権中納言敦忠とは?
権中納言敦忠とは?
生没年は、906年~943年。わずか37歳で亡くなりました。
本名は藤原敦忠といいます。
父は、藤原時平。
母は、在原棟梁の娘。
在原棟梁は、在原業平の長男です。
★系図(作成中)
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父の時平は、伊勢と交際していました。
権中納言とは、当時の日本の最高国家機関である太政官(だいじょうかん)の役職の1つです。
三十六歌仙のひとりです
38番でご紹介した右近(うこん)と、恋愛関係にあったと伝えられています。
右近が百人一首に残した作品は、、、
♪ 忘らるる
身をば思はず
誓ひてし
人の命の
惜しくもあるかな
だったわけですが、権中納言敦忠は右近への愛を神に誓ったそうです。
ところが、その誓いを破ったということで、天罰が下ったのかどうか、
37歳という若さで亡くなりました。
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