シルヴェスター第8章:セレスティア・トリア
導入
チームTRANSCENDAが結成し、仲間たちが各々の才能を活かして戦う中、トリアにできることは何もないように思えた。
そんな時、シルヴェスターから30年前の真実を告げられ、トリアは重大な決断を迫られる。
壮大な最終決戦の中で、トリアは己の使命と向き合う。
そして仲間たちとの絆が、新たな奇跡を生み出す。
それぞれの愛と覚悟が交錯する中、物語は大いなる結末へと向かう。
1.覚醒の代償
列車奇襲作戦でのシャドウベインのDestrion計画発覚を受けて、ロイはチームTRANSCENDAを結成した。
高いポテンシャルを持つチームBE-COOLと、場数を踏んで実力と経験を兼ね備えたチームNexusの両メンバーに、実力者のシルヴェスター、元高位魔術師のマキシマス、腕利きの元暗殺者キャシディの3名を加えたこの布陣は、考え得る限り最強のものだった。
そしてチームの中で自分だけが何の戦力にもなっていないことに、トリアは危機感を抱いていた。
深夜、チームTRANSCENDAの本拠地。
ほとんどのメンバーが自室で休息を取る中、トリアは静かに窓辺に立ち、物思いにふけっていた。
彼女の長いライトブラウンの髪が、微かな月明かりに照らされて柔らかく輝いている。
トリアは夜空を見上げ、深くため息をついた。
その胸には苦しい思いが渦巻いていた。
指先で窓ガラスに触れると、その冷たさが彼女の心の中の不安を際立たせた。
「私だけが…何もできない」
その言葉は、静寂を破ることなく、部屋の空気に溶けていった。
トリアは自分の無力さを痛感していた。
目を閉じると、仲間たちの姿が次々と浮かんでくる。
ロイの圧倒的なリーダーシップとニコラスの高い戦闘力。
ユージーンの明晰な頭脳と戦略。
ハロルドの天才的な技術とクインシーの卓越したサポート力。
マキシマスの圧倒的な魔力とキャシディの洗練された暗殺術。
そしてシルヴェスターの圧倒的な存在感と経験を兼ね備えた実力。
全員が何かしらの形でチームに貢献している中、自分だけが何もできずに取り残されている事実に苛まれていた。
トリアは自分の掌を見つめ、そこに力が宿ることを願ったが、何も起こらなかった。
「このままじゃ…私がみんなの足手まといになってしまう」
その思いが、トリアの心を強く締め付けた。
翌朝、朝日が地平線を染め始める頃、トリアは意を決してシルヴェスターの部屋の前に立っていた。
深呼吸を繰り返し、震える手で扉をノックした。
「入りたまえ」
シルヴェスターの低く落ち着いた声が聞こえ、トリアはゆっくりと扉を開けた。
シルヴェスターの部屋は、古い書物や魔術の道具で埋め尽くされていた。
窓際の机に向かって座るシルヴェスターの姿は、朝日に照らされて威厳に満ちていた。
彼の隻眼と束ねた長い黒髪が、成熟した実力者としての風格を醸し出している。
「シルヴェスターさん、お願いがあります」
トリアは真剣な眼差しでシルヴェスターを見つめた。
その瞳には、決意と不安が入り混じっていた。
シルヴェスターは穏やかな表情でトリアを見返し、
「どうした?トリア」
と静かに答えた。
その声には、父親のような温かさが感じられた。
トリアは一瞬躊躇したが、すぐに気持ちを奮い立たせた。
「私…セレスティアとして完全に覚醒したいんです。みんなの力になりたいんです」
その言葉を聞いた瞬間、シルヴェスターの表情が一変した。
穏やかさが消え、代わりに激しい怒りと恐怖が浮かび上がる。
「馬鹿な!」
シルヴェスターの怒声が部屋中に響き渡った。
その声に、トリアは思わず身を縮めた。
「お前に何ができる!?戦うなど言語道断だ!お前は安全な場所で守られていればいい!」
