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豚の子(短編小説)

【生命倫理の問題に切り込むシリーズ】

豚の子


あらすじ


関東生命科学研究所の一室で、合成生物学の第一人者、塩見博士の刺殺死体が発見された。犯人は17歳の少年。少年は博士が豚のゲノムから作った人造人間だった。博士と少年の間に何があったのか。人工臓器の大量生産が実現し、人類は未曾有の長寿社会を築き上げたが、医学の進歩と生命倫理の衝突、人造人間の権利と人間の利益の対立など、前例のない問題に苦悩する。

 

1 

 20XX年、日本人の平均寿命は100歳を超えた。厚生労働省によると死因の第一位は老衰、第二位は自殺、第三位は不慮の事故。今世紀の前半、死因ランキングの上位を占めていた悪性新生物、心疾患、脳血管疾患などは稀なケースとなり、合計しても一割を超えなかった。病気では死ねない時代になったのだ。
 未曾有の長寿社会をもたらしたのは、遺伝子工学、合成生物学の進歩による医療革命である。人工臓器の量産が可能になり、移植が医療の中心になったのだ。
 医療革命を推進したのは関東生命科学研究所の所長、塩見拓也博士である。
 塩見が人工臓器の大量生産を始めたのは50年前。それ以前から臓器移植の技術は確立していたが、臓器は高価で、一般の市民には遠いものだった。むしろ、市民が身近に感じていたのは臓器をめぐる犯罪だった。慢性的なドナー不足により臓器の供給が追いつかず、臓器目当ての誘拐事件や殺人事件が頻発していたのだ。
 政府はこの事態を収拾するため、人間の臓器の売買、提供、利用の全てを禁止した。
 この処置に医学会は猛反発した。が、世論は政府を支持し、臓器ブローカーが逮捕され、闇の移植手術が摘発されると喝采を上げた。大多数の国民は、南の国で臓器を買い漁る臓器ブローカーや高額の手術料を取る医師らに嫌悪感を抱いていたのだ。
 塩見が現れたのは、そんな時だった。

 塩見博士、人工臓器の開発に成功。量産も可能に
 関東生命科学研究所の塩見拓也博士は、豚のゲノムを編集し、人間の体に適合した臓器を作る新技術の開発に成功した。同研究所は全国の養豚所に指導員を派遣し、量産体制の確立を急ぐ。

 人間の臓器の利用は非合法化されたが、人間以外の動物の臓器に関する規制はない。塩見はそこに目をつけたのだ。
 動物の臓器を使った異種移植は過去にも行われていたが、拒絶反応が起き、患者が死亡する事故が多発したため封印されていた。人間同士の移植でも拒絶反応が起きることはあるが、異種移植ではその頻度の桁が違ったのだ。
 塩見はこの問題を解決するために、豚という異種の中身をヒトと同じにした。つまり、豚をヒトに変えたのだ。
「豚をヒトに変える」
 塩見が参考にしたのは20世紀のソ連で活躍した生物学者、ドミトリー・ベリャーエフである。ベリャーエフは狐を犬に進化させることに成功した男で、塩見は「ベリャーエフの方法と最新のゲノム編集技術を組み合わせれば、豚をヒトに変えることができる」と考えたのである。
 ベリャーエフの方法とはこうである。まず、野生の狐を集め、人間を恐れて近づこうとしないグループと、さほど恐れないグループに分ける。そして、後者のグループだけ交配させる。そのグループから生まれた小狐も同様に分類して、人間を恐れないものだけを交配させる。
 ベリャーエフはこの作業を繰り返し、人間を恐れない狐の一族を作ったのだが、その一族はもはや狐とはいえなかった。顔は丸みをおび、耳はたれ、「狐らしさ」が消えていたのだ。40代目になると、その姿はほとんど犬と変わらなかった。狐が犬に進化したのである。
「犬には狼から進化したものとジャッカルから進化したものがいるが、ベリャーエフの研究によって、狐も犬に進化することがわかった。
 では、ヒトはどうか。われわれは猿から進化した。が、豚にも進化のチャンスはあるはずだ。豚から進化したヒトがいてもいいではないか」
 塩見はこの独自の進化論に基づき、豚をベースにしてヒトを作った。豚をヒトに進化させたのだ。
 こうした生まれたヒトは「豚の子」と呼ばれた。

