Hulda Clarkの "zapper" 装置は似非科学に基づくもので、寄生虫を殺したり病気を治したりするものではありません。
【主張】
"zapper" は寄生虫、バクテリア、ウイルスを殺すことが出来る。
【評定詳細】
《誤り》
全ての病気の原因は単一ではありません。
病気は、感染因子、遺伝子の突然変異、生活習慣や環境因子といった様々な原因や要因によって引き起こされます。
寄生虫はいくつかの病気を引き起こしますが、他の多くの病気との因果関係は確立されておりません。
《裏付け不十分》
低電圧の電気器具を体に当てることで寄生虫が死滅したり、癌、アルツハイマー病、糖尿病、AIDSといった重篤な病気を患っている人に何らかの健康上の利益がもたらされたりすることを示す臨床的証拠は存在しません。
【キーポイント】
代替療法には、従来の医療にはない様々な製品や方法があり、標準的な治療の代わりに用いられています。
しかしながら、それらの方法の多くは十分に検証されておらず、安全性や有効性に関する情報は殆どありません。
これは特に、規制の殆どないオンラインで販売されている健康食品に当てはまります。
こうした製品の主なリスクの一つは、救命医療を求める患者の意欲をそぐ可能性があることです。
更に、これらの製品の多くは、副作用を引き起こしたり、標準的な治療を妨害したりする可能性もあります。
最悪の場合、製品そのものが人々にとって危険なものになる可能性もあります。
【レビュー】
SNS上には、事実上あらゆる病気に対する補完的・代替的治療法として喧伝されるサプリメント、自然療法、器具の膨大な品揃えが氾濫しています。これらの製品の多くは、従来の治療法を遥かに上回る驚異的な健康効果を約束しています。しかしながら、オンラインで提供される健康食品は一般的に科学的な裏付けを欠いており、中には深刻な健康リスクをもたらすものも含まれています[1,2]。
2024年1月3日にFacebookページ "Hulda Regehr Clark, Ph.D., N.D. "に投稿された動画は、そのような商品が蔓延している一例です。
Clarkは、たった一匹の寄生虫が、全ての癌や 糖尿病、後天性免疫不全症候群(AIDS)、アルツハイマーを含むその他多くの深刻な病気の原因であると主張する自然健康法の実践者でした。1990年代、Clarkはこの寄生虫を体内から一掃することで、これらの病気を治すと称するプロトコルを開発しました。Clarkはまた、"The Cure for All Cancers"と"The Cure for All Diseases"という本を著し、病気についての理論を伝え、その方法を宣伝しました。
Facebookの動画で、Clarkは "zapper "の使い方を説明し、彼女自身が開発した、体内の寄生虫を一掃することであらゆる病気を治すとされる電気機器です。Clarkの主張の反復はTikTokでもよく見られ、数十万回の再生回数を記録しています。
しかしながら、後述するように、クラークの主張には根拠がなく、専門家や医学会は彼女の考えを疑似科学として繰り返し否定してきました。それでも、彼女の主張は根強く、 "zapper" は癌治療としてネット上で販売され続けています。更に、クラークの治療法は、当時、彼女の公式サイトが記載していたように、2009年に彼女自身が多発性骨髄腫(血液癌の一種)で死亡するのを防ぐことが出来ませんでした。
《寄生虫が全ての病気の原因というわけではありません》
著書の中で、癌や その他多くの病気の原因は、ヒトの腸内インフルエンザ(Fasciolopsis buski)にあるとClarkは主張しています。この寄生虫に汚染された水生植物を生で、或いは加熱が不十分な状態で食べた人間や豚の腸に寄生するのだと主張しています。症状は軽度の腹痛や下痢から、感染力が強い場合は腸閉塞、嘔吐、発熱、貧血に至ります。
Clarkは、食べ物、飲み物、衣服、その他の日用品を通して特定の化学物質に曝露することで、一部の臓器がこの寄生虫に感染しやすくなると考えていました。その結果、寄生虫が腸からそれらの臓器に移動し、病気を引き起こすというのです。
寄生虫が侵入した臓器によって、異なる病気(例えば、肝臓では癌、子宮内膜症、胸腺ではAIDS、膵臓では糖尿病、脳ではアルツハイマー病)を引き起こす可能性があるとClarkは主張しました。しかしながら、これらの主張には根拠がありません。
まず、F. buskiは人から人へ感染することはなく、主に南アジアと東南アジアに限られています。そのため、欧米諸国では感染の原因とはなり得ないでしょう。それにも関わらず、癌や糖尿病を含む慢性疾患は、米国等の国々で障害や死亡の主な原因となっており、寄生虫がそのような疾患の唯一の真の原因であるというClarkの主張と矛盾しています。
寄生虫が癌、AIDS、アルツハイマーを引き起こすという、より一般的な主張もまた正しくありません。例えば、Clarkは、寄生虫感染とは無関係の、原因が確立されているいくつかの病気を寄生虫のせいだと主張しています。ヒト免疫不全ウイルス(HIV)が原因であるAIDSがそうです。
アルツハイマーや癌の原因はまだよく分かっていませんが、これらの疾患の患者の剖検では、罹患した臓器に寄生虫の感染は見られません。一般的な科学的コンセンサスは、これらの疾患は加齢、環境要因、生活習慣要因、遺伝的素因といった複数の危険因子の相互作用によって発症するとされています。
但し、Health Feedbackが以前のレビューで説明したように、特定のウイルスや寄生虫が、ある種の癌の発症リスクを高める可能性があることは事実です。例えば、世界保健機関の国際がん研究機関(IARC)は、Schistosoma haematobium、Opistorchus viverrini、Clonorchis sinensisの慢性感染を発癌性(グループ1発癌性物質)と認めています。