シルヴェスターの怒りは、まるで嵐のように部屋中に荒れ狂った。
トリアはシルヴェスターのこれまで見たことのない剣幕に驚き、言葉を失った。
数分間、重苦しい沈黙が続いた。
やがてシルヴェスターは深いため息をつき、ゆっくりと落ち着きを取り戻した。
彼の肩の力が抜け、表情が柔らかくなる。
「すまない。あまりにも取り乱してしまった」
シルヴェスターの声は、先ほどの怒りが嘘のように静かで深みのあるものに戻っていた。
シルヴェスターはゆっくりと立ち上がり、窓際に歩み寄った。
朝日が彼の横顔を照らし、その表情に刻まれた深い思いを浮かび上がらせた。
「30年前の大災害の日、私の目の前でクララがABYSSを封印して命を落とした」
シルヴェスターは遠い過去を見つめるような目で語り始めた。
「あの悲劇を…お前に繰り返させたくない」
その言葉に、トリアは胸が締め付けられる思いがした。
シルヴェスターの背中に、30年の重みが乗っているように見えた。
「でも、シルヴェスターさん」
トリアは小さな声で言った。
「私だって…シルヴェスターさんを失いたくない。チームの誰一人失いたくないんです」
シルヴェスターはゆっくりトリアの方を向き、静かに彼女の肩に手を置いた。
その手には、長年修羅場を潜り抜けることで得た力強さと、トリアへの優しさが同時に感じられた。
「トリア、聞くんだ」
シルヴェスターの声は低く、しかし力強かった。
「あの時、死にゆくクララは私に『命を繋いで、未来を見届けて』と言った。その言葉が、私の魂に生きる意味と戦う覚悟を刻み付けたんだ」
シルヴェスターの瞳には、固い決意が宿っていた。
それは30年の時を経て磨き上げられた、揺るぎない意志だった。
「ABYSSが復活するかもしれない今、クララが繋いでくれた私の命を、今度はトリア、お前に引き継ぎ、未来を見届けてもらいたい」
トリアはその強い意志の前に、何も言えなくなった。
シルヴェスターの決意と、自分の無力さ。
その狭間で、彼女の心は揺れ動いていた。
夕暮れ時、トリアは裏庭にある小さな池のほとりに座っていた。
水面に映る夕陽が、彼女の複雑な思いを反映するかのように揺らめいていた。
突如として、空気が凍りつくような冷たさが彼女を包み込んだ。
振り返ると、そこにはエステルの姿があった。
エステルの圧倒的な存在感に、トリアは思わず息を飲んだ。
「エステル…」
トリアは驚きながらも、すがるような思いで頭を下げた。
「お願いします。セレスティアとして完全に覚醒する方法を教えてください」
エステルは無表情でトリアを見つめた。
その瞳には感情の欠片も見られず、まるで深い闇を覗き込むかのようだった。
「セレスティアとして覚醒するには、お前の内なるクララの魂を呼び覚ます必要がある」
トリアの目に希望の光が宿った。
しかし、次の言葉でその光は消え失せた。
「クララの魂が目覚めれば、お前の人格と記憶、そして自我は全て消滅する。それはお前という一人の人間の死を意味する」
感情を排したエステルの声は、どこまでも冷たかった。
その言葉は、トリアの心に冷たい刃となって突き刺さった。
彼女の体が小刻みに震え始める。
「それでも、セレスティアとして覚醒する覚悟があるか?」
エステルの問いかけは、トリアにとってはまさに運命の天秤だった。
トリアは言葉を失った。
自分の存在が消えてしまう、自分が死んでしまう、その代償の大きさに、彼女は答えを出すことができない。
頭の中で、様々な思いが渦を巻く。
仲間たちの顔、シルヴェスターの言葉、そして自分自身の願い。
エステルは何も言わずに去った。
夕暮れの空が徐々に暗さを増していく中、トリアの葛藤は深まるばかりだった。
