見出し画像

ニコラス 第8章:祝福の拳


導入

チームTRANSCENDAは最終決戦に臨む。ロイが単身でジャンカルロと対峙する中、ニコラスとトリアは他のメンバーと共に最前線で戦いに挑む。

突如として黒い光が空を裂き、戦場は一変する。圧倒的な力の前に、チームメンバーは次々と倒れていく。絶体絶命の危機の中、ニコラスとトリアは最後の望みを胸に立ち上がる。

二人の心が交わるとき、新たな光が闇を切り裂いていく。

1. 決戦開始

 港に漂う潮風が、戦いの予感を運んでくる。
 ニコラスは静かに月明かりを見上げた。
 この夜が、どれほどの重みを持つのか、誰よりも理解していた。

 ロイの姿が、倉庫群の狭間に浮かび上がる。
 父ジャンカルロとの対面に向かう彼の背中に、ニコラスは強い視線を送った。

 「行ってくる」

 その言葉だけを残し、ロイは暗闇の中へと消えていく。

 後方では支援の準備が整えられ、前線ではシルヴェスターが静かに指示を出す。
 チームの態勢が着実に形作られていく。

 ニコラスの隣で、トリアが小さく息を呑む。
 彼女の手が、わずかに震えているのが見えた。

 「大丈夫か?」

 「はい…」
 トリアの声は小さいが、芯は通っている。

 「ニコラスさんが側にいてくれるから」

 その言葉に、ニコラスは短く答える。

 「ああ、必ず守る」

 暗闇から複数の影が現れ、シャドウベインの構成員たちが着実に接近してくる。
 マキシマスの結界が青く輝き、キャシディとクインシーが戦闘態勢を取る。

 ニコラスは前線の中心に立つ。
 戦いの始まりは、この場所から。

 「行くぞ!」

 戦闘が始まった。
 ニコラスの拳が風を切り、次々と敵を薙ぎ倒していく。
 その一撃一撃には、ロイを、仲間たちを守り抜くという強い意志が込められていた。

 キャシディとクインシーが側面から援護し、トリアが負傷者の治療に回る。
 チームの動きが完全に噛み合う。
 ニコラスの意識は常にトリアに向いていた。

 敵の攻撃が激化する。
 銃撃が雨のように降り注ぐ中、ニコラスは冷静に状況を判断していく。
 マキシマスの結界が防いでくれる弾丸以上に彼が警戒していたのは、接近戦の可能性だった。

 そしてその予感は的中する。
 敵の一部が動きを変え、コンバットナイフを手に接近してきた。

 「トリア、下がれ!」

 ニコラスが叫ぶと同時に、トリアの背後に忍び寄る敵を捕らえる。
 鋭い一撃が敵を倒すが、その隙に別の敵のナイフが彼の左肩を捉えた。

 鋭い痛みが走る。
 しかしニコラスは、その痛みを力に変えた。

 「この程度で…」

 彼の動きが一段と冴えわたる。
 拳は確実に敵を捕らえ、一人、また一人と倒していく。
 その頼もしい姿は、まさに前線の守護者だった。

 「ニコラスさん、傷が…!」
 トリアが駆け寄り、必死に治癒をする。

 「大丈夫だ」
 ニコラスは頷く。

 「お前が無事なら、それでいい」

 戦闘は激化の一途を辿る。
 敵の精鋭部隊が、コンバットナイフを手に襲いかかってくる。

 ニコラスの拳が、的確に彼らの動きを潰していく。
 至近距離での攻防。
 これこそが、彼の最も得意とする戦いだった。

 「ここは任せろ」

 ニコラスの声が響く。
 側面からのキャシディの強襲と、クインシーの援護に助けられ、思い切った戦いができる。

 戦場の中で、ニコラスは一瞬、昔を思い出していた。
 ロイと出会う前、彼は孤独な戦士だった。
 誰も信じず、誰にも頼らず。
 だがロイと出会い、仲間という存在を知った。
 そして今、彼は多くの仲間に支えられている。

