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ハロルド第7章:告白の時(クリスマス ver.)
導入
澄んだ冬空の午後、クリスマスを目前に控えた街で、ハロルドとトリアは広場のベンチで過ごしていた。幼い頃から妹のように大切にしてきたトリアへの想いが、今では特別な感情へと変化していることを、ハロルドは強く自覚していた。友人クインシーの「それはもう恋だろ?」という言葉が、彼の心に響く。
街角に飾られたイルミネーションや降り始めた雪が光を反射し、辺りを幻想的に包む中、ハロルドは決意を固める。トリアとのこれまでの思い出、彼女が自分の話を真剣に聞いてくれたこと、いつも支えてくれたことを振り返りながら、ハロルドは自分の気持ちを打ち明ける準備をしていた。
1. 告白の時
凍てつく冬の午後、公園のベンチで、ハロルドは静かにトリアの横顔を眺めていた。
幼い頃から見慣れていたはずの横顔なのに、今はもう目が離せなくなっていた。
雪がしんしんと降り積もり、枝についた氷の結晶が白い光を反射して輝いている。
澄んだ空気の中、遠くから聞こえる鐘の音と、子どもたちの楽しそうな笑い声が、クリスマスの訪れを告げていた。
「ねえ、ハロルド」
トリアがふっと笑って振り返る。
「孤児院で初めて、一緒に星を見たの覚えてる? あの時、あなたが私に星座を教えてくれたんだよ」
その言葉に、ハロルドは少し驚いたように微笑んだ。
孤児院で過ごした寒い冬の夜、息が白くなる中で、二人で夜空を見上げた日のことを思い出す。
何もわからのに星座の名前を教えようとした自分の姿と、それを楽しそうに聞いてくれたトリアの笑顔が胸に浮かぶ。
「俺、あの時星座なんてほとんど知らなかったんだ。ただ、トリアが寒そうにしてたから、何か話さなきゃって思ってさ」
ハロルドが少し照れながら言うと、トリアは柔らかく笑った。
「あの夜のこと、ずっと覚えてるよ。たしかオリオン座だったよね、冬の星座」
その言葉が、胸にじんと響いた。
雪が降る静かな公園で、遠くのイルミネーションが揺らめき、心の奥に秘めた何かが形を成していく。
クインシーの言葉がふいに頭をよぎる。
『お前、いつまでトリアのことを妹だと思ってるんだ? それはもう、恋だろ?』
ずっと知らない振りをしてきた感情が、今では確かな形となって胸の中で脈打っている。
「ハロルド?」
トリアが心配そうに首を傾げる。
「どうしたの? なんだか物思いに耽ってるみたい…」
彼女の声に、ハロルドは我に返った。
トリアの澄んだ瞳を見つめる。
この瞳に嘘はつけない――ハロルドは決心した。
「トリア」
深く息を吸い、彼はゆっくりと言葉を紡ぎ始める。
「覚えてるか? 星を見たあの日、俺が何を話してたか」
「もちろん。あなたが『これがオリオン座だ』って、自信満々に指さしてたけど、全然違ってたの」
トリアが思い出し笑いをする。その笑顔に、ハロルドの胸がぎゅっと締め付けられるような感覚がした。
「俺、あの時はただ…お前が喜んでくれればいいって思ってた。それだけだったんだ」
ハロルドの声が少し震える。
「でも、いつからかそれだけじゃなくなった。お前の笑顔を見たいとか、お前を守りたいとか、そんなことばかり考えるようになった」
トリアは静かに頷く。その仕草には、幼い頃から変わらない優しさが滲んでいる。
「ずっと、お前のことを家族として守りたいって思ってた。でも…それは違ったんだ」
ハロルドは真っ直ぐにトリアを見つめる。
「俺はお前と一緒になりたいんだ。お前の隣で、一緒に未来を作りたい」
降り積もる雪が二人の間を静かに包む。
遠くから聞こえる聖歌隊の歌声が、二人の周りに柔らかな時間を作り出していた。
トリアの頬が、深い紅に染まっていく。
「トリア、俺…お前のことが好きだ。妹なんかじゃない。俺の大切な、かけがえのない人だ」
その言葉に、トリアの瞳が大きく見開かれる。
そして、彼女の瞳に、ゆっくりと涙が溜まっていった。
「私ね…」
トリアの声は震えていた。
「ずっと前から、ハロルドのことを見てた。あなたが笑うたびに、嬉しくなって。何かに夢中になるたびに、私も隣にいたくて。でも、あなたはどこか遠い人に思えて…」
彼女の声が細くなる。