池の水面に映る最後の夕陽が、彼女の決断を静かに待っているかのようだった。
2.ABYSS復活
夜明け前の薄暗い空の下、チームTRANSCENDAは緊張感漂う空気の中で最終作戦を間近に控えていた。
シャドウベインの本拠地、巨大な要塞のような建物が遠くに見える。
シルヴェスターは厳かな表情で全員の前に立ち、低く力強い声で語り始めた。
「諸君、我々の戦いはここから始まる。シャドウベインを叩き、ABYSSの復活を阻止する。各自、自分の役割を忘れるな」
ロイが頷いた。
「了解。みんな、最後の確認だ」
と言って作戦を復唱した。
前線ではシルヴェスターの指揮下、ロイ、ニコラス、キャシディ、クインシーがシャドウベインと直接刃を交える。
後方ではユージーンが全体の動きを把握し、マキシマスの広域支援魔法とハロルドの特殊支援武器で前線を援護する。
トリアは救護班として最後方に配置された。
自分に出来ることを全力でやり遂げる、彼女も自分の役割を再確認した。
作戦開始の合図と共に、チームは一斉に動き出した。
前線でシルヴェスターの炎が夜空を赤く染める。
「行くぞ!」
その声と共に、ロイとニコラスが疾風のごとく敵陣に突っ込んでいく。
ロイの愛車STORMBRINGERが轟音を立てて疾走し、シャドウベインの構成員を次々と薙ぎ倒していく。
「ニコラス、左だ!」
ロイの指示に応じ、ニコラスの拳が敵をまとめて吹き飛ばす。
キャシディとクインシーは影のように素早く動き、鋭いナイフさばきで敵を次々と仕留めていく。
「クインシー、後ろ!」
キャシディの声に、クインシーが華麗に回転して敵の攻撃をかわす。
後方では、ユージーンが冷静に状況を分析し、指示を飛ばす。
「マキシマス、前線の支援を!」
マキシマスの詠唱が響き、前線の仲間たちの体が淡い光に包まれる。
「ハロルド、4時の方向に集中砲火を!」
ハロルドは頷き、複数の支援兵器を同時に操作して敵の動きを阻む。
戦いは激しさを増し、シャドウベインの本拠地は炎と煙に包まれていく。
チームTRANSCENDAの連携は完璧で、敵を着実に追い詰めていった。
そして、ついに首領ジャンカルロとの対決の時が来た。
シルヴェスターが最前線に立ち、ジャンカルロと向かい合う。
「お前の野望はここで終わりだ、ジャンカルロ」
ジャンカルロは不敵な笑みを浮かべた。
「終わりだと?むしろ、今が始まりの時だ」
シルヴェスターが攻撃を仕掛けた瞬間、予想外の出来事が起こった。
ジャンカルロの拳が閃光のようにシルヴェスターの胸に突き刺さり、その心臓を抉り出した。
「シルヴェスターさん!」
トリアの悲鳴が夜空に響く。
シルヴェスターが地面に崩れ落ち、仲間たちが駆け寄る。
「くっ…」
シルヴェスターの声は弱々しく、血が口から溢れ出る。
トリアはたまらず前線に走り、シルヴェスターを抱きかかえた。
「シルヴェスターさん!しっかりして!」
ジャンカルロが高らかに宣言する。
「我はABYSSの魂を手に入れた!我が悲願はついに成就する!」
そして彼はシルヴェスターの心臓を握りしめた腕を天に掲げる。
「時は来た!」
突如、暗黒のオーラが爆発的に広がり、引き裂くように天を貫いた。
地面が激しく揺れ、轟音が耳を劈く。
そして巨大な異形の怪物、ABYSSが姿を現した。
その姿は言葉では表現できないほどの恐怖と絶望を放っている。
巨大な体躯は闇そのもののように漆黒で、無数の触手が蠢いている。
その中心には、生気を失った若い男の姿が見て取れた。
それはシルヴェスターの心臓に宿っていたアレフの魂だった。
ABYSSの出現と共に、周囲の空気が凍りつくように冷たくなる。
