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第4章:真実の目覚め


導入

魔術師教会エニグマの動きを察知したシルヴェスターは、マキシマス夫妻と共に今後の対策を協議していた。そこへ突如としてノクテリア(闇の魔女)エステルが現れるが、不思議なことに彼らを攻撃することなく立ち去る。

一方、犯罪組織シャドウベインの特殊列車を襲撃する作戦を立てるチームNexus。彼らはBE-COOLのメンバーに協力を要請し、ハロルドが開発した列車制御システムで、シャドウベインの大規模な違法取引を阻止しようとしていた。

チーム全員が精力的に作戦準備に取り組む中、トリアは自分にも何か役立つことはないかと模索していた。決行の日が刻一刻と近づいていく。

1. シルヴェスターとマキシマス夫妻の動き

 深夜、シルヴェスターの書斎。
 窓から差し込む月明かりが、静かな部屋を照らしていた。

 「シルヴェスター様!」
 若い魔術師が息を切らせながら飛び込んでくる。

 「どうした」
 窓辺に佇むシルヴェスターは、振り向きもせずに問う。

 「教会が動き始めました」
 魔術師は息を整えながら続ける。
 「上層部が極秘裏に会議を開きました、トリア様の件で新たな動きがあったようです」

 シルヴェスターは静かに頷く。
 「分かった。ありがとう」

 その時、扉が開かれた。
 「シルヴェスター師匠」
 マキシマスが入ってくる。その後ろにキャシディの姿もあった。

 「教え子から連絡がありました」
 マキシマスが告げる。
 「教会の状況が変わったと」

 キャシディが短く言う。
 「今までとは違うわね」

 シルヴェスターは若い魔術師を見る。
 「もう下がってよい」
 魔術師は深々と一礼し、静かに部屋を後にした。

 「準備はできているな?」
 シルヴェスターが二人に問う。

 「ああ」
 マキシマスが頷く。
 「いつでも」

 その時、部屋の空気が一変した。
 室内に強大な魔力が発生する。

 「この気配…!」マキシマスが身構える。
 シルヴェスターが低く唸る。
 「ノクテリア闇の魔女!」

 三人は即座に戦闘態勢を取った。
 マキシマスは詠唱の準備を始め、シルヴェスターは冷静に相手の出方を待つ。

 黒い衣装に身を包んだノクテリア・エステルの姿が浮かび上がる。

 「…セレスティアが目覚める時がきた」
 彼女は三人を静かに見つめ、一言だけを残して去った。

 「何も…」
 マキシマスが声を絞り出す。
 「しないのか?」

 「罠かもしれないわ…」
 キャシディは警戒を解かない。

 しかしシルヴェスターは、エステルの去り際の表情に何かを感じ取っていた。
 「いや、彼女は意図的に我々を見逃したと考えるべきだろう」

 「どういうことです?」
 マキシマスが問う。

 「分からん」
 シルヴェスターは空を見上げる。
 「だが、急ぐ必要がある」

 三人は夜の闇に紛れるように書斎を後にした。
 古い柱時計の振り子が静かに、しかし確実に揺れ続ける。
 トリアの運命を左右する時が、刻一刻と近づいていた。

2. 奇襲作戦の計画

 さかのぼること1ヶ月。
 Nexusの作戦室で、ユージーンはタブレットに映る情報を読み込んでいた。

 「シャドウベインか…」
 ユージーンは静かに呟く。
 「ついに動き出したな」

 ロイが腕を組んだまま尋ねる。
 「それは確かか?」

 「ああ」
 ユージーンは椅子から立ち上がり、中央のモニターに情報を映し出す。
 「間違いない。裏社会の動きが変わった。シャドウベインが動きだした証拠だ」

 ニコラスも頷く。
 「あの組織が動くと、裏社会に必ず波紋が広がる」

 「奴らのここ最近の動きを見てほしい」
 ユージーンがモニターに地図を映し出す。

 「港湾地区での武器密輸、オフィス街を隠れ蓑にした資金洗浄、そして先月のバイオ研究所襲撃事件、全部シャドウベインが裏で糸を引いている。」

 ユージーンは続ける。
 「これらはそれぞれが大規模な犯罪だが、全てがもっと大きな何かの準備段階だったと考えるべきだ。そして今度は」

 ユージーンが新たな情報を映し出す。
 「シャドウベインの特殊列車が動く」

 ロイが眉を上げる。
 「あの輸送列車か」

 「ああ」
 ユージーンは目を細める。

 「重要物資輸送用の専用列車。違法薬物、武器、その他の闇取引の品々。シャドウベインはこの特殊列車で裏社会の大規模な違法物資輸送を実現している」
 ユージーンが説明する。