「背中を追いかけるように、いつも見ていたけど、追いつけないんじゃないかって思ってた。それでも、そばにいるだけで幸せだと思ってたんだよ」
ハロルドはそっとトリアの手を取った。
「俺は、ここにいるよ」
温かい、小さな頃から知っている手のぬくもりが、今は特別な温度を持って伝わってくる。
「私も…」
トリアの瞳から一筋の涙が零れた。
「私もハロルドのことが、ずっと好きだった。ずっとずっと…」
その言葉に、ハロルドは彼女をゆっくりと抱き寄せた。降り積もる雪の冷たさも、彼女のぬくもりに溶けていく。
「これからは二人で歩いていこう」
ハロルドは囁くように言った。
トリアは頷き、ハロルドの胸に顔を埋めた。
イルミネーションの光が二人を静かに照らし、舞い降りる雪がまるで祝福するかのように二人を包んでいた。
ハロルドは、そっとトリアの顎を上げ、ゆっくりと顔を近づけた。唇が触れ合う瞬間、二人の心は一つになった。
初めての口づけは、まるでクリスマスの奇跡のように、二人の世界を温かな光で満たしていった。
2. 二人の時間
夕暮れの訪れとともに、公園に飾られたクリスマスのイルミネーションが一斉に灯り始めた。
赤や緑の光が雪に反射して、幻想的な雰囲気を作り出している。
ハロルドとトリアは肩を寄せ合うように歩いていた。
冬の冷たい空気の中、寄り添う二人の距離は以前よりも少しだけ近い。
それでも、時折触れ合う指先に、お互いの胸が大きく跳ねるのを感じていた。
「なんだか夢みたいだね」
トリアが小さく呟いた。その声には、まだ信じられないような戸惑いと幸せが混ざっている。
「ハロルドと私が、こうして…」
ハロルドも同じ気持ちだった。
「妹」から「恋人」へ――その変化は突然のようで、でも自然なものだった。
まるで長い間探していた答えにようやく辿り着いたような、そんな感覚が胸に広がっていた。
「俺も…まだ夢を見てるみたいだ」
ハロルドは少し照れたように微笑む。
「でもな、これが現実なんだって、こうして隣にいると実感できる」
二人の間に漂うのは、これまでにない温かさと心地よい緊張。
雪が静かに舞い降り、イルミネーションの光が二人を柔らかく照らしていた。
「そういえばさ」
ハロルドは少し照れながら切り出した。
「俺が初めてお前の誕生日にやったもの、覚えてるか?」
「覚えてるよ!」
トリアの目が輝く。
「ハロルドが作ってくれたオルゴールでしょ?今でも大切にしてるんだよ。毎晩寝る前に聴いてるの」
その言葉に、ハロルドの胸がじんわりと温かくなった。
「実はあの時から…」
彼は空を見上げ、雪が落ちるのを見つめながら続けた。
「お前が笑ってくれるのが嬉しくて、いろんなものを作ってたんだ。気づかなかったけど、きっとその時から俺は…」
ふと話が途切れた瞬間、トリアがそっとハロルドの腕に頭を寄せた。言葉には出さなくても、その仕草に全てが込められていた。
「ハロルドの作るものには、いつも優しさが込められてるよね」
トリアが静かに言う。
「私、その優しさがずっと好きだったよ」
その言葉に、ハロルドは思わずトリアを強く抱きしめた。
冬の冷たい空気の中で感じる彼女の温もりが、胸を締めつけるような幸福感を与えてくれる。
イルミネーションに照らされる公園の中で、二人の影が長く伸び、やがて一つに重なっていく。
遠くから、クリスマスの鐘の音が風に乗って聞こえてきた。
「もう、こんな時間…」
トリアが少し名残惜しそうに呟いた。
「帰らないと、きっとマキシマスとキャシディが心配するよ」
「ああ」
ハロルドも立ち上がった。
「そうだな。夕飯の時間も近いし」
二人は肩を寄せ合いながら、孤児院への帰り道を歩き始めた。
いつもと同じ道のりなのに、今日は特別な空気が流れている。
時折触れ合う手に、お互いの心が跳ねるのを感じながら、二人の頬は赤く染まっていた。
「なんだか不思議だね」
トリアが微笑む。
「毎日一緒に帰ってる道なのに」
「ああ」
ハロルドも照れたように頷く。
「でも、今日からは違う。俺たち、恋人どうしなんだ」
その言葉に、トリアは顔を真っ赤にして俯いた。
ハロルドは何げなく、でも心の中では思い切って、そっとトリアの手を握った。
小さな頃から知っているその手のぬくもりが、今は特別な意味を持って二人の心に伝わる。
孤児院の門が見えた時、ハロルドは立ち止まった。
「トリア」
