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英語は簡単と言うけれど

新年明けましておめでとうございます。
今年もどうぞよろしくお願いします。

僕のNoteでは、ドイツ語を中心に、英語を含むその他のいくつかの言語に関してあれこれ理屈っぽい記事を多く投稿しています。

語学は感覚と理論のバランスが大事だと思うのですが、
理屈っぽく考えたくなる癖は治らないと諦める年齢になりました(笑)。

主に、難しいと言われているドイツ語について「実は難しいばかりではありませんよ」という記事を書いたり、

逆に、簡単と言われる英語について「実はそうでもありませんよ」という記事を書いています。

さて、今回取り上げるのは「英語は簡単と言うけれど」です。

「簡単」そして「難しい」これは人それぞれの定義によって意味が多様となるのですが、おおよそ英語を基準に他言語を比べた時、英語や日本語にない面倒そうなところが「難しい」と言われる傾向にあるように思います。

ドイツ語を学んで感じたのは、難しいには大きく2つあるということです。

①「覚えることが多くて面倒」という意味の「難しさ」
②「納得いく説明がなくてモヤモヤ」という意味の「難しさ」

前者はドイツ語、後者は特に英語に言えるのではないかと思います。

ドイツ語の難しさとして挙げられるのが、名詞の格変化や性、動詞の活用。
要は「覚えることが多くて面倒」ということです。

暗記が苦手な人には酷な話ではあるのですが、逆に言えば「覚えれば済む話」とも言えます。

また、覚える規則が多いということは、それだけ文の解釈の幅が狭くなるので、初めて見た文でも誤解せずに正確に意味を理解しやすいわけです。

一方、英語の「説明ができないことのモヤモヤ」は厄介です。
皆さんも英語の授業などで「これはこういうものだから覚えて!」という言葉を聞いたことがあると思いますが、この「難しさ」は覚えれば済む話ではありません

なぜ母音から始まる単語の前は「an」なのか?
なぜ三人称単数現在だけに「-s」がつくのか?
なぜ仮定法に現在の意味で過去形を使うのか?
そもそも……なぜこんなにスペルと発音が一致しないのか?

等々……。

実は、これらの疑問は、英語の歴史やドイツ語やフランス語と言った他の欧州言語を学べばある程度は解決するのですが、
逆に言えば、現代英語だけを知っていても解決できない疑問が多いのです。

現代英語は「簡単」というより「端折った」言語なのです。

語学学習はスポーツや楽器と同様、「感覚」と「理論」の両方の側面が必要なので、皆が皆研究者のように「なぜ?」を突き詰める必要はありません。

ですが、せっかく抱いた疑問が「英語はこういうものだから」で片付けられ、消化不良になるしかないのも残念だと思います。

色々と気になってしまう人にとっては英語は難しく、
割り切れる人にはそこまで難しくない言語なのかもしれません。

そしてなにより、僕が「英語が簡単」という主張に首肯できないのは、
私たち日本語母語話者が苦手とする概念については、他の欧州言語と同様、手つかずで残ってしまっている点です。

すなわち、冠詞の概念と、数の概念、それから時制(と法)の概念です。

変化形を学ぶ困難さは、努力で何とかできる面があります。
しかし、上記の概念はその言語の「世界の捉え方」と関わっているので、
いくら説明を受けて理解しても完全に習得することは難しいのです。

これらの概念はドイツ語やフランス語にもあるので、英語がこれらの概念を残している以上、僕としては「どっちもどっち」と言わざるを得ません。

英語については、日常に溢れていて取っつきやすいだけに、
「身近=簡単」と考えてしまわれがちなのかなと思います。

そんなこんなで、英語は実は難しい。

そして英語のもう1つの難しさは「難しいことが理解されにくい」点です。

英語と「世界の見方」が似た欧州言語は他にも世界中に広まっています。
それらの言語の母語話者は、私たち日本語母語話者よりも英語のハードルを低く感じるのかもしれません。

なので、「なぜ簡単な英語を流暢に話せない?」と、悪意のない辛辣な疑問を彼らから突き付けられることがあります。

ドイツ人が英語を流暢に話せるとしても、僕からすると「まあ、そうでしょうね」という感じで、

「だからドイツの英語教育は正しく、日本の英語教育は間違っている」という意見には同意できません。

言語の難易は相対的なもの。そして、個人差のあるもの。

英語というこんなに難しい言語を学んでいる自分はよく頑張っている!
と励ましながら、
今年も語学の勉強を自分のペースで進めていきたいと思います。