 「一般の鉄道網とは完全に独立した路線を持ち、堅牢な特殊武装セキュリティシステムで守られている」

 「闇の帝王とも呼ばれる組織だからな」
 ニコラスが腕を組む。
 「独自の輸送網すら持っているというわけだ」

 「今回の取引規模は?」
 ロイが尋ねる。

 「過去最大だ」
 ユージーンが眉を寄せる。
 「これだけの規模なら、列車には相当な警備が付くはずだ」

 その時、作戦室の扉が開かれた。
 「失礼します」
 トリアの声に続いて、ハロルドとクインシーが入室してくる。

 「来てくれたな」
 ロイが三人を見渡す。
 「重要な作戦がある」

 ユージーンが状況説明を始める。
 「ターゲットはシャドウベインの重要物資輸送用列車だ。これを襲撃し、過去最大規模の違法薬物取引を阻止する」

 大型モニターには列車の概要図が映し出される。
 ハロルドは食い入るように図面を見つめる。
 「このセキュリティシステムは相当に高度ですね、最新鋭の技術と武装だ」

 「突破は可能か?」
 ロイが尋ねる。

 「やってみます」
 ハロルドは慎重に答える。
 「遠隔でセキュリティに侵入し、一時的に制御を奪取、システムダウンさせることは可能かも知れませんが、武装の無力化を考えると、専用の装置が必要になるはず」