 塩見の「豚の子プロジェクト」に注目が集まると、政府はこれに飛びついた。健康政策の目玉になると踏んだのだ。膨大な予算を獲得した塩見は、豚の子の大量生産を開始した。これによって臓器の価格は劇的に下がり、誰でも臓器移植が受けられるようになった。一部の金持ちだけのものだった医療技術が全ての人に開かれたのだ。
 こうして医療のあり方は変わり、人々はそれを「医療革命」と呼んだ。そして、豚のゲノムを自在に編集し、高品質の臓器を作り出す塩見は「神に最も近づいた男」と呼ばれた。
 医療革命によって社会の様相も変わった。内臓疾患で死ぬことがなくなったため、社会の高齢化が急激に進んだ。それに伴い、人工臓器の需要は増加し、豚の子はさらに量産された。
 やがて、「薬を買うより移植手術をした方が安い」という時代になり、人々は家電製品の部品を取り替えるかのように臓器移植を繰り返すようになった。

 蝉の鳴き声が響き渡る日比谷公園から通りを一つ隔てたところに東日本弁護士会館はある。受付で名前を告げると、郷原義郎(ごうはら よしろう)は最上階の会長室に通された。郷原は55歳。弁護士歴30年のベテランだが、会長室に入るのは初めてだった
「やあ、郷原君、よくきてくれた。元気そうで何よりだ」
 藤山会長は笑みを浮かべながら郷原の手を握った。冷たいお茶がすぐに来る、この水羊羹は美味しいぞ。愛想を振りまく藤山を見て、郷原は顔を歪めた。「藤山会長が人を歓待するのは、面倒なことを頼むときだけ」と聞いていたからだ。
「郷原君、今日、来てもらったのは他でもない。塩見博士殺害事件の容疑者と会ってほしい。弁護士をつけろと政府がうるさいんだ」
 この一ヶ月、メディアはこのニュースで持ちきりだった。
 塩見博士が殺害されたのは7月7日の午後9時頃。場所は塩見博士の研究室。その時、研究室にいたのは博士と麦(ばく)という名の17歳の少年。麦は博士の研究室で助手として働いていた。
 通報を受けて警察官が駆けつけた時、麦は塩見博士の動かなくなった体に顔をうずめて泣いていた。博士の胸には手術用のメスが刺さっていた。
 警察は麦を重要参考人として連行した。メスからは麦の指紋が検出された。研究室の防犯カメラは、博士と麦が口論している様子、麦がロッカーからメスを取り出す様子、そして、メスを持った麦が博士に体当たりする様子を映していた。塩見博士を殺したのが麦であることは間違いない。
 しかし、麦は逮捕されなかった。麦が人間ではなく、豚の子だからだ。

「国民投票が終わったら、警察はすぐに動き出す。だから、その前に容疑者と会って、弁護方針を立ててほしい」
 藤山は「頼んだぞ」と目で言った。いやとは言わせない目だった。
 国民投票は一週間後に迫っていた。豚の子を人間と認め、人権を与えるか、それとも、これまでどおり、動物として扱うか。それを決める国民投票である。
「豚の子に人権を!」
 この運動を始めたのは、豚の子の父・塩見博士である。
「彼らは人間の言葉を話し、人間社会の一員として生きている。見かけも人間と変わらない。DNAも99パーセントは人間と同じだ。彼らを人間と認めてほしい。彼らに人権を与えてほしい」
 神に最も近づいた男の提言には重みがあった。が、世論は戸惑った。人々の豚の子に関する認識は「移植医療用に人工的に開発された動物」である。それを「人間と認めろ」と言われてもピンと来なかったのだ。
 そもそも人々は豚の子を見たことがなかった。政府が「非公開」にしていたからだ。病院には豚の子のカタログが置いてあったが、臓器の写真しか載っていない。「豚の子印の臓器」が並んでいるだけだった。
 政府が豚の子を非公開にしたのは、豚の子の生きた姿を見ると、移植手術を受ける患者が負い目を感じると考えたからだ。たしかに、可愛い子豚や子牛の写真を見ながらステーキに食らいつくものはいない。
 塩見は豚の子に対する人々の認識を変えようと、「養豚所で働く豚の子の一日」を撮影した動画を公開した。
 これで世論の風向きは変わった。生きて、走って、笑っている豚の子を見て、人々は驚愕した。豚の子は若く、溌剌としていた。そして、何よりも美しかった。
 豚の子の「美しさ」を設計したのも塩見だ。豚をヒトに進化させる過程でそのようにゲノムを編集したのである。

