分子生物学者が考えるがん治療の問題点とこれから(2)
がんと言うと細胞周期の制御機構が壊れてしまってすごい速さで増殖しているような印象がありますが、実際は血液細胞や消化管上皮細胞などの正常細胞の方がずっと速く増殖しています。DNA複製が行われる細胞周期のS期の細胞の割合は、がんより正常組織の方が多いので、核酸誘導体など細胞障害性のある古典的抗がん剤は正常組織の方がダメージを受けやすい。1回の投与では全てのがん細胞を叩けないので間を置いて何度も繰り返す、それでも全てのがん細胞をつぶすことは原理的に不可能に近い。
がんができるのにどれくらいの時間がかかるのか?
細胞のDNAは一定のスピードで変異することが分かっており(脱アミノ化によるCpG>TpG変異で分子時計と言う)、がん細胞のゲノムDNAを解析することによってがん細胞の変異がどれくらいの時間をかけて蓄積されたか推定することが出来ます。[The evolutionary history of 2,658 cancers]
がんはある程度進行するとDNA修復機構に破綻を来すことが多く、遺伝子変異のスピードが加速されます。それを加味したがんの潜伏期間が上の図5bで、1xとか2.5xとか色分けしてあるのは変異スピードの予測です。変異スピードが加速していない(1x)と仮定すると、ほとんどのがんは10年近く、卵巣腺癌や子宮筋腫に至っては30年以上、つまり生まれた直後にはがんの芽が出来ているということになります。一方、図5cには、がん組織の中に一部増殖の速い集団 (subclone) が発生してがんの大部分を占めるようになるまでの期間はずっと短い、数ヶ月単位であることが示されています。
がんの成長は思ったより長い時間がかかるという知識は、がんと向き合う時に大変意味のある情報です。多くのがんは進行するまで症状が出ないために発見が遅れるのですが、逆に考えれば、症状がなければ普通の生活が送れると言うことです。
ステージIVでがんとの共生を余儀なくされる場合でも、例えばがん細胞と正常細胞の性質の違いを利用してがん細胞の成長を少しでも遅らせることができれば、仕事を続け家族との時間を過ごすことができます。
そこで気になるのが、どうやってがん細胞の増殖を遅らせるかと言うことです。
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