 「わかった、では改めてチームBE-COOLに仕事を依頼したい。引き受けてくれるか?」
 ロイが三人を見渡した。

 「私は…何をすればいいですか?」
 トリアが少し不安そうに尋ねる。

 ロイは優しい目で答える。
 「お前は後方支援だ。まずはハロルドを手伝い、専用装置の開発と設置に専念してくれ」

 「俺は引き受けたい。これはたぶん、俺にしかできない仕事だ。いいよな、クインシー?」
 ハロルドはクインシーに向き直った。

 「もちろん!こんなでかいチャンスを俺たちが逃すわけないだろ!?」
 クインシーは興奮した様子でハロルドに応じたが、内心では迷いが生じていた。

 「組織に報告すべきか…?いやまだ様子を見てみよう。こいつらに勘付かれると厄介だからな」
 だがその呟きが若干言い訳めいていたことに、彼はまだ気が付かない。

 「それでは、よろしくお願いする」
 ロイは立ち上がって右手を差し出した。
 ハロルドはその右手をしっかりと握り返し、二つのチームの合同作戦が始まった。

3. エステルとの邂逅

 作戦会議を終え、トリアは外へと足を踏み出した。
 街灯が照らす道は静まり返っている。

 その時、突如として空気が張り詰めた。

 「…っ!」

 トリアの背筋を粟立つような感覚が走る。
 目の前の空間が歪むように揺らぎ、そこに一人の女性が姿を現した。

 漆黒のドレスに身を包み、新月の夜空より黒い瞳を持つ女性。
 ノクテリア闇の魔女・エステル。

 彼女はただそこに佇んでいるだけで、周囲の空気を支配していた。
 エステルの放つ魔女のオーラは目に見えるほどの強さで、夜の闇さえ押しのけるように輝いている。

 「…!」

 トリアは息を飲んだ。
 声を出そうとしても、喉が凍りついたように動かない。

 「セレスティアの転生体…」
 エステルの声は静かに、しかし確実にトリアの心を貫いた。
 「お前はまだ、何も知らない」

 「わ、私は…」
 トリアは必死に声を絞り出そうとする。

 エステルは一歩、前に踏み出した。
 その一歩に、全身が恐怖におののくような感覚に襲われる。

 「この程度の力で」
 エステルの瞳が鋭く光る。
 「お前に何ができる?」

 魔力の波動が押し寄せる。
 トリアは膝から崩れ落ちそうになる。

 「仲間たちを守れるとでも?」
 エステルの声には微かな憐れみすら混じっていた。

 その言葉に、トリアの心が震えた。
 ハロルド、クインシー。
 そして協力関係となったチームNexusのメンバーたち。
 大切な仲間の顔が次々と思い浮かぶ。

 「私は…私は…!」

 しかし言葉は続かない。
 エステルの圧倒的な存在の前で、自分がいかに無力か、痛いほど実感させられる。

 エステルは静かにトリアを見下ろした。
 「いま目覚めなければ、全てを失う」

 その言葉を残し、エステルの姿が夜の闇に溶けるように消えていく。
 魔力の波動が薄れ、凍てついた空気が元に戻る。

 トリアは両手で顔を覆った。震える指の間から、熱い涙が零れ落ちる。

 「強く…ならなきゃ」
 かすれた声で呟く。
 「このままじゃ…みんなを、守れないよ…」

 街灯の明かりが揺れる。
 トリアの心に、これまでにない決意が芽生え始めていた。
 仲間を守るため、自分はもっと強くならなければ。

 その胸の奥で、まだ眠りについたままの力が、エステルの呼びかけにかすかに反応していた。

4. 作戦準備

 作戦決行まであと三日に迫った日の夜。
 両チームの全員Nexusの作戦室に集合していた。

 部屋の中央に鎮座する装置「RCSJ」――鉄道制御システムジャマー。
 3つに分かれた本体の冷却装置が静かに唸りを上げ、システムは待機状態を保っている。

 「これが完成したRCSJです」
 ハロルドは装置のメインパネルの前で説明を始める。

 「輸送列車のセキュリティシステムに干渉してロックをかけ、緊急ブレーキを作動させるとともに武装を無効化します」

 ロイが装置を見上げながら問う。
 「稼働に必要な条件は?」

 「三カ所からの電源供給が必須です」
 ハロルドが設計図を広げる。

 「RCSJは広範囲にジャマーを展開するため大量の電力を必要とします。この三点の電源を同時に接続して初めて本体が起動する仕組みになっています」

 「設置の所要時間は?」
 ニコラスが質問を投げかける。

 「最低でも3人、10分はかかりますね」
 ハロルドは真剣な表情で答える。
 「一カ所でも接続が失敗すれば、起動できません」

 「ハロルド、この手順書のここの記述は合ってるの?」
 トリアは確認しながら尋ねる。

 「合ってる」
 ハロルドは明瞭に答える。

 「三つの電源を同時に接続しないといけないからな。順番を間違えちゃだめだ」

 ユージーンが作業台に詳細な地形図を広げる。
 「ここを見てくれ。RCSJの設置場所は、上空からの監視の死角になるこのポイントになる」

 クインシーは部屋の隅で壁にもたれて腕を組み、皆の動きをじっと見つめていた。
 しかし、彼の心は全く別の場所にあった。
 作戦と任務、組織への忠誠心と仲間たちへの思い。
 それらが頭の中で入り乱れる。

 いったい何をぐずぐずしている?
 今すぐこの奇襲作戦をシャドウベインに報告すべきだ。
 それこそが彼の任務であり、組織にとって正しい行動だ。
 でもそれはトリアやハロルド、仲間のみんなを裏切ることになる。

 もし裏切れば、この作戦の全てが終わる。
 でも裏切らなければ、組織は裏切り者として自分に死を宣告するだろう。

 葛藤の重圧に、クインシーの心臓は激しく鼓動する。
 なぜ決断ができない?
 どうしてこんなにも難しいんだ?
 奇襲計画を組織に報告するならもう今しかない。
 それなのに――