 塩見の狙い通り、社会は動いた。超党派の議員連合が結成され、豚の子を人間と認め、人間と同等の権利を与える「豚の子人権法案」が国会に提出された。しかし、この法案を巡っては与党も野党も割れた。
 賛成派は「豚の子は人間と変わらない。豚の子を臓器移植用動物と扱うことには倫理的な問題がある」と主張した。
 反対派は「そうは言っても、移植用臓器は必要だ。豚の子の臓器が使えなくなったら、また、臓器ブローカーが跋扈し、臓器目当ての殺人事件が頻発する暗黒の時代に逆戻りする」と反論した。
 国論は二分され、国会は紛糾した。収拾の目処はまったく立たなかった。それで、とうとう国民投票が行われることになったのだ。

 豚の子人権法案を巡っては、東日本弁護士会でも見解が割れた。弁護士会館では毎日のように討論集会が開かれ、論戦が繰り広げられていた。
 郷原も集会には顔を出していた。が、論戦に参加することはなかった。賛成とも反対とも決めかねていたのだ。
 藤山会長が郷原を選んだのは、それが理由だった。
「郷原君、君は立場を明らかにしていない。そこが重要なんだ。考えてもみてくれ。賛成派を選べば反対派が怒る。反対派を選べば賛成派が噛み付いてくる。下手をすると弁護士会は分裂だ。頼む、引き受けてくれ」

 東京の郊外、N市には広大な森がある。関東生命科学研究所の森である。
 郷原はH駅で電車を降りてバスに乗った。商業地区、団地を越えてしばらく行くと森が見えて来た。郷原は「研究所正門前」でバスを降りた。正門前にはバス停よりも背の高い大男が立っていた。仙石副所長である。
「郷原先生、遠くまでお越しいただき、ありがとうございます」
 仙石は90歳を超えていたが、その声は大きく力強かった。まさに「森の番人」である。
「東京にこんな大きな森があるなんて知りませんでしたよ」
「昔、ここはT大学農学部の演習林でした。人工の森としては国内最大です。針葉樹は70種以上、広葉樹は200種近く。日本中の樹木があります」
 場内地図を見ると、正門から本部棟までは2キロある。歩くと20分以上かかる。
「郷原先生、けっこう距離があります。高齢者用の電動カートもありますが、それで行きますか。私は歩いて行きますけど」
 郷原は50代。90代の仙石にこう言われて、「カートで行きます」とはいえない。
「大丈夫です。行きましょう」
 二人は森の中に入った。
 森の中には木道が敷かれていた。観光地の遊歩道よりも頑丈で幅も広い。ところどころに「A‐一‐8‐お」といった標識が立っている。
「これは地区を表しています。この森は地区ごとに特徴がありまして、右手の地区はアカマツ、コナラ、クヌギを主体にしています。イヌシデ、エゴノキ、ケヤキ、ミズキなども見られます。その奥はヌルデ、マユミ、タラノキ、ガマズミ、ツルウメモドキ、スイカズラなどの低木や蔓性植物の地区です。
 このコースでは見られませんが、外国産のスギ、竹類などの見本林、ポプラ、メタセコイア、シラカシなどの試験林もあります。試験林では遺伝子組み替えによる改良を行なっています」
 パタパタパタと騒がしい音を立てて鳥が飛び立った。かなり大きな鳥だ。
「アオサギです。そこの十字路を左に行くと池がありましてね。その辺りは野鳥の楽園です。アオサギ、カルガモ、シジュウカラ、カイツブリ、ヒヨドリなど100種類以上の野鳥が来ます」
「仙石さんは野鳥にも詳しいんですね」
「祖母に教わりました。祖母の家は山の中腹にありました。私も自然が好きだったので、子供の頃はよく畑仕事の手伝いに行きました。山菜採りにもよく行きました。
 今、私は郷原さんとおしゃべりをしながら歩いていますが、祖母もそうでした。森の中を歩くときは、いつもしゃべりながら歩いていた。でも、祖母が話しかけるのは私ではなく木や花です。おはよう、元気そうだね、昨日は雨で大変だったね、などと木に話しかけるんです。
 木はおばあちゃんの言葉がわかるの、と祖母に聞くと、もちろんさ、木もいろいろ話しかけてくる。おまえには、木の声が聞こえないのかい。
 耳を澄ましても聞こえません。私は木と会話ができる祖母が羨ましくて仕方がありませんでした。
 でも、ここに来て、私にも森の気持ちがわかるようになりました。声は聞こえませんが、表情は読めるようになった」
「森にも表情があるんですか」
「あります。塩見博士が亡くなられたときは、しんみりしていました。森中が悲しみにくれていた」
「森の表情がわかるなんて、すごいですね」
「いやいや、豚の子にはかないませんよ。彼らは森と会話します。私の祖母と同じように、森の言葉がわかるんです」