 敵の一撃が、ニコラスの頬を掠める。
 しかしその傷も、すぐにトリアの癒しの光に包まれた。

 「大丈夫です」

 トリアの声に、かすかだが確かな自信が混じる。

 「私が、ニコラスさんを守ります」

 ニコラスは無言で頷く。
 彼女もまた、着実に成長している。

 敵の新手が押し寄せてくる。
 今度は両側から挟撃を仕掛けてきた。
 しかしニコラスには、既に相手が見えていた。

 「シルヴェスター!」

 前線の指揮官に短く声をかけ、ニコラスが右側の敵陣に切り込む。
 瞬時に意図を理解したシルヴェスターが、左からの敵を抑え込む。
 二人の連携に、敵の陣形が崩れていく。

 その隙を突いて、キャシディが影のように敵陣に滑り込んだ。
 クインシーの正確な援護が、その動きを支える。

 マキシマスの結界は、強固に銃撃を防いでいる。
 ハロルドの狙撃は、敵の狙撃手たちを確実に制圧していく。

 全ては、ロイの背中を守るために。
 ニコラスは改めて、自分たちの役割を噛みしめる。

 敵を引きつけ、交渉の場を守る。
 それこそが、今夜のチームの使命。

 新たな敵が、また押し寄せてくる。
 ニコラスは拳を握り締める。

 「来い…」

 彼の背後には、トリアがいる。
 側面には、キャシディとクインシー。
 前線を統括するシルヴェスター。
 そして後方では、三人の仲間が確実に支援を続けている。

 この戦力、この連携があれば、どんな敵も迎え撃てる。
 そう確信して、ニコラスは再び戦いに身を投じていった。

2. 地獄と化す戦場

 シャドウベインの構成員たちとの激しい戦闘を経て、チームTRANSCENDAのメンバーたちは優勢に立っていた。
 
 ニコラスの拳が閃光のように放たれ、三人の敵を一瞬で薙ぎ倒す。
 その動きは、一切の無駄がなく正確無比だった。

 「クインシー、援護をお願い!」
 キャシディのナイフが月明かりに反射して輝く。
 クインシーが即座に反応し、影から影へと滑るように移動しながら、敵の死角を突いていく。