 「ねえクインシー、大丈夫?顔が真っ青よ?」
 トリアが心配そうに尋ねる。

 クインシーははっとトリアを見つめた。
 そして内心の動揺を隠すように、軽く手を振ってみせた。
 「大丈夫さ、俺に任せとけって」

 トリアはユージーンにも確認した。
 「ユージーンさん、向こうの警備はどうなってるんですか?」

 「当日は全区域に2分間隔で巡回があるよ」
 ユージーンが応じる。

 「だから設置までの10分間の時間を稼ぎ出すのが、ロイとニコラスの役目だ」

 部屋の奥では、ニコラスが武器の最終チェックを行っていた。
 一つ一つの装備を丁寧に確認し、不具合がないか入念にテストする。

 「ニコラスさん、装備の確認はどうですか?」
 トリアが声をかけると、ニコラスは無言で親指を立てた。

 ハロルドがメインモニターに新たなデータを映し出す。

 「装置の設置と起動が成功すれば、列車は完全に停止します。シャドウベインの技術者でも、システムの復旧には相当な時間がかかるはず」

 「ハロルド、すごいね」
 トリアは心から感心した様子で言う。
 「大丈夫、きっと成功するよ!」

 RCSJのテスト電源が投入され、装置が静かに息づくように振動する。
 制御パネルに青白い光が灯る。

 「よし」
 ロイが全員に向かって声を上げる。

 「明日から最終調整に入る。設置担当はみな協力してシミュレーションを開始してくれ」

 いったん言葉を切った後、ロイは皆を見渡した。

 「三日後の深夜、我々は裏社会最大の犯罪組織に挑む。機器の故障も、人的ミスも、一切許されない」

 「ロイさん」
 トリアが決意をみなぎらせる。
 エステルと出会ったあの日から、トリアは今まで以上に積極的に作戦に関わり、貢献を心がけるようになった。

 「必ず成功させましょう!」

 緊張感が作業場を満たす。
 時計の針は容赦なく進み、決行の時が刻一刻と近づいていた。

5. 作戦開始

 奇襲作戦決行の夜がやってきた。
 月明かりのない暗闇の中、二つのチームが指定された合流地点に集結していた。

 「予定通り、列車は2時15分にこの地点を通過する」
 ユージーンが暗視ゴーグルを調整しながら告げる。
 「最初の巡回が来るまで、あと30秒」

 ロイとニコラスが無言で身を潜める。
 暗闇の陰に、二人の姿が完全に消える。

 足音が近づく。
 二人の巡回員が懐中電灯の光を照らしながら巡回してくる。
 その瞬間。

 「…っ!」
 音もなく、警備員たちの意識が途絶えた。
 ロイとニコラスの影が闇の中で交差する。

 「C地点、異常なし」
 ロイが警備員の無線を奪い取り、低い声で報告する。

 「了解、次のポイントへ」
 敵の本部から返事が返ってくる。
 襲撃に気付いた様子はない。

 ロイは仲間たちへの通信に切り替える。
 「巡回、無力化完了。次は2分後。各自、持ち場の確認を」

 「RCSJの設置、開始します」
 ハロルドが大型のキャリーカートを示す。

 「ユージーンさん、クインシー、そして俺とトリアの三組でRCSJを運び、三カ所の電源を同時接続します」

 巡回の合間を縫うように、三組は重いRCSJを運びながら、それぞれの持ち場へと向かう。

 「ハロルド、通信状態は?」
 ユージーンが確認を入れる。

 「クリアです」
 ハロルドは周波数を調整しながら応じる。
 「各自の位置、モニターで確認できています」

 新たな足音。
 今度は三人組の巡回員。
 一瞬の静寂の後、闇に呑まれるように倒れる音。

 「A地点、クリア」
 ニコラスが警備無線で報告。
 「次のポイントに移動」
 「了解、定刻通り」
 本部からの応答、敵はまだ襲撃に気づいていない。

 ユージーン、クインシー、ハロルドとトリアは設置ポイントへと進み続ける。
 月のない夜空の下、彼らの息遣いだけが響く。

 「第一ポイント、到着」ユージーンの声。
 「次の巡回だ」ニコラスが注意を促す。

 一時的に設置作業が停止する。
 三組は息を潜め、ロイとニコラスの動きを待つ。
 警備員たちの無力化と、淡々とした無線のやり取りが続く。

 「B地点、異常なし」
 ロイの声が敵の警備無線に流れる。

 「続行してくれ」
 続けて仲間への連絡、設置作業が再開される。

 「第二ポイント、準備OK」クインシーの声。

 「第三ポイント、OKです」トリアの報告。

 遠くで列車の轟音が聞こえ始める。

 「列車、目標地点まであと60秒」
 ハロルドの声が全員の受信機に響く。

 「最後の巡回を確認」
 ロイが告げる。

 「E地点、異常なし」
 静かに巡回を倒したニコラスが敵の警備無線で最後の偽報告を完了させる。

 線路の振動が、列車の接近を知らせる。

 「RCSJの起動準備に入ります」
 ハロルドが指示を出す。
 「電源接続、カウントダウン開始。30秒前」

 夜風が冷たく頬を撫でる。

 「20秒」

 「10秒」

 「…2、1、0。接続!」

 三組が同時に電源を接続する。
 RCSJのパネルが青く明滅を始める。

 「起動確認!」
 ハロルドの声が緊張に高まる。
 「列車、対象範囲に進入!RCSJアクティベート!」

 激しい轟音とともに列車が通りかかる。
 その瞬間、RCSJが完全起動。
 列車のセキュリティシステムが一斉にダウンし、緊急ブレーキが作動する。
 金属の軋む音が闇を切り裂く。