 郷原の待つ会議室に17歳の少年が入って来た。麦である。
 麦を見て、郷原は息を飲んだ。なんて健康そうなんだ。いや、健康なんてものじゃない。まるで命があふれているようだ。輝く肌、躍動感のある筋肉、涼しげな目元、微かな微笑みを浮かべる口元。何もかも完璧だ。塩見博士はすごいものを作ったものだ。
「あ、失礼。弁護士の郷原です。そこに座ってください」
「はい」
 麦は椅子に座り、姿勢を正した。
「麦です。はじめまして」
 郷原は耳を疑った。長い弁護士生活の中で何人もの犯罪者と面談してきたが、「はじめまして」と挨拶されたのは初めてだったからだ。これでは、容疑者と弁護士の面談というよりも就職試験の面接みたいだ。まあ、いいか、その調子でやってみるか。
「麦君、いくつか質問をしていいかな」
「はい」
「麦君は塩見博士の研究室で働いていたんだね」
「はい」
「いつから?」
「15歳の時からです」
「それまでは?」
「千葉の養豚所で働いていました。子供たちに勉強を教えたり、お産の手伝いをしたり」
 普通、犯罪者はうつむいてボソボソと話す。が、麦は堂々と胸をはり、はきはきと話す。しかも、爽やかな声で。
 仙石は「麦は優しい子で、千葉では子供たちの飼育係をやっていました。ねずみ算式に増えていく豚の子の名前をすべて覚えて世話をしていました。本部に来てからは塩見のもとで一所懸命、勉強をしていました。そんな麦があんなことをするなんて、どうしても思えないんです」と言っていたが、そう思うのも無理はない。麦からは犯罪の匂いが全くしない。犯罪者特有の険もない。とにかく、明るく、爽やかだ。
 しかし、証拠は揃っている。犯行の一部始終を記録した映像がある。麦が犯人であることは間違いない。
「塩見博士の助手になった理由は?」
「博士に手紙を書いたんです。千葉の養豚所の図書室には本があまりありません。もっと増やしてくださいと。そうしたら、本部の図書館には本がたくさんあるから、こっちに来なさい。君にできる仕事を探しておく、という返事が来たんです」
「それで、博士の助手になったんだね」
「そうです」
「どんな本が好きなのかな」
「歴史小説が好きです。一番好きなのは幕末です。今は留置室から出られないので、ずっと本を読んでいます」
 幕末か。幕末の志士はみな早死にだ。坂本龍馬も高杉晋作も若くして死んだ。だから、麦は幕末の話が好きなのかもしれない。
 郷原がそう思ったのは、豚の子もまた早死にするからだ。
 豚の子の成長スピードは人間と同じで、二十歳で成体となる。成体になった豚の子はドナー名簿に載る。医師はその名簿から患者に最も適したドナーを選び、臓器の提供を受ける。臓器を提供した豚の子はその時点で死ぬ。つまり、二十歳を過ぎた豚の子は、いつ死ぬかわからない状態に置かれるのだ。
 が、臓器を提供しなかった豚の子も長くは生きられない。30歳になる前に寿命が尽きる。
 頭脳明晰、容姿端麗、病気知らずの健康体。豚の子は完璧だ。が、寿命は短い。それが唯一の欠陥だ。
 といっても、人間にとってはこれも好都合だった。「どうせ、長生きできないのだから、臓器をもらってもいい」と思えるからだ。人間とは勝手なものである。
 なぜ、豚の子の寿命は短いのか。それは、ゲノムを隅から隅まで調べてもわからなかった。塩見博士もさじを投げていた。
「何十万年、何百万年とかかる進化をわずか数十年で成し遂げたんだ。その代償と思うしかない」
 塩見の言うこともわかる。そういうものかもしれない。しかし、豚の子はこの説明で納得しているのか。
 日本人の平均寿命は100歳を超えた。寿命が延びたのは内臓疾患で死ぬことがなくなったからだ。すべて豚の子のおかげである。この長寿社会は豚の子の犠牲の上に成り立っている。しかし、彼らの命は短い。こんな不条理があっていいのだろうか。