地面は砕け、建物は崩れ落ちて瓦礫となり、世界そのものが終わりを迎えようとしているかのようだった。
トリアは恐怖で足が震えるのを感じながらも走り出した。
ABYSSに正面から向き合い、その胸部に浮かび上がる美しい青年の姿に目を奪われる。
赤く光るその目に、トリアはなぜか不思議な懐かしさと愛しさを感じた。
その瞬間、トリアの内側から、クララの声が響いた。
「彼を、アレフを助けたいのです!お願いです、力を貸してください!」
突如、空中にエステルが姿を現した。
ノクテリアとしてのエステルの姿は、この世のものとは思えないほどの威厳に満ちていた。
エステルの声が、空を揺るがすように響く。
「今がその時だ!覚醒せよ!セレスティア!」
3.クララとアレフの再会
夜空を引き裂くABYSSの咆哮が、大地を震わせていた。
トリアは再び巨大な怪物を見上げ、その姿に戦慄した。
漆黒の鱗に覆われた巨体は、夜空を覆い尽くすほどの大きさで、無数の触手が不気味に蠢いていた。
しかしトリアの目は、怪物の胸部に浮かび上がる美しい青年の姿に釘付けになっていた。
青年の顔立ちは端正で、そこには若き日のシルヴェスターの面影がはっきりと見て取れた。
そして、その美しい顔は今、苦痛に歪んでいた。
眉間に深く皺が寄り、唇は痛々しいほど強く結ばれている。
その瞳は赤く輝き、絶望の色に染まっていた。
トリアの心に、シルヴェスターから聞いた話が鮮明に蘇る。
30年前の大災害の日、白い光に包まれたクララがシルヴェスターの命を救い、「命を繋いで、未来を見届けて」と言い遺して命をシルヴェスターに繋ぎ、その身を犠牲にABYSSを封印したこと。
そしてシルヴェスターが、自分の命をトリアに繋ぎたいと語ったこと。
それらの記憶が、まるで映画のシーンのように彼女の脳裏を駆け巡った。
激しい嵐が吹き荒れる。
トリアの長い髪が舞い上がる。
彼女の瞳に、決意の色が宿った。
その輝きは、今にも消えそうな希望の灯火のようでありながら、同時に燃え盛る炎のように強い意志をも感じさせた。
「シルヴェスターさん、ごめんなさい」
トリアの声は、風にかき消されそうなほど小さかったが、確かな意志が込められていた。
「あなたと世界を救うためにセレスティアとして覚醒する私を、どうか許して…」
トリアは静かに目を閉じ、両手を胸の前で組んだ。
その姿は、まるで祈りを捧げる聖女のようだった。
彼女の唇が小さく動き、内なるクララに向かって呼びかける。
「クララさん、あなたに魂をお返しします」
トリアの声は震えていたが、決意は揺るがなかった。
「だからシルヴェスターさんを救ってください。私の大切な人なんです!」
その瞬間、トリアの体から微かな光が漏れ始めた。
それは最初、蛍のような小さな光だったが、瞬く間に強さを増していった。やがてその光は、トリアの体を完全に包み込み、眩いばかりの輝きとなった。
光は周囲へと広がり、巨大な渦となって辺りを飲み込んでいく。
その眩さに、戦いを繰り広げていた者たちは目を覆い、動きを止めた。
ABYSSさえもが、その圧倒的な光の前に身動きが取れなくなっていた。
光が最高潮に達したとき、トリアの姿が消えた。
代わりに、神々しい輝きを放つセレスティア、クララが顕現した。
彼女の銀色の長い髪は激しい風になびき、純白の衣は光を反射して七色に輝いていた。
その姿は、この世のものとは思えないほどの美しさだった。
クララは静かに目を開けた。
その瞳には、世界の全てを慈しむような深い愛情が宿っていた。
彼女はエレナに向かって、優しく語りかけた。
「エレナ、私にはABYSSを殺すことはできません」
クララの声は、清らかな泉のせせらぎのように澄んでいた。