 「制御、成功!」
 ハロルドの声に安堵が混じる。
 「列車、完全停止!」

 「総員、突入開始!」
 ロイの声が響き渡る。

 ロイとニコラスが闇の中から姿を現し、列車に向かって疾走する。
 その後ろからは拳銃を持ったユージーンとハロルドも駆けつける。

 深夜の闇を、激しい戦闘の音が切り裂き始める。

6. トリア覚醒

 トリアは無線で戦闘の音を聞いていた。
 手が震え、冷たい汗が背筋を伝う。
 最初の銃声が響いた時、トリアの体が跳ねるように反応した。

 「くっ!」
 ロイの苦痛に満ちた呻き声。
 シャドウベインの精鋭部隊の攻撃が、彼を捉えたのが分かる。

 「ロイさん!」
 トリアは無力感に胸が締め付けられる。
 その直後。

 「ぐあっ!」
 ニコラスの悲鳴が続く。
 まともに銃撃を受けたような悲痛な声だった。

 「相手は想定以上の戦力だ、このままでは囲まれる!」
 ユージーンの声が焦りを帯びる。

 仲間たちの苦痛の声が無線を通して次々と届く。
 銃声、悲鳴、苦痛の叫び。
 全ての音が、トリアの心を深く抉っていく。

 「私のせいだ…」
 トリアは膝をつく。

 「私が弱いから…私に力がないから…」

 無線から聞こえる激しい銃撃戦。
 仲間たちの、歯を食いしばる音と荒い息遣い。

 「私がここで、何もできないから…」

 涙が頬を伝い落ちる。

 その時、トリアの心の最深部で、何かが響き始めた。
 まるで遠い記憶の中の鐘の音のような、清らかな響き。
 トリアの体の芯が、不思議な温かさを帯び始める。

 「この…感覚は…?」

 温かさは徐々に広がり、やがて体中を駆け巡るような感覚に変わっていく。
 指先が光を帯び、長い髪が静かに揺れ始める。

 「お願い…!」
 トリアは両手を胸の前で強く握り締める。
 「私に力を…仲間を守る力を!」

 その瞬間、トリアの中で何かが弾けた。

 体が宙に浮かび始める。
 純白の光が彼女を包み込み、その髪が後光のように大きくなびく。
 いままでにない感覚が、トリアの全身を貫いていく。

 「この力は?私の中に、ずっとあったの…?」

 意識が拡がっていく。
 まるで世界が違う色で見え始めたかのように、全てが鮮明に感じられる。

 仲間たちの存在が光となって明確に見えてくる。
 彼らの傷、彼らの痛み、全てが手に取るようにわかる。

 「守りたい…あの人たちを、絶対に!!」

 トリアの声が変容していく。
 幾重もの声が重なり合うような、清涼な響きを帯びていく。

 「や…め…て------!」

 その叫びと共に、光の波動が四方へと広がっていく。
 夜空を切り裂く眩い光の渦が巻き起こり、虹色の光の帯となって列車まで伸びていく。

 トリアの意識は更に拡がり、仲間たちの傷までをも感じ取る。
 光が傷に触れると、まるで最初から存在していなかったかのように消えていく。

 「な、何が!?」ロイの困惑した声。
 「傷が、消えていく…」ニコラスの驚き。
 「…!」ユージーンの息を呑む音。

 光は更に輝きを増し、防壁となって仲間たちを守る。
 敵の銃弾は、まるで見えない壁に阻まれるかのように、全て弾かれていく。

 「行けるぞ!」ロイの声に力が戻る。
 「おう!」ロイとニコラスの息の合った動きが、敵の陣形を切り裂いていく。
 「援護する!」ユージーンとハロルドがその隙を突いて敵に発砲する。

 皆の猛攻が、残った敵を制圧していく。
 やがて戦いの音は収まり、夜の闇に静寂が戻った。

 その時、突如としてトリアの体から力が抜け始めた。
 目の前が霞み、意識が遠のいていく。

 「あ…」

 かすかな声と共に、宙に浮かんでいた体がゆっくりと地上へと降りていく。
 長い髪がベールのように揺れ、瞳から光が消えていく。

 「みんな…無事で…よかった…」

7. 明かされた真実

 光が静かに収束していく。
 銀色の粒子が、まるで夜の雪のように舞い散り、大地を淡く照らしていった。
 深い闇と光の境界が揺らめく中、力を使い果たしたトリアの体がゆっくりと地面に崩れ落ちる。