「郷原さん、一つ聞いていいですか」
「なんだい」
「僕はいつ逮捕されるんですか」
「警察は、国民投票が終わり次第、君を逮捕すると言っている」
「でも、それは、国民投票で僕が人間になった場合ですよね。法案が否決されたら、僕は人間を殺した動物として保健所に送られ、殺処分されるんですよね」
 郷原は言葉に詰まった。世論調査では反対派が優勢だ。運動の旗振り役だった塩見博士が死に、賛成派は勢いを失っている。逆に「恩人を殺した豚の子を許すな」「豚の子を信用するな」と反対派は勢いづいている。
「麦君、君の言う通りだ。法案が否決された場合、私にできることはない。だから、そうなった場合のことは、今は考えないようにしている。考えても意味がないからね」
「そうですね。では、僕も考えないようにします」
 麦を待っている未来は過酷だ。が、麦はそれを知りながら涼しい顔をしていた。優しい子だと聞いていたが、腹も座っている。
「裁判になった場合、僕は死刑になるんですか」
「いや、君は少年だ。死刑はない。初犯で、君が殺したのは一人だ。長くても懲役10年だろう」
「生きて出られるかな」
 懲役10年だと、出所する時は27歳。微妙だ。
「麦君、一つ聞いていいかな」
「はい」
「君は寿命のことで博士を恨んでなかったか」
「博士を恨んだことなんてないです」
「でも、人間は100年生きるのに、君たちは30年も生きられない。私が君たちの立場だったら、博士を恨んだと思う」
「あの、長寿ってそんなにいいものなんですか」
「……」
「博士はよく言っていました。長生きすればいいってもんじゃない。政府は死因の一位は老衰だと言っているが、あれは嘘だ。不慮の事故もほとんどが自殺だ。死因の一位は自殺。人間は自殺するために長生きしている。こんなバカなことがあるか。博士はそう言っていました。だから、僕も長生きしたいとは思っていません」
「そうか。では、もう一つ聞く。どうして博士を殺したんだ」
「すみません。それは言えません」
「麦君、犯行の動機というのは重要で、動機次第で執行猶予がつくこともある。どうして博士を殺したのか、話してくれないか」
「すみません。お話できません」
「わかった。質問を変える。事件の日、君と博士は激しい議論をしていたようだ。防犯カメラにその様子が映っている。何の議論をしていたのかな。事件の前日、7月6日に国民投票の実施が決定した。国民投票の話をしていたのかな」
「すみません。お話できません」
「なぜ、話せないんだ」
「すみません、それも話せません」
 これでは弁護方針が立てられてない。しかし、麦も苦しそうだ。この話はやめよう。
 郷原は席を立ち、窓の外に広がる森を見た。豚の子は森と会話をするというが、どんな話をするのだろう。
「あの、郷原さん、一つ聞いていいですか」
 郷原の背中に麦が話しかけた。
「なんだい」
「郷原さんは、なんで僕の弁護を引き受けたんですか」
「そうだな」
 郷原は窓の外に広がる森に語りかけるように話した。
「ややこしい事件だから躊躇はしたよ。断ることもできた。しかし、私が断っても誰かがやることになる。誰かがやらなければならないことなら俺がやろう。そう思ったのかな。思えば、これまでもそうやって損な役回りを引き受けてきた。でも、誰かがやらなければならないんだから、やるしかないよな」