 「このペースなら…」

 シルヴェスターが前線の状況を見渡す。
 戦況は明らかに彼らに傾いていた。

 だがその時、異変が始まった。

 最初は微かな震動だった。
 地面が僅かに揺れ、空気が重くなる。
 次第にその変調は強まり、まるで現実そのものが歪んでいくような異様な感覚が全員を襲った。

 「総員後退!トリアを守れ!」

 シルヴェスターの声が鋭く響く。
 30年前の恐怖の経験が、とっさの判断を下す。

 「了解!」
 ニコラスが即座に反応する。

 「キャシディ、クインシー!トリアの側へ!」

 後方の高所では、別の緊張が走っていた。
 「マキシマス、結界の強化を!ハロルドはいったん退避だ!」
 ユージーンの指示が響く。

 重圧は増していく。
 空気が粘性を帯び、音さえも歪んでいく。
 金属が軋む音、コンクリートが砕ける音。
 それらが混ざり合い、狂気じみた轟音となって響き渡る。

 「全員、防御態勢を!」
 シルヴェスターが前線で指示を出す。

 「これを30年前の再現にはさせない!」

 その時、トリアの体が反応した。
 セレスティアの力が彼女の中で唸りを上げる。

 「危険…!みんな近くに!」

 トリアは直感的に叫んでいた。
 両手を大きく広げ、セレスティアの力を解放する。
 淡い光の結界が、まるで生命の繭のように仲間たちを包み込んでいく。

 「何が…」

 ロイとジャンカルロがいる方角から、突如として漆黒の光が爆発した。

 天空を引き裂き、現実を捻じ曲げるような異形の光。
 宇宙そのものが裂けたような巨大な亀裂が、空に浮かび上がる。

 「あ…あれは!」

 シャドウベインの一人が指差す。
 その手は狂ったように震えていた。

 轟音が世界を揺るがす。
 亀裂の中から、それは姿を現した。

 ABYSS。
 この世のものとは思えない、禍々しい存在。
 漆黒の体躯は光さえ飲み込み、その姿を直視するだけで理性が軋むような威圧を放っていた。

 「逃げろ!撤退!」
 シャドウベインの構成員が叫ぶ。
 しかし、既に手遅れだった。

 「馬鹿な…こんなものと戦えというのか…」
 別の構成員が呟く。
 その声には、もう恐怖以外の感情は残っていなかった。

 ABYSSが動いた。
 漆黒の体躯が蠢き、空間そのものが歪む。
 大気中の酸素が薄くなり、喉が焼けるような痛みが走る。

 「うわあああっ!」
 シャドウベインの構成員たちから悲鳴が上がる。

 黒い光の波が炸裂する。
 生命を否定するような波動。
 それは結界の外にいた者たちを容赦なく飲み込んでいく。

 港湾地区全体が悲鳴に包まれた。
 結界の外では、文字通りの地獄が展開される。
 シャドウベインの構成員たちの体が歪み、溶解し、灰となって風に消えていく。

 「た、助け…」
 叫び声は途切れ途切れに響き、次々と消えていった。

 「くっ…!」
 光の結界が軋むような音を立てる。
 ABYSSの力は、想像を絶するものだった。
 セレスティアの力を持ってしても、完全には防ぎきれない。

 「みんな、しっかり!」
 トリアは気力を振り絞って叫ぶ。
 結界は持ちこたえているが、それでもABYSSの力の一部が内側に漏れ出していた。

 「この程度で…倒れるわけには…」
 シルヴェスターが血を吐きながら立ち上がる。
 だが次の瞬間、漏れ出した力の波動が彼を襲う。

 「シルヴェスター!」
 ニコラスが叫ぶ。

 「ぐっ…!」
 シルヴェスターの体が宙を舞い、壁に叩きつけられる。
 数本の肋骨が砕ける音が響くが、彼は歯を食いしばって立ち上がろうとする。
 「まだだ…30年前に比べれば…!」

 「ぐあっ!」
 ニコラスの体が大きく仰け反り、口から鮮血が噴き出す。
 全身の骨が砕けるような衝撃に、膝をつく。
 「くそ…これ、くらいで…」
 瀕死の重傷を負いながらも、彼は意識を保とうと必死だった。

 キャシディは衝撃波に吹き飛ばされ、地面を転がっていく。
 「っ…!」
 彼女の悲鳴は喉の奥で途切れ、体が痙攣を始める。
 右腕は明らかに変形し、全身が打撲と裂傷で覆われていく。

 「キャシディ!」
 クインシーが叫ぶ。
 だが次の瞬間、彼の体も宙を舞う。

 「ぐあああっ!」
 まるで人形のように吹き飛ばされ、地面へと叩きつけられる。
 肉が裂け、骨が砕け、そのまま倒れ込み意識を失う。

 後方では、マキシマスの防御魔法が、ガラスのように砕け散った。
 「これほどの…力とは…!」
 衝撃波はそのまま彼の悲鳴を押し流す。

 ユージーンの体が空に舞い上がり、ついで床に叩きつけられる。
 肋骨が砕ける音が響き、意識が遠のいていく。
 「体制が…維持できない…!」

 ハロルドの狙撃位置が崩壊し、そのまま落下していく。
 「うわああああっ…!」
 右腕の複雑骨折。
 肩から血が噴き出す。

 トリアの結界が後方にまで届き、最悪の事態だけは防いでいた。
 しかし結界の外側は、もはや生き地獄そのものだった。
 地面は深く抉られ、建物は崩壊し、大気が黒く濁る。