 その時、闇の中から一つの影が浮かび上がった。
 黒い衣装に身を包んだ闇の魔女ノクテリア、エステルの姿。
 長い髪が夜風に揺れ、鋭い瞳が月光を反射して、夜の静寂を一層深めていく。

 「目を覚ませ」
 エステルの声は、まるで永遠の果てから響くように冷たい。

 「う…」
 トリアは意識を取り戻し、ゆっくりと目を開く。
 「あなたは…?」

 混乱した表情で周囲を見回すトリアに、エステルは一歩も動かず、時を刻むように淡々と語り始める。

 「30年前」
 その響きは空気さえも凍てつかせる。

 「この世界はABYSSという絶望の怪物によって、未曾有の危機に瀕した。
 光の聖女セレスティア・クララは自らの命と引き換えに、ABYSSを封印した」

 トリアは立ち上がろうとして、よろめく。
 まだ体の震えは収まらない。
 手足の感覚がなく、心臓の鼓動だけが異様に大きく響いている。

 「その時、魔術師教会エニグマが彼女の魂を捕らえた」

 エステルは感情を微塵も交えず、淡々と事実のみを告げる。

 「そして、15年の歳月をかけて人工転生を実現させた。その転生体が、お前だ」

 「わた…し?」

 トリアの声が震える。
 「そんな…」

 その時、シルヴェスターの声が闇を切り裂いた。

 「トリア!」

 マキシマスとキャシディを伴って、シルヴェスターが姿を現す。
 三人の表情には、これまで見たことのない深い苦悩が刻まれていた。

 「シルヴェスターさん?」
 トリアの困惑が広がる。
 「マキシマスさん、キャシディさん?どうして…」

 エステルは三人の出現に一瞥もくれず、氷のように冷たい声で語り続ける。

 「教会はお前を、対ABYSS用の人間兵器として育てようとしていた。それを阻止するため、シルヴェスターたちはお前をエニグマから連れ去った」
 「嘘…」

 トリアは必死に否定しようとする。
 両手が震え、視界が歪む。

 「嘘ですよね!?」

 シルヴェスターの表情に、深い痛みが刻まれる。

 「トリア…すまない。全て、事実だ」

 絶望がトリアを飲み込む。
 目の前が霞んでゆく。

 「…じゃあ、私を…私を、みんなでずっと騙していたの!?」

 トリアの頬を熱い涙が伝う。
 その一粒一粒が、月明かりに銀色に輝いていた。

 「違うわ!」

 キャシディの声が夜の闇を切り裂く。
 トリアははっと目を見開く。
 これまでの15年間、キャシディの口から、こんなにも感情的な叫びを聞いたことはなかった。

 「あなたは…」
 キャシディの声が震える。

 「あなたは私たちの本当の娘よ!」

 キャシディの目には、一人の母親としての深い愛情と悲しみが満ちていた。

 「トリアちゃん」
 マキシマスが一歩前へ出た。
 その声には、父としての揺るぎない強さが秘められていた。

 「あの日、私たちは誓ったんだ。君を、絶対に人間兵器などにはさせないと」

 「あなたを、心からの愛情を持って育てよう」

 キャシディが続ける。
 涙で声が途切れそうになりながらも、強く語り続ける。

 「マキシマスとそう誓い合って、孤児院に迎え入れたの。あなたを守るため…あなたに、本当の家族の温もりを与えたくて…」

 震える声で、キャシディは続けた。
 「初めてあなたを抱いた時から」
 キャシディの声が詰まる。

 「あなたは私の大切な娘だった。他の子たちと同じように…いいえ、もしかしたらそれ以上に…あなたの笑顔に、私は救われてきたわ」

 キャシディの言葉に、トリアの心の中で様々な記憶が蘇る。
 幼い頃に熱で寝込んだ夜、キャシディが一晩中傍らで手を握っていてくれたこと。
 転んで膝を擦りむいた時に、優しく手当てしてくれた手の温もり。
 美味しい食事を分け合った、孤児院の皆との暖かい団らん。