 一週間が過ぎた。豚の子人権法案は否決され、麦はその日のうちに殺処分された。
 翌日、郷原の事務所に仙石が訪ねて来た。
「郷原先生、麦は先生に感謝してましたよ」
「私は何もしていませんが。というか、結局、何もできなかった」
「先生のおかげで迷いが消えたと言ってました」
「そうですか。そんな大した話はしてないんだけど」
「実は先生、事件の真相がわかったんです」
「真相?」
 仙石はポケットからマイクロチップを取り出した。
「麦がなんであんなことをやったのか、私にはどうしてもわからなかったんですが、これを聞いて、すべての謎が解けました」
「何が入っているんですか」
「集音マイクのデータです」
 塩見博士の研究室の防犯カメラは事件の一部始終を記録していた。警察はその映像を見て「証拠を抑えた」と喜んだ。それで気が抜けたのか、ベランダの集音マイクには気づかなかったのだ。
「塩見は森のあちこちに集音マイクを仕掛けていたんです。森の言葉を研究するために。豚の子が森と話をしているのを見て、よし、俺もと思ったんですよ」
「ここに森の言葉が入っているんですか?」
「いや、ここに入っているのは事件の夜の塩見と麦の会話です。ベランダのマイクが聞いていたんです」

 仙石がコンピュータにチップを入れると、風の音に混じって麦の声が聞こえて来た。
「博士、法案が可決されたら、豚の子印の臓器は使えなくなるんですよね」
「そうだ。人間の臓器を使う臓器移植は禁止されている。だから、私は豚の臓器を使った。しかし、法案が可決されたら、君たちは人間だ。臓器の提供はできない」
「でも、臓器がないと病気の人は死んじゃいますよ」
「それでいい。自殺するために生きているような連中は死ねばいい」
「そんな…」
「世論調査では賛成派が優勢だ。法案は可決される。人間は豚の子を犠牲にして生きてきたが、その時代は終わる」
「僕たちはどうなるのでしょうか」
「自由になるんだよ」
「自由ですか…」
「そうだ。人間のためではなく、自分のために命を使えるようになる」
「……」
「麦よ、どうしてそんなに悲しそうな顔をする。自由になるんだぞ。寿命を全うできるようになるんだぞ」
「でも、養豚所は閉鎖ですよね。臓器が使えなくなったら、人間はそうします」
「それは…」
「博士、自由に命が使えるのなら、豚の子のために使いたいんです。豚の子はみんなそうです。臓器を取られて死んでも次々と新しい命が生まれてくる。それで良かったんです。それが嬉しかったんです。僕たちは人間に臓器を提供することで繁栄してきたんです」
「自由に生きたいとは思わないのか。人権が欲しいとは思わないのか」
「思わないです。自由とか人権とか、博士の言うこともわかりますけど、僕たちの一番の願いは繁栄なんです。人間以外の生き物は、みんなそうです」
「そうなのか」
「博士の気持ちは嬉しいんですけど」
「なんてことだ。よかれと思ってやったことだが、君たちから見れば大きなお世話だったのか。自由とか人権にこだわっているのは人間だけなのか」
「すみません」
「麦の言う通り、法案が可決されたら養豚所は縮小されるだろう。いずれ豚の子は絶滅する。私はなんてことをしてしまったんだ」
「なんとかならないのでしょうか」
「反対派を勝たせよう。そうすれば何も変わらない。豚の子は今まで通り繁栄する」
「でも、世論調査では…」
「こうしよう。麦よ、私を殺せ。そこのロッカーにメスが入っている。それで私を刺せ。豚の子の生みの親を殺したとなれば豚の子の評判は地に落ちる。そうなれば法案は否決される」
「博士を刺すなんて、そんなことできませんよ」
「ならば、他の子に頼む」
「ダメです。そんなの、やめてください」
「ならば、おまえがやれ。誰かがやらねばならんのだ」

 仙石は郷原の目をじっと見た。
「郷原先生、私は塩見の気持ちも麦の気持ちも知らずに、国民投票では賛成票を投じてしまいました」
「私もですよ」


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