小さなカケラ vol.13 / グラウンドホッグと私 カヒミ カリィ_ミュージシャン、文筆家
例年にない猛暑が続いていますが、皆さんお元気にしていらっしゃいますか?
こちらもやはり昼間はうだるような暑さですが、夕方になると数十分だけバケツをひっくり返したかのような雨が降る日が多く、日暮になると暑さが段々と和いできます。薄暗い庭に出ると濡れた草の香りがうっすらと漂い、虫の合唱の中でホタルの光がふわふわと飛んでいるのを見かけると1日の疲れが癒されていくようです。昔、浅草で買ってきた吹きガラスの可愛い風鈴が、今夜も窓辺でチリンチリンと涼やかな音を立てています。
子供達は夏休みに入りましたね。我が娘も6月にミドルスクールを無事卒業して、3ヶ月という長い夏休みが始まりました。娘はこれまで私と一緒に過ごす事がほとんどだったのですが、今年の夏はクラスメートの家族のお誘いで海辺の貸別荘に泊まりに出かけたり、週末は映画やパジャマパーティーに呼ばれたりして家を留守にする事が増えてきました。逆に留守番もできるようになってきて、私が外出中に洗濯をしてくれたり、私が食べてみたいと言っていた焼きリンゴをサプライズで作ってくれたりなど、成長振りに驚かされる事の多い今日この頃です。
ところで少し前に、私のインスタグラムで我が家の庭に住み着いているグラウンドホッグの家族を紹介した事のですが、夏休みになって私達が家を空けていた間に3匹の子供達が目覚ましい成長をしていて驚きました。
グラウンドホッグはウッドチャックとも呼ばれていているリス科の動物で、サイズは太った成猫をもう少し大きくしたくらいでしょうか。目がクリっとしていて毛は茶色くズングリとした風貌です。普段はノンビリしていますが見慣れないものに出会うと意外に逃げ足が早く、ササっと素早く巣穴に退却してしまいます。なので私が庭仕事をしているといつも姿を隠してしまうのですが、彼らの住処は我が家の窓の向かい側にある小屋の床下にあるので、窓からこっそりと近距離で観察出来るのです。
今春のある日、ふと窓の外を覗くと、巣穴から3匹の赤ちゃんが次々と顔を出したのを見つけて以来、彼らの暮らしぶりを眺めるのが日々の楽しみになりました。ちっちゃな赤ちゃんが大きなあくびをしていたり、クモの巣が絡まった鼻を小さな手でカリカリとしていたり、ある時は育児疲れで毛がボサボサのお母さんが巣穴から顔だけを出して昼寝をしていたり、かと思うと赤ちゃん達が3匹で戯れて遊んでいたりなど、その姿はどれも余りに可愛くて目が離せません。窓際で肘を着いて眺めていると、つい時間を忘れてしまいます。野性動物の暮らしぶりをこんなにじっくりと観察できる経験はは初めてで、とても貴重な経験になっています。
しばらくすると、どうやら彼らはただ可愛いだけではない事が分かりました。草食性で食いしん坊の彼らは庭の野菜や草花を遠慮なく食べてしまうのです。そういえばNYの郊外で家庭菜園をしている友人が「可愛いけどガ-デナ-泣かせなんだよね」と言っていたのを思い出しました。でもまあちょっとくらい食べられもいいよねと思っていたのですが、ある朝コスモスの苗が見事に食べ尽くされているのを見た時から、さすがに呑気ではいられなくなりました。さっそく『グラウンドホッグが嫌いな植物リスト』を参考にして、彼らの好物の野菜や花に柵をするようにミントや紫蘇、ラベンダーやオレガノ、トウガラシなどを植えてみたところ、ある程度マシにはなりましたが、未だ油断はできずイタチごっこの日々が続いています。あの可愛いすぎる姿を見ていると全く憎めないのが救いですが、種から大切に育てた植物達が次から次へとグラウンドホッグの採れたてサラダになるとは想定外でした。
そんな風にちょっとした事件はありつつも彼らの姿を相変わらず愛でていたのですが、最近、私達が我が家をしばらく留守にして戻ってきたら、以前のように彼らが家族一同で過ごしている姿をあまり見かけなくなってしまったので、少し心配になりました。近頃は一番やんちゃな子とお母さんがそれぞれ一人で出入りする姿しか見かけません。調べてみるとグラウンドホッグは出産や子育てのシ-ズン以外は基本的に一人暮らしをするらしく、どうやら父親や他の子達はそれぞれ別の巣穴に移ったようでした。
ついこの間まで子供達はお母さんにべったりでいつも3匹で戯れていたのに、たった数ヶ月であっという間に成長して巣立ってしまうなんて。体もずいぶん成長して、柔らかそうな毛並み以外は母親とあまり変わらなくなったのにも驚きました。毎日楽しみにしていたので寂しいですが、子供達に巣立ちの時期がきたようです。
グラウンドホッグに比べたら私達人間の成長はゆっくりですが、娘を出産した時の事を振り返ってみると、やはりついこの間の出来事だったような気もします。最初は子育てに必死で寝不足なのもあり時間の感覚が変わるせいか、それがずっと続くような気分でしたが、過ぎてみるとあっという間でした。
庭仕事をするようになってから植物のサイクルを知ることが出来たりなど学びが多いなと思うのですが、今回、グラウンドホッグの生態を間近で観ていると植物にはない親近感を感じるからか、より考えさせられる事が多くて興味深いです。
若い頃は気にしていなかったけれども、私の両親や姉妹達も気付けばそれぞれの場所で、それぞれの人生を送っているのだと…そんな当たり前の事を思い、子供の頃に住んでいた家の壁紙や、父親が仕事が終わって家に帰ってきた時の声や、お風呂上がりに姉妹でお揃いの寝巻きを着ていたこと…そんなちょっとした昔の思い出がたくさん想い浮かんで無性に家族が恋しくなりました。
大切な人と過ごせる時間は本当に貴重でかけがえのないものだと改めて思います。
これからも沢山そんな時間を作れたら幸せだなと思うこの頃です。
カヒミ カリィ
ミュージシャン、文筆家、フォトグラファー 。91年デビュー以降、国内外問わず数々の作品を発表。音楽活動の他、映画作品へのコメント執筆、字幕監修、翻訳など幅広く活躍。これまでカルチャー誌や文芸誌などで写真や執筆の連載多数。2012年よりアメリカ在住。
http://www.kahimi-karie.com
Instagram : @kahimikarie_official