「私はアレフの魂を救い出し、永遠に彼と共にあることを願います」
エレナの表情に、驚きの色が浮かぶ。
彼女の目が大きく見開かれ、普段の無感情な仮面が一瞬崩れた。
そして、シルヴェスターに感じた面影が、あの側仕えの少年であることを思い出した。
「ではクララ、お前はセレスティアの勤めを放棄するのか?」
エレナの声には、わずかな動揺が感じられた。
それは、長年共に過ごした相棒を失う不安のようでもあり、未知の事態に対する戸惑いのようでもあった。
クララは静かに微笑んだ。
その笑顔には、深い慈愛と覚悟が滲んでいた。
全ての苦しみを受け入れ、その全てを許す表情だった。
「アレフを愛したあの時から、私は既にセレスティアである資格を失いました」
クララは静かに、しかし決意を込めて言った。
「もう戻ることはできません」
「どういうことだ?」
エレナは混乱した。
クララは、遠い過去を懐かしむような表情で語り始めた。
周囲の空気が、彼女の言葉に耳を傾けるかのように静まり返る。
「30年前のあの日、私がABYSSからアレフの魂を救い出して若き魔術師の身体に移した時に、私は彼の記憶と想いの全てと、そして私自身の内なる彼への想いを知りました」
クララの瞳に、懐かしさと喜びの色が浮かぶ。
「私も夢の中で彼の全てを求め、彼に全てを求められて、喜びのうちに彼と結ばれました。私と彼は全く同じ夢を見たのです」
クララの瞳に、深い愛情の光が宿る。
それは星々の輝きのように美しく、同時に太陽の光のように力強かった。
彼女は静かに、しかし力強く宣言した。
「私は愛とは何かを知りました。愛こそは、彼と私にとっての真実なのです」
クララは光に縛られて動けないABYSSに向き直った。
彼女は優しく、絶望に縛られた青年の頬を包み込んだ。
その手の温もりが、青年の魂に届くかのようだった。
クララの指先から、かすかな光が青年の頬へと流れ込んでいく。
「アレフ、私の愛しい人、どうか目覚めてください」
クララの声は、アレフへの愛に満ちていた。
「そしてもう一度、私に愛を伝えてください」
クララの言葉が、まるで魔法のようにABYSSに作用した。
そして青年の顔に、少しずつ生気が戻り始める。
硬直していた表情が和らぎ、穏やかさが戻ってくる。
その目から赤い光が消え失せ、代わりに希望の光が宿り始めた。
そして奇跡が起こった。
アレフの魂が、囚われていた青年の身体から解放された。
アレフの魂は、透明な光の姿となってクララの前に進み出た。
その姿はかつての少年の面影を残しつつ、成熟した魔術師としての威厳を漂わせていた。
アレフはクララの前に跪いた。
その仕草には、深い愛情と敬意が込められていた。
彼は、自分の全てを捧げるかのような表情で語り始めた。
「クララ、僕たちが共に愛し愛されたあの夢が、真実を教えてくれた」
アレフの声は、感動で震えていた。
「愛とは誇りなのだと知った。罪のない世界で再びあなたと出会えた今、永遠に終わらないこの愛をあなたに誓うことを、どうか許してほしい」
クララは静かに頷いた。
彼女の瞳には、喜びの涙が光っていた。
その涙は、虹色に輝きながら頬を伝い落ちる。
アレフがクララの手を取り、全ての想いを込めて敬虔に口付けた瞬間、二人の魂から眩い浄化の光が溢れ出した。
その光は、まるで生命そのものであるかのように脈動し、周囲を包み込んでいく。
光は次第に強さを増し、戦場を覆い尽くした。
その中で、光に囚われていたABYSSの姿が、まるで霧が晴れるように消えていった。
絶望と憎しみの化身だったABYSSは、クララとアレフの純粋な愛の前に、完全に消滅した。