 シャドウベインの構成員たちの焼け焦げた死体が、あちこちに転がっている。
 生命を拒絶するような重圧が、空間全体を支配していた。

 「30年前の王都壊滅には及ばないが…」

 シルヴェスターが血を吐く。

 「この場にいる者にとっては、同じ地獄だ…」

 ABYSSの姿がより鮮明になっていく。
 戦場に充満する黒い靄の中で、ABYSSの姿がより鮮明になっていく。
 それは人智を超えた存在、理性では捉えきれない恐怖の化身だった。
 巨大な体躯は、直視する者の理性を破壊せんばかりの威圧を放っていた。
 
 地面の亀裂からは黒い霧が立ち昇り、空間そのものが歪んでいく。
 歪みは結界に押し寄せ、トリアの力と拮抗する。
 セレスティアの光と、ABYSSの闇が、目に見えない次元で激しくぶつかり合う。

 トリアの結界の中、仲間たちは全員が再起不能な深手を負っていた。
 奇跡的にもまだ全員が生きていたが、次の一撃が来れば耐えられそうにない。
 この状況を打破する術など、もう無いように思えた。

3. 祝福の拳

 地面が揺れ、空気が震えるほどの衝撃が戦場を支配していた。
 トリアは膝をつき、肩で息をしながらも、決して諦めない。

 「まだ…まだ私は皆を守れる…!」

 震える手を前に差し出す。
 結界の光が彼女の掌から広がる。
 セレスティアの力がABYSSに対抗し、その身を守っている。

 「…守らなきゃ!」

 その時、うめき声が聞こえた。
 倒れていたニコラスが、全身の痛みに顔を歪ませながら動こうとしていた。

 「…がはっ!」
 ニコラスが血まみれの口から血反吐を吐く。
 頭を強打した傷から、鮮血が顔を伝い落ちる。
 内臓が破裂したような激痛が全身を走り、視界が赤く染まっていく。

 「ニコラスさん!これ以上は…!」
 「行かせて…くれ…」

 ニコラスの声は掠れていたが、その瞳には真実の決意が宿っていた。

 「ロイが…あいつが一人で戦ってる。俺が…守らなきゃ…」

 血に濡れた手で地面を掴み、立ち上がろうとするニコラス。
 しかし、深い傷が彼の体を許さない。
 トリアは咄嗟にニコラスの腕を支えた。

 「頼む…トリア」

 ニコラスの声が変わった。
 いつもの寡黙さが消え、切実な思いが溢れ出していた。

 「俺を…戦える状態に戻してくれ。ロイの…あいつの背中は、俺しか守れないんだ」

 その言葉に、トリアの心が動いた。
 目の前の男が、幼い頃から共に生きてきた、かけがえのない相棒を守ろうとしている。
 その純粋な想いが、トリアの魂をも深く揺さぶった。

 「分かりました」

 トリアはニコラスの手を優しく握り締めた。

 「私も…一緒に行きます」

 その瞬間、トリアの体から溢れ出す光の輝きが変化した。
 それはこれまでの柔らかな光ではなく、より力強く、より深い輝きを持っていた。
 セレスティアの本質的な力が、彼女の中で動いていた。