 「でも私は…」
トリアの声が掠れる。

 「私は本当の人間じゃ…」

 「違う!」
 シルヴェスターの声が響く。
 その声には魔術師協会エニグマの魔の手よりトリアを救い出してからの、15年分の想いが込められていた。

 「お前は紛れもなく、人間だ。そして私たちの娘だ。血の繋がりよりも大切な、娘だ」

 マキシマスが静かに頷く。

 「トリアちゃん、覚えているかい?君が初めて『お父さん』と呼んでくれた日のこと。あの時の喜びは、今でも僕の心に深く刻まれている」

 夜風が吹き抜け、光の粒子が舞い上がる。
 まるで15年分の記憶が、目に見える形を作っているかのようだった。

 エステルは冷たく事実だけを告げる。
 「お前の中に眠る力が目覚めた今、もう後戻りはできない。これが現実だ」

 その無機質な声はもう、トリアの心には届かなかった。
 彼女の目には、確かな愛情で結ばれた家族の姿があった。

 キャシディが両手を広げる。

 「あなたは私たちの娘。それは、永遠に変わらない真実よ」

 トリアの頬を、新たな涙が伝う。
 だがそれは、もはや悲しみの涙ではなかった。

 「お母さん…!」

 その言葉と共に、トリアはキャシディの胸に飛び込んだ。
 マキシマスとシルヴェスターも寄り添い、四人は固く抱き合う。

 月明かりの下、光の粒子は静かに舞い続けていた。
 それは新たな真実を祝福するかのように、家族を優しく包み込んでいた。

8. Destrion計画の発覚

 停止した列車の最深部、ロイは行き止まりの部屋の前で足を止めた。
 「ここだ」
 厳重に施錠された扉の向こうには、シャドウベインの重要機密が隠されているはずだった。

 「どうする?」
 ニコラスが問いかける。

 「ハロルド」
 ロイが通信機を手に取る。

 「最深部の扉を発見した。電子ロックの解除を頼めるか?」

 「了解です」
 ハロルドの声が応じる。
 「まず構造を解析…ん?これは?」
 「どうした?」

 「通常の電子ロックの下に、別のセキュリティが組み込まれていますね」
 ハロルドの声に緊張が混じる。
 「デジタルな反応じゃない。まるで何か…生きているような波形です」

 ロイは一瞬考え込む。
 「ユージーンに連絡を」

 ユージーンはシルヴェスターとマキシマスを伴って到着した。
 「魔術による封印だな」
 シルヴェスターが扉に手をかざして確認する。

 「片方が解ければもう片方が自動で施錠する。非常に高度な術式だ」

 「二重ロックか」
 ニコラスが呟く。

 「では」
 マキシマスがハロルドに向き直る。

 「同時に解除を試みよう、ハロルド。電子ロックと魔術封印、両方を同時に解除するんだ」

 ハロルドのキーボードを叩く音と、マキシマスの詠唱が重なり合い、扉が静かに開放される。

 中には大型のサーバールームが広がっていた。
 壁一面を覆うモニター群が青白い光を放っている。

 「破損したデータを確認」
 ハロルドが素早くキーボードを操作する。

 「でも、またですか…」
 「同じ構造だね」

 マキシマスが頷く。
 「データ自体にも二重の保護がかけられている」

 「ええ」
 ハロルドは画面に映る波形を指差す。
 「通常の暗号化の上に、魔術による封印がかかっています。片方だけ解除しても、もう片方がロックし直して、データは読み取れない」

 「厄介な仕掛けだ」
 シルヴェスターが腕を組む。
 「科学と魔法、両方の知識がないと解読できないようになっている」

 ハロルドとマキシマスによる解読作業が始まった。
 ハロルドがハッキング技術で暗号を解読しながら、同時にマキシマスがその先にある魔術の封印を一枚一枚剥がしていく。

 「見えてきたぞ!」
 ハロルドの声が上がる。
 「データの全容が…!」

 大型モニターに次々とファイルが表示される。
 そして、ある一連のデータに、全員の表情が凍る。

 「Destrionデストリオン計画…?」
 ハロルドが目を凝らす。

 「これは…」
 シルヴェスターの声が震える。

 「まさか…」
 データの中身が明らかになるにつれ、部屋全体の空気が重くなっていく。

 「ABYSSの…再現?」
 ユージーンが絶句する。

 詳細な資料が次々と表示される。
 シャドウベインは違法薬物の取引を表向きの活動として、真の目的を隠していた。
 この特殊列車は、彼らにとっての移動式金庫だったのだ。