しかし、ある種の寄生虫がある種の癌を引き起こす可能性があるという事実は、寄生虫が癌の唯一の原因であると主張することとは全く意味が異なります。F. buskiはIARCの発癌性寄生虫リストにさえ含まれていません。また、感染症に起因する癌の場合でも、一度発症した癌は病原体を除去しても完治することはありません。
《Clarkの "zapper "には実証された健康上の利点はありません》
F. buskiが全ての病気の原因であるという誤った考えに基づき、Clarkは体内から寄生虫を一掃することで病気を治すとされるプロトコルを開発しました。Clarkは2つの簡単な方法で、あらゆる癌やAIDSその他の病気をたった5日間で治すと主張していました。
まず、Clarkの著書では、腸を「浄化」するために黒クルミの殻、ニガヨモギ、クローブの混合物を摂取することを勧めていました。
次に登場したのが "zapper" と呼ばれる装置で、バッテリーに接続された2本の銅製ハンドルからなり、特定の周波数(バイオレゾナンス)で身体に微弱な電流(9ボルト)をパルス状に流すものです。この装置は、寄生虫を含む生物はそれぞれ固有の周波数を発しているという考えに基づいています。"zapper" は寄生虫の周波数に特異的に反応し、人間の組織を傷つけることなく寄生虫を殺すとされています。
しかしながら、バイオレゾナンスの理論には科学的な裏付けがなく、"zapper"は癌患者に対する効果を評価する臨床試験を受けたことがありません。また、Clarkのプロトコルを使って癌の治療や治癒に成功したという信憑性のある報告も存在しません。" zapper"の原理は、科学的根拠なしに癌治療の代替手段として宣伝されているもう一つの電子機器である"Rife machines"の原理と非常によく似ています。
従って、Clarkの主張を裏付ける唯一の証拠は、彼女が著書に記した事例だけです。しかしながら、いくつかの問題がこれらの報告を信憑性のないものにしてしまっています。
その一つは、Clarkが著書で説明した症例がそもそも癌であったかどうかということです。この問題に対する疑念は、Clarkが診断のために医学的に認められている基準に頼らず、代わりに”Syncrometer"という自分で開発した検証されていない別の装置を使ったことに起因しています。この装置は、人を検査した際に発する音と「検査物質」を使用した際に発する音を比較することで、罹患した臓器の癌や 毒素を検出することが出来るとされていました。
"Syncrometer"はガルバノメーターと呼ばれる微小電流を検出する装置で、診断的価値はありません。検査物質は、その人が体内で検出したいと望んだ「有毒溶剤」を含む家庭用品と、どの臓器が影響を受けたかを特定するための動物の部位で構成されていました。
また、Clarkが治療した人々の結果をどのような基準で評価したのかも不明です。例えば、Clarkの本には、治療後数週間後に死亡したにも関わらず、これらの患者の何人かが治癒したと記述されています。
まとめると、これらの患者の多くは、そもそも癌ではなかった可能性があり、癌であった人々も、治療の効果を評価するために十分なフォローアップを受けていないということなのです。このため、これらの症例はClarkのプロトコルが有効であったことを示唆する信憑性のある証拠とはなりません。対照的に、Clarkの " zapper" によって火傷を負ったり、心臓ペースメーカーとの相互作用を引き起こしたりして、害を被った人々の報告はきちんと文書化されています[3]。
更に問題なのは、Clarkが「手術、放射線療法、化学療法」を中止するよう勧めていることです。何故なら、彼女の治療法は「癌の種類や末期に関係なく、癌を止めるのに100%効果的」だからです。このアドバイスに従うことは、人々の命を危険に晒すことになります。標準的な癌治療を拒否して代替療法を選択すると、死亡リスクが高まるという研究結果も報告されています[1,2]。
こうした怪しげな行為によって、最終的にClarkは米国とメキシコで、過失と詐欺、無免許で医療行為を行ったとして複数の罪に問われることになりました。
2001年、米国連邦取引委員会(FTC)、米国食品医薬品局、カナダ保健省は、"Operation Cure. Operation.All "と呼ばれる、インターネット上での健康食品の詐欺的マーケティングに対する協調的な取り組みを開始しました。この取り組みの一環として、FTCはClarkの根拠のない理論に基づいて "zapper"ユニットを販売する企業に対して法的措置をとりました。いくつかの企業は、Clarkの製品が癌やその他の疾患の治療に有効であり、これらの製品を使用することで手術や化学療法が不要になるという根拠のない主張をすることを禁じられました。
FTCの事例の一つは、癌と寄生虫学の専門家2人の宣誓供述書によって裏付けられたもので、Clarkの理論は「悪い科学に基づく」ものであり、彼女の主張を裏付ける「適格で、信頼性のある」証拠を示していないと説明されました。
《参考文献》
1 – Johnson et al. (2018) Use of Alternative Medicine for Cancer and Its Impact on Survival. Journal of the National Cancer Institute.
2 – Johnson et al. (2018) Complementary Medicine, Refusal of Conventional Cancer Therapy, and Survival Among Patients With Curable Cancers. JAMA Oncology.
3 – Furrer et al. (2004) Hazards of an Alternative Medicine Device in a Patient with a Pacemaker. New England Journal of Medicine.