世界が光に包まれる中、クララは最後の言葉を告げた。
その声は、優しく、そして希望に満ちていた。
まるで、未来への祝福のようだった。
「ありがとう、トリア。あなたの未来が、光に満ちたものでありますように」
その言葉と共に、クララとアレフの魂は光となって溶け合い、この世界を去っていった。
二人の魂は、永遠の愛の中で一つとなり、新たな世界へと旅立っていった。
光が収まると、そこには意識を失ったトリアが横たわっていた。
彼女の表情は穏やかで、まるで美しい夢を見ているかのようだった。
その唇には、かすかな微笑みが浮かんでいた。
4.トリア復活
しかし、ジャンカルロはまだ諦めていなかった。
戦場に漂う緊張感を引き裂くように、ジャンカルロの不気味な狂気の笑い声が響き渡った。
「ABYSSなどいくらでも復活させてくれよう。この男にはもう少し働いてもらう」
ジャンカルロの血に染まった手には、まだシルヴェスターの心臓が握られていた。
その赤黒い塊が、まるで生きているかのように不気味に脈動している。
ジャンカルロは再び心臓を空に掲げ、狂気に満ちた目で天を仰いだ。
その瞳には、世界を滅ぼすことへの歪んだ期待が宿っていた。
「復活せよ!」
その言葉と共に、天地を揺るがす轟音が響き渡る。
空が真っ二つに裂け、そこから漆黒の影が溢れ出した。
まるで宇宙の闇そのものが地上に降り立つかのような光景だった。
浄化されたはずのABYSSが、再び姿を現したのだ。
その姿は以前にも増して巨大で、その存在感は圧倒的だった。
その巨体からは絶望と憎しみのオーラが立ち込めている。
ABYSSの目は赤く輝き、その瞳には世界を滅ぼす絶望が宿っていた。
チームTRANSCENDAのメンバーは、絶望的な表情で互いの顔を見合わせた。
クララが去った今、ABYSSに対抗できる存在はもういないように思えた。
空気が重く沈み、希望が失われていくかのようだった。
しかしその時、ノクテリア・エステルの力強い声が響いた。
その声は、まるで運命そのものが語りかけてくるかのような威厳に満ちていた。
「目覚めよトリア!今はお前がセレスティアなのだ!」
その声が響くや否や、ABYSSが強烈な一撃を放った。
かつて王都を灰燼に帰したその攻撃は、まさに破滅の光芒だった。
眩い光が周囲を包み込み、その威力は地面を揺るがし、空気を震わせた。
エステルは両手を広げ、巨大な結界を展開する。
その結界は虹色に輝き、まるで世界そのものを守るかのような強さを放っていた。
攻撃は結界に激突し、一瞬の閃光と共に跳ね返された。
軌道を外れた攻撃は海面を直撃し、轟音と共に海水が一瞬にして蒸発した。
巨大な水柱が立ち上がり、立ち昇る水蒸気が戦場を霧で包み込む。
その光景は、まるで世界の終末を思わせるほどの壮絶さだった。
エステルの声は、眠るトリアの心にも届いていた。
その声は、トリアの全ての記憶を呼び覚ます。
まるで長い眠りから目覚めるかのように、トリアの意識が徐々に鮮明になっていく。
トリアの意識の中で、無数の記憶が走馬灯のように駆け巡る。
それは、彼女が幾度も繰り返してきた人生の断片だった。
「…私はいったい何度この生を、この世界を繰り返しただろう?」
脳裏に、大切な人々との記憶が鮮明に蘇る。
それぞれの記憶は、まるで宝石のように輝き、トリアの心を温かく包み込む。
ハロルドに告白された公園。
午後の柔らかな日差しの中での突然の告白。
ハロルドの真剣な眼差しと、自分の高鳴る鼓動。
「俺、お前のことが好きだ」
という彼の言葉が、今も鮮明に耳に残っている。
クインシーと心を通わせた砂浜。
月明かりの下、打ち寄せる波の音の中で彼に抱かれ、心と心を通わせ、言葉ではない方法で愛を確かめ合った夜。