 「30年前の大災害を人工的に再現する」
 マキシマスが静かに告げる。

 「成功すれば、シャドウベインは人類が未だかつて手にしたことのない軍事力を得ることになる」

 「つまり、世界の支配者として君臨する…か」
 ロイの声が低く響く。

 「それだけは阻止しなければならない」
 シルヴェスターが声を絞り出す。
 「絶対に…」

 「ああ」
 ロイが強く頷く。
 「俺たちの本当の戦いがいま、始まったということだ」

9. チーム「TRANSCENDA」の結成

 全てのメンバーがNexusの作戦室に集結していた。
 サーバールームで発見したDestrion計画のデータが、中央モニターに青白い光を放ち、部屋の空気を重くしている。

 クインシーは壁際で腕を組み、無言で床を凝視していた。
 Destrion計画の漏洩、この事実を組織に報告しなかったという事実は、シャドウベインへの裏切りを意味する。

 裏切り者の末路を知り尽くした彼の背筋が、恐怖で凍り付く。
 止めどなく脳裏に浮かぶ残虐な処刑の光景。
 見せしめとして、およそ人間として考え得る限り最も残酷な方法で命を絶たれる同僚たちの姿を、彼は何度も目にしてきた。

 だがもう一方の選択肢の先には、ハロルドの拘束と仲間たちの死が待ち受けている。
 今からでも遅くない、仲間の…トリアの命を組織に売り渡す。
 代わりに自分の命が助かる。

 その想像もまた彼の心を苛む。
 表情を取り繕いながら、クインシーは自分を追い詰める思考との戦いを続けていた。

 ロイが立ち上がり、作戦室の空気が一瞬で引き締まった。

 「今回の作戦で分かったことがある」

 全員の視線が彼に注がれる。

 「我々は、想像以上に巨大な敵と対峙することになった」

 ロイは断言する。

 「シャドウベインは単なる犯罪組織ではない。世界の支配すら企てる、巨悪犯罪組織だ」

 静寂が室内を支配する。
 モニターの光が、メンバーの緊張した表情を青く照らしている。

 「しかし、同時に確信も得た」

 ロイの声に力が込められる。

 「我々は、それぞれに異なる能力や経験を持っている。その力を組み合わせることでどれほどの可能性が広がるか、今回の作戦で実感できた」

 「ロイさん」
 トリアが声を上げる。
 「私にも、何かできることはありますか?」

 「ああ」
 ロイは静かに頷く。

 「俺たち一人一人が、かけがえのない存在だ」

 クインシーの胸が痛む。
 かけがえのない存在、その言葉が彼の苦悶をより深めていく。

 「これからの戦いでは」
 シルヴェスターが重々しく声を発する。

 「状況に応じて、各々が持てる力を最大限に発揮する必要がある」

 「そのためにも」
 ロイが声を上げる。

 「提案がある。我々全員で、新たなチームを結成しよう」

 「新しいチーム?」
 ハロルドが身を乗り出す。

 「NexusとBE-COOL、そしてシルヴェスターたち。全員の力を結集した、新たなチーム『TRANSCENDAトランセンダ』の結成だ」

 「TRANSCENDA…」
 ユージーンが静かに反芻する。
 「いいネーミングだ」

 ニコラスも無言で頷く。

 「俺は賛成です」
 ハロルドが即座に答える。
 「僕たちの力で、必ず道は開けるはずだ」

 クインシーは喉が締め付けられるような感覚に襲われた。
 だがそれを表には出さず、あえて明るく振る舞う。
 「よし、やってやろうぜ!」

 「TRANSCENDAか。その名は、限界の超越を意味するな」
 シルヴェスターが静かに頷いた。
 「シャドウベインの支配を超え、アビスの影を乗り越える決意を象徴している」

 「シルヴェスター、どうだ」
 ロイが問う。

 シルヴェスターはマキシマス、キャシディと視線を合わせ、三人で静かに頷く。

 「ああ、共に戦おう」
 シルヴェスターの声には確かな決意が宿っていた。

 クインシーは薄明かりの中、トリアとハロルドの姿を見つめる。
 選択の時は刻一刻と迫っている。
 どちらを選んでも、取り返しのつかない結末が待っているのだ。

 「決まりだな」
 ロイが全員を見渡す。

 「これより我々は、チーム『TRANSCENDA』として戦う」

 朝日が地平から昇り始め、その光が作戦室の窓から差し込んでくる。
 世界の命運を決める戦いが、今、始まろうとしていた。


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