インド美術とは何か
今日はインド美術のお話です。美術というと西洋美術とか、私たち日本人ならば日本美術とかが思い浮かぶと思います。それではインド美術とはいったいどのようなものなのでしょうか。一言で言うならば、インド美術とは日本とは全く異なる自然環境や社会・文化環境で制作された美術です。それぞれについて詳しく見ていきましょう。
インド、というよりももっと広義に南アジアは熱帯に属していて、気候的には非常に温暖で湿潤になります。これは美術作品の保存に大きな影響を与えました。古代には、紙芝居のように絵画を用いながら、ヒンドゥー教の叙事詩や仏教の説話を解説する絵解きと呼ばれる行為が盛んに行われたと推測されます。「推測されます」というのは、当時の絵画作例は世界遺産にも指定されているアジャンターやエローラの石窟の壁画以外には、全くと言ってよいほど残っていないためです。これはインドの気候が厳しいために支持体が朽ちてしまったことが原因と言われます。しかも、インドに紙が入ってきたのは、13世紀にイスラームが侵入してきたときでした。そのため、インド美術の最初の黄金期であった古代は主に彫刻と建築のみに限定されることになりました。
このような厳しい自然環境は人々に徹底的な資源の配分を求めました。それはカースト制度(別名、職分権制度)と呼ばれています。職業と社会階級が密接に結びついたカースト制度では、美術を制作する人たちは大工カーストに属しています。これは必然的に家族や親族を単位とする工房の形成を促し、それは美術作品の流派を考える上で非常に重要な要素となりました。また、近世には紙に細密な技法で描かれたミニアチュールが全盛期を迎えますが、その多くがイギリスを始めとする西洋列強による収集・略奪の対象となりました。ヒンドゥー教の諸国で描かれた細密画は、イスラーム系の絵画のように冊子として綴じられることが少なかったために、一つのシリーズがインドとイギリスに別々に保管されていることもあります。また、1947年のインドとパキスタンの分離独立の際には、パンジャーブ地方の所蔵品が両国に半分ずつ分配され、南アジア域内においても作品が分散する事態となりました。
今回は制作環境の違いに着目して、インド美術の特徴を紹介しました。日本やヨーロッパのように、自国の美術のほとんど全てが自国で保管されているというのは、世界的にみると稀であることがわかります。自分の文化が生み出した優品を美術館や博物館で鑑賞することができるというのは、様々な要因に恵まれた国の特権であることを私たちは理解した方がよいでしょう。