そのまま眠りにつき、浜辺で二人並んで見た朝日の眩しさを覚えている。
ロイと飛ばしたベイサイドハイウェイ。
王家の地を引くアレッサンドラとシャドウベインの首領ジャンカルロの間に生まれた息子というとてつもない重責を抱えてなお彼は、道の先で大事故にあった人々を迷いなく救った。
彼の隣に立ちたいと強く願った日を覚えている。
ニコラスに助けられた大聖堂。
多数の幹部魔術師たちを相手に、その強力な魔法をものともせずに撃退し、ステンドグラスを通して差し込む光の中、無言のうちに彼の強く優しい腕に抱かれた瞬間、心からの安堵が押し寄せたことを覚えている。
ユージーンと抱き合った寝室。
柔らかなシーツの感触と、彼の優しい腕の温もり。
いつか終わるかりそめの恋と知りながら、それでもいいと愛し合った。
「トリア、君を失うことだけが怖かった」
というユージーンの甘く切ない囁きを覚えている。
そして、愛する人と共に命を賭けて走り抜けた戦場。
激しい戦いの中で感じた、かけがえのない絆。
互いを信じ、支え合った瞬間の強さと温もりが、体に染み付いている。
この記憶は全て真実。
心の中で、確信が芽生える。
これはただの記憶ではない。
もっとそれ以上の、魂の奥底に刻まれた愛。
だからもう忘れない、だって私の名前は。
「トリア!」
彼らの声が、トリアを現実世界へと引き戻す。
彼らの声には、愛と信頼、そして希望が込められていた。
そう、私は彼らに呼ばれた。
世界を救いに来たのだ。
彼らと共に日々を過ごした、愛すべきこの世界を。
トリアの瞼が、ゆっくりと開く。
その瞳には、強い意志の光が宿っていた。
それは、セレスティアとしての力と、一人の人間としての強さが融合した、新たな光だった。
トリアは立ち上がり、仲間たちに向かって呼びかけた。
それは、もはや庇護されるべき少女の声ではなく、世界を救うセレスティアの声だった。
「みんな、力を貸して!シルヴェスターさんを、彼を救いたいんです!彼を苦しみから救い出してあげたい!だからもう一度、私と一緒に戦って!」
「もちろんだ、トリア!」
彼らが一斉に応える。
トリアへの信頼と勝利の確信に満ち、彼らの目には決意の光が宿っていた。
五人がトリアを中心に星形の陣を形作る。
その中心で、トリアは全身全霊の祈りを捧げ始めた。
彼女の体から、淡い光が放たれ始める。
五人の特殊能力が同時に発動する。
ロイの青い光が疾走し、ニコラスの赤い光が炎のように燃え上がる。
ハロルドの黄色い光が大地を揺るがし、ユージーンの紫の光が空間を歪める。
クインシーの緑の光が鋭い刃となって舞う。
五色の光が陣を染め上げ、それ自体が命をもっているかのように脈動し始める。
光はトリアの元に集まり、巨大な奔流となってその頭上に渦巻く。
その光はまるで天の川のように美しく、同時に太陽のように眩しかった。
トリアは両腕をまっすぐ天に伸ばし、その光に向かって叫んだ。
「Hi-NRG Attack!」
トリアと五人の叫びが重なり、轟音となって響き渡る。
その声は、世界を揺るがすほどの力強さを持っていた。
トリアと彼らの魂のエネルギーが一つとなり、眩い光の矢となってABYSSに向かって放たれた。
ABYSSの巨体が、光に貫かれる。
絶望と憎しみの化身だったABYSSは、愛と希望のエネルギーの前に、ゆっくりと砕け散っていく。
その姿は、まるで悪夢が朝日に溶けていくかのようだった。
光が収まると同時に、トリアは瞬間移動でABYSSの崩れ落ちる巨体に飛び込んだ。
彼女の動きは、まるで光そのもののように素早く優雅だった。
そしてシルヴェスターの心臓を取り戻す。