 「これは…!」

 ニコラスの目が見開かれた。

 体内に流れ込む力は、以前に大聖堂で感じたあの力だった。
 痛みが消えていくだけでなく、全身の細胞が活性化されていくような感覚。

 「POWER FIGHTER」の力が、トリアの光と共鳴し始める。

 まばゆい光が二人を包み込み、その場に神聖な空気が満ちていく。
 トリアの祈りは、ニコラスの魂の奥深くまで届いていた。

 「行きましょう、ニコラスさん!」

 トリアの声が響き渡る。
 ニコラスは力強く頷くと、一瞬で立ち上がった。
 彼の体は完全に再生され、さらにその先の力を得ていた。

 絶望が荒れ狂う戦場を、ニコラスは閃光のように駆け抜けた。
 トリアを片腕に抱え、もう片方の拳を前に突き出す。
 その速度は、もはや人知を超えていた。

 「来るぞ、トリア!」

 ABYSSが、その巨大な体を回転させ、破壊の波動を放とうとしている。
 しかし、ニコラスの動きの方が速かった。

 「今です!」

 トリアの叫びと共に、ニコラスの拳が光を纏い始めた。
 それは単なる輝きではない。
 セレスティアの力と、戦士の魂が融合した神聖なる光だった。

 ニコラスの拳が蒼く輝き、トリアの全身が純白の光を放つ。

 「Hi-NRG ATTACK!!!」

 二人の叫びが天地を揺るがす中、ニコラスの拳がABYSSに直撃した。
 その瞬間、戦場全体が光に飲み込まれた。

 太陽神が地上に降り立ったかのような輝きが、闇を切り裂いていく。
 ABYSSの巨体が、光の中で砕け散っていく。
 その姿は、まるで悪夢が夜明けと共に消えていくかのようだった。

 衝撃波が轟音と共に広がり、大地を震わせる。
 しかし、その中心で放たれる光は、破壊的なものではなく、むしろ世界を浄化するような神々しい輝きを放っていた。

 やがて光が収まると、戦場に静寂が訪れた。
 ABYSSの存在を示す闇は完全に消え去り、代わりに朝日のような温かな光が辺りを包んでいた。

 ニコラスはゆっくりと拳を下ろし、横でか細く息をついているトリアを見た。
 彼女は疲れ切っていたが、確かな達成感に満ちた表情を浮かべていた。

 「…やったな」

 ニコラスの静かな呟きにトリアは小さく頷き、彼の横に立った。

 「はい…私たちの力で」

4. 戦いの終焉

 「ロイ!」

 ニコラスの声が戦場に響き渡った。
 黒煙が渦巻く瓦礫の山々から炎が立ち上り、夜空を不気味に照らしている。

 シャドウベインの部隊員たちが無数に倒れ伏す中、ニコラスは敏捷な動きで瓦礫の間を駆け抜けていった。
 トリアが数メートル後ろから必死に追いかける。

 「ニコラスさん、そんなに早く走ったら…!」
 「大丈夫だ」

 ニコラスは走りながら答えた。

 「お前のおかげで回復した。今はロイを探すぞ」

 そう言いながらも、ニコラスは胸の奥が締め付けられる思いだった。
 先ほどまでのABYSSとの死闘が脳裏を過ぎる。

 トリアと共にABYSSを打ち倒した勝利の高揚感は、一時の安堵をもたらした。
 しかし今、ABYSS再臨の傷跡ががあまりにも大きいことを痛感していた。

 道中、シャドウベインの兵士たちの亡骸が次々と目に入る。
 彼らは全て、ABYSSの放った衝撃波によって即死していたようだった。
 その光景が、言いようのない重圧となって二人にのしかかる。

