝子発現活性を炎症を抑える方向にシフトさせれば、大腸癌の治療に役立つという仮説も立てました。しかしながら、これらの仮説はいずれもこの研究では実際に検証されておらず、著者らは、これらは今後研究されるべき潜在的な道筋になりうると述べています。

我々は、この研究の筆頭著者である南フロリダ大学のTimothy Yeatman教授に連絡を取った。メールの中で、Yeatman氏は「種油や種油を使った調理が患者に与える影響を直接測定したわけではありません」と述べています。

但し、オメガ6脂肪酸は食物からしか摂取することが出来ないため、「オメガ6脂質を何年も何十年も大量に摂取することは、慢性的な炎症を引き起こし、癌の発生を助長する可能性があります」、と同氏は推測しています。

種油はオメガ6脂肪酸を豊富に含み、西洋食の加工食品に広く使用されているため、「食事に含まれるオメガ6脂肪酸の過剰摂取が問題であるという仮説を立てました」とYeatman氏は述べています。

この研究は、種油が大腸癌を引き起こすことを        示すものではありません。

大腸癌のリスク増加には、赤身肉の多い食事、喫煙、高齢といった様々な危険因子が知られています。研究者らは、大腸癌のリスクを高める他の潜在的な要因の探求を続けています。

今回のGut誌の研究は、大腸腫瘍組織と正常大腸組織との脂質代謝の違いに光を当てました。しかしながら、The Mail紙の見出しは誤解を招きそうな内容となっており、その理由は、この研究は種油と若年成人における大腸癌罹患率の上昇との因果関係を立証するものではなかったからです。

第一に、この研究の参加者の平均年齢は64歳でした。つまり、この研究対象者は若年成人を代表していないということを意味しています。

第二に、この研究は参加者の食生活に関する情報を収集していないことです。そのため、食事による種油と結腸癌との因果関係を立証することは不可能です。更に、オメガ6脂肪酸は種油だけに含まれているのではありません。魚、肉、卵にもリノール酸のようなオメガ6脂肪酸が含まれているからです。特に種油と結腸癌との因果関係を立証するためには、参加者の食生活に関するより詳細なデータが必要になってきます。

第三に、癌は一晩で発症するのではなく、何年もかけて発症するのが一般的です。この研究で検査された大腸組織サンプルはある時点で採取されたものであり、参加者の生涯における大腸の状態を代表するわけではない可能性があります。

種油は本質的に有害ではなく、適度に摂取すれば有益でさえあります。

マサチューセッツ総合病院が発表したこの論文では、種油はリノール酸を含むために炎症を促進するとの悪評があることが強調されています。先に説明したように、リノール酸は体内でアラキドン酸に変換され、アラキドン酸は炎症を促進する体内化合物の成分となっています。

しかしながら、アラキドン酸は炎症を抑える化合物の構成要素でもあるため、この批判は見当違いです。

オレゴン州立大学のライナス・ポーリング研究所も、アラキドン酸に由来する脂質伝達物質を全て「炎症促進物質」と呼ぶのは「単純化しすぎ」と述べています。また、アラキドン酸由来のプロスタグランジンは炎症を引き起こすものの、ロイコトリエンのような炎症性シグナル分子を抑制し、リポキシンと呼ばれる抗炎症性化合物を誘導する作用もあるとしています。

更に、リノール酸やアラキドン酸を単に有害なものと決めつけるのは誤りであり、それらが人体で果たす重要な機能を見落としています。アラキドン酸は細胞膜のリン脂質二重層の一部を形成し、膜の流動性と透過性に寄与しています。また、細胞プロセスに重要な脂質化合物を体内で作るためにも重要な成分です。

最後に、食事性リノール酸が必ずしも炎症や害の増加と関連していないことを示す研究も存在します。30の無作為化臨床試験を調査したレビューによりますと、食事性リノール酸は体内の炎症マーカーのレベルの上昇とは関連していないことが分かりました[2]。

実際、Circulation誌に掲載されたレビューでは、食事性オメガ6脂肪酸は心血管疾患のリスク低下と関連していることが明らかにされています[3]。これは、少なくとも部分的には、オメガ6脂肪酸が不飽和脂肪酸、即ち「健康的な脂肪酸」であり、健康的なコレステロール値を維持するのに役立つという事実によるものと考えられます。バターや牛脂のような動物性脂肪に含まれる飽和脂肪酸が、体内の「悪玉コレステロール」を増加させるのとは対照的です。

種油に対する批判は、加工食品や超加工食品の一般的な原料として使われていることが原因かもしれません。しかし、加工食品に関連する健康問題を種油だけのせいにするのは見当違いだ、と専門家は指摘しています。揚げ物のような加工食品に種油が含まれているのは事実ですが、精製された砂糖、脂肪、ナトリウムも多く含まれています。種油に特化するのではなく、一般的に加工食品の摂取を減らし、新鮮な食品の摂取を増やすことを勧めています。

結論

結論として、Soundararajanらの研究は、結腸腫瘍組織は正常結腸組織と比較してより多くの炎症性脂質を含んでいることを発見したと思われます。また、これらの脂質は主にオメガ6脂肪酸、特にアラキドン酸に由来することが判明しました。このことから、研究者らは、オメガ6脂肪酸の過剰摂取が体内の炎症性脂質レベルを上昇させ、大腸の慢性炎症を引き起こし、癌発生の一因となる可能性があるとの仮説を立てました。

しかしながら、この研究では種油に特化した研究や、結腸癌患者に対する種油の効果については検討されておらず、研究対象者はかなり高齢であったため、若年成人を代表するものでもありませんでした。そのため、種油が若年層における大腸癌の 「爆発的 」発生を引き起こしているとするMail紙の主張は誤解を招き兼ねないですし、研究結果を誇張していると言わざるを得ません。

引用文献

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