その心臓は、まだかすかに鼓動を打っていた。
「させるものか!」
ジャンカルロが叫び、トリアに向かって攻撃を繰り出す。
その攻撃には、最後の望みをかけた必死さがあった。
しかしその攻撃は、全てエステルによって防がれた。
エステルは冷徹な表情で、ジャンカルロの攻撃を数倍の威力で跳ね返す。
ジャンカルロは自身の攻撃に打ち砕かれ、地に伏した。
トリアは心臓を抱え、シルヴェスターの元へと駆け寄る。
震える手で、心臓をシルヴェスターの胸に押し込む。
そして、全身から溢れ出る白い光で、癒しの力を注ぎ込む。
その光は生命の源そのもののように温かく、力強い。
仲間たちはトリアの側で、それぞれの能力のエネルギーを、すべてトリアに注ぎ込んだ。
光の渦がシルヴェスターを包み込み、彼の体が宙に浮かび上がる。
その光景は、まるで神話に描かれる復活の儀式を思わせた。
長い静寂の後、シルヴェスターがゆっくりと目を開いた。
彼は息を吹き返し、アレフではなくシルヴェスターとして再び生を受けた。
瞳には新たな生命の輝きが宿っていた。
トリアは安堵のあまり、涙を流しながらシルヴェスターの胸に飛び込んだ。
「シルヴェスターさん!良かった…本当に良かった…」
喜びに包まれ、全ての緊張から彼女は解放された。
シルヴェスターが痛みに呻き声をあげると、トリアは慌てて離れた。
「ご、ごめんなさい!」
マキシマスとキャシディが優しくシルヴェスターを支え、彼を起こす。
シルヴェスターはゆっくりとトリアを見つめた。
もはやトリアを庇護者としてではなく、一人の立派なセレスティアとして認める眼差しがあった。
シルヴェスターは静かに微笑んだ。
そして30年前にクララに救ってもらった命を、今またトリアに救ってもらったことに、深い感謝の念を抱いた。
「ありがとう、トリア」
シルヴェスターの声は弱々しかったが、確かな温もりを感じさせた。
「お前は…本当に立派になった」
その言葉には、父親のような誇りと、魔術師としての敬意が込められていた。
朝日が地平線から昇り、新たな世界の幕開けを告げていた。
その光は、戦いの傷跡を照らし出すと同時に、希望に満ちた未来を示唆しているようだった。
破壊された景色の中にも、新たな生命の芽吹きが感じられる。
トリアは仲間たちと共に、朝日の光を見つめた。
セレスティアとしての使命と、一人の人間としての思いが、彼女の中で完璧に調和していた。
トリアは静かに深呼吸をし、周りを見渡した。
仲間たちの疲れ切った、しかし誇らしげな表情。
シルヴェスターの安堵の笑顔。
そして横たわる敗れたジャンカルロの姿。
全てがこの壮絶な戦いの証だった。
「みんな…」
トリアの声が、静かに響く。
「本当にありがとう。皆さんのおかげで、私たちは勝つことができました」
ロイが一歩前に出て、トリアの肩に手を置いた。
「いや、トリア。お前が我々を導いてくれたんだ」
ニコラスが頷き、珍しく柔らかな表情を浮かべる。
「そうだな、お前の勇気が俺たちを強くしてくれた」
ハロルドは照れくさそうに頭を掻きながら言った。
「君は本当にすごいよ。俺たちみんなの希望だ」
ユージーンは優雅に一礼して、
「君の成長は驚くべきものだった。誇りに思うよ」
と告げた。
クインシーは真剣な表情で
「トリア…ありがとう。俺たちを信じてくれて」
と言葉を絞り出した。
トリアは、仲間たちの言葉に深く感動した。
喜びと感謝をもって、トリアは答えた。
「みんな…私こそ感謝しています。みんなが私を信じてくれたから、私は強くなれました」
トリアは、ゆっくりと手を広げた。
「これからも、一緒に歩んでいきましょう。この世界を、私たちの大切な人を、そして未来を守るために」