 「トリア、気を確かに」
 ニコラスが声をかける。

 「こんな場所で感傷に流されている暇は…」
 「分かっています」

 トリアは涙を拭いながら答えた。

 「でも、敵とはいえ…こんなにも多くの命が…」
 「それも含めて、俺たちの戦いの結果だ」

 ニコラスの声は冷静さを保っていたが、瞳の奥に深い悲しみが垣間見える。
 ニコラスはトリアの手を取った。

 「今は、生きている者たちに集中しよう」

 先を急ぐ二人の前に、巨大な瓦礫の山が立ちはだかった。
 その向こう側に、かすかに横たわった人影のような何かが見える。

 「こっちです!」

 トリアが立ち止まり、目を閉じる。
 セレスティアの力が彼女の周りに淡い光を描き出す。

 「ロイさんが!あそこです!」

 トリアが叫ぶ。
 瓦礫を越えて辿り着いた先に、血に染まり横たわるロイの姿があった。
 二人は息を呑んだ。

 眼下に広がるクレーターには、ABYSS復活の痕跡が生々しく残されていた。
 そして、その中心近くに横たわる人影が見える。

 「ロイ!」
 ニコラスが叫ぶ。
 応答はない。
 二人は急いで下り始める。

 クレーターの底に着いた時、二人は目の前の光景に言葉を失った。

 ロイは無残に打ち倒されていた。
 その服は血に染まり、至る所が焼け焦げている。
 複数個所の骨折は明らかで、頭部からは絶え間なく血が流れ出していた。

 「ロイ!」
 ニコラスが駆け寄り、震える手で脈を確認する。

 「まだ息がある!だが…」
 「私に任せて!」

 トリアが前に出る。
 両手をロイの胸に置き、目を閉じる。

 「この尊い命を救う力を私に…!」

 トリアの手から溢れ出るセレスティアの輝き。
 しかし、傷の深さに彼女は震える。

 「ひどすぎる…」
 癒しの力を使いながら、トリアの声が震えた。

 「内臓が裂けて…肋骨が砕けて…頭部にも深い裂傷が…!」

 彼女の額から汗が噴き出す。
 魔力を注ぎ込むたびに、自身の体力が急速に奪われていくのを感じる。
 しかし、決して手を止めるわけにはいかなかった。

 「頼む、トリア」
 ニコラスが頭を下げる。

 「お前にしか治せないんだ。お前の力を俺は信じる!」

 その時、ロイの体が微かに動いた。
 痛みで歪む表情に、意識の戻りが見て取れる。

 「ロイさん!」

 トリアの声が期待に高まる。

 「聞こえますか?私たちです!」
 「う…」

 ロイの血に濡れた唇が動く。
 ニコラスがロイの手を取る。

 「ここだ、ロイ!俺が分かるか?」
 「うるせぇ…な」

 かすれた声でロイが返す。

 「お前の声なら…地獄からでも…聞こえるぜ…」

 その瞬間、最初の雨滴が落ちてきた。
 それは瞬く間に本降りとなり、戦場を覆い尽くしていく。
 焦げた地面から白い蒸気が立ち上る中、黒煙が静かに洗い流されていく。
 雨は、まるで血に染まった大地を癒すかのように降り注ぐ。

 「ABYSS…は?」
 ロイが苦しそうに尋ねる。

 「俺たちが倒した」
 ニコラスが即答する。

 「トリアの力で回復した俺たちで、渾身の一撃を叩き込んだ」
 「そうか…」

 ロイの表情が僅かに和らぐ。

 「みんなは…?」
 「他のメンバーもお前を待っている」

 ニコラスは慎重に言葉を選ぶ。
 いま、仲間たちの負傷状態について触れるべきではないと判断した。

 「とにかく、お前もそこまで運ばないと」
 「ああ…行こう…」

 トリアとニコラスは慎重にロイを支え上げる。
 激戦の痕跡が刻まれた瓦礫の間を、三人はゆっくりと進んでいく。
 前方から差し込む僅かな明かりは、夜明けの接近を告げていた。

 その光の中で、雨は依然として降り続けている。
 それは戦場の傷痕を洗い流すように、そして新たな夜明けを告げるように、静かに降り注いでいた。
 仲間たちの元へと、彼らは一歩一歩、確かな足取りで歩みを進めていった。

---

 三人がメンバーの元に戻る頃、雨が上がり始めた。
 まるで戦いの終わりを告げるかのように、雲の合間から光が差し込んでいた。
 雨上がりの空には虹がかかり、破壊された港に一筋の希望を照らしていた

 前線ではシルヴェスター、キャシディ、クインシーが、後方ではユージーン、マキシマス、ハロルドが倒れていた。
 トリアは仲間たちに駆け寄り、ひとりひとりを癒していく。

 奇跡的にも全員が生きており、トリアの力で意識を取り戻した。
 全員の無事を見届け、ニコラスがロイに声をかける。

 「帰るぞ、ロイ。戦いは終わった。今は休む時だ」
 「そうだな…」

 ロイも頷き、仲間たちを見渡した。

 「みんな、無事で何よりだ。そして本当にありがとう、よく戦ってくれた。今夜はゆっくり休んでくれ」

 メンバーは深く頷き、トリアも静かにその言葉を胸に刻んだ。
 雨が静かに降り続ける中、チームTRANSCENDAは傷つきながらも互いに支え合い、新たな希望を胸に凱旋の帰途についた。


いいなと思ったら応援しよう!