彼は真剣な表情で言う。
「明日からも、ずっとこうして一緒にいよう」
「うん」
トリアは嬉しそうに頷いた。
「約束だよ」
二人は小指を絡ませ、互いに微笑み合った。
トリアはそっとハロルドの頬に唇を寄せ、柔らかくキスをした。
ほんの一瞬の出来事だったが、二人の心臓は大きく高鳴った。
「ただいま!」
玄関を開けると、
「メリークリスマス!」
子供たちのはしゃぎ声とマキシマスたちの笑顔が二人を出迎えた。
いつもと変わらない、ささやかな日常。
しかし、今日からその日常は、より特別な輝きを持つものになる。
同じ屋根の下で過ごすこれからの時間は、今まで以上に愛おしく感じられるだろう――二人で未来を作っていく、その第一歩として。
3. ハロルドの決意
孤児院でのささやかなクリスマスパーティも終わり、皆が寝静まった深夜。
ハロルドはベッドに潜り込み、今日の幸せな出来事を反芻していた。
トリアとの甘い思い出に頬が緩むその時、外から窓を叩く音が聞こえた。
クインシーだった。
驚いて窓を開けたハロルドにクインシーは言った。
「ハロルド、話がある。聞いてくれ」
クインシーの声には、ただならぬ真剣さが感じられた。
「クインシー、何してるんだ?こんな場所で…ていうか、寒くないのか…?」
ハロルドが開けた窓の向こうにクインシーは立っていた。
「寒いに決まってるだろ!…いや悪い、突然」
クインシーは声を潜めて言った。
「でも、今夜、どうしても話しておきたいことがある」
ハロルドは無言で頷き、窓から部屋に招き入れた。
静寂が二人の間に流れる。
普段は饒舌なクインシーが、言葉を選ぶように躊躇している。
「おめでとう」
クインシーが小さく言った。
「トリアと、うまくいったみたいだな」
「ああ…」
ハロルドは少し照れながら頷く。
「お前のおかげだよ」
「そうか…」
クインシーの声が沈む。
「お前に話しておかなきゃいけないことってのは…」
月の光が窓から差し込み、
クインシーの表情にある苦悩をくっきりと浮かび上がらせる。
「ハロルド、お前の両親のことだ」
その言葉に、ハロルドの心臓が一瞬止まった。
幼い頃から知りたくても知ることのできなかった真実。
それがいま、クインシーの口から語られようとしている。
「お前の両親の死には、シャドウベインが関わっている」
その一言は、ハロルドの中の何かを大きく揺さぶった。
今は記憶の中にしかいない両親の、その死の真相。
その背後に、あの忌まわしい組織の影があったとは。
「お前の両親はシャドウベインの科学者だったが、これ以上犯罪に手を貸したくないという理由で組織を脱走しようとした。そして、見せしめのために拷問され殺された。俺はその光景を間近で見せられていた」
「どうして…」
ハロルドの声が震える。
「どうしてそれを今…」
「言えなかったからな」
クインシーは拳を強く握りしめる。
「でもお前と一緒に戦うと決めた今、もう黙ってはいられない。お前がトリアに本当の気持ちを伝えたように、俺もお前に本当のことを話すべきだと思ったんだ」
「…そうか」
ハロルドは窓の外を見つめた。
死の真相を知ったことで、両親の笑顔がかすかな記憶の中で揺らめく。
しばしの沈黙の後、ハロルドはゆっくりと振り向いた。
「教えてくれてありがとう、クインシー。お前がシャドウベインに逆らえなかった理由が、はっきりと理解できたよ、そして…」
その目に強い決意が宿る。
「…そして俺にも、確かな目標ができた」
ハロルドは静かに言う。
「父さんと母さんは、理由はどうあれ確かに犯罪組織に手を貸していたのかも知れない。その償いのためにも、むろん両親の仇を討つためにも、俺はシャドウベインを倒す」
ハロルドは語気を強めた。
「でもそれだけじゃない。トリアを守り、街を立て直し、科学技術が平和のために役立つ世界を取り戻す。そのために俺は戦う」
クインシーはハロルドの肩に手を置いた。
「お前一人じゃない、俺も共に戦う。これは俺の償いでもある」
静かな月明かりの下、二人の決意は固く結ばれた。
ハロルドは両親への想いを胸に抱き、クインシーに向かって頷いた。
「必ずやり遂げよう」
その言葉が、深い闇の向こうにある希望を指し示すように響いた。
部屋の外には粉雪が舞い、窓から覗く月は二人の誓いを見守るように、静かに輝いていた。