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シルヴェスター第5章:セレスティア・クララ

導入

チームTRANSCENDAが列車襲撃作戦で入手した機密情報が衝撃的な事実をもたらす。だが時すでに遅し。未曽有の力を持つ怪物ABYSSにより、世界は滅亡する。

一方、記憶を失い、静かな修道院で暮らすクララ。
彼女の側には献身的な見習い魔術師アレフがいた。
平穏な日々の中、二人の間に特別な感情が芽生え始める。

世界の運命は、いま再び大きく動き出そうとしていた。

1.世界の滅亡

深夜、チームTRANSCENDAの本拠地。
メンバーたちは列車奇襲作戦で入手したDestrion計画の資料を解読し終えたところだった。
誰もがその顔に濃い疲労の色を浮かべていた。
ユージーンが声を上げた。
「どうやら、予想以上に事態が深刻だ」

ロイが眉をひそめる。
「どういうことだ?」

マキシマスが答えを引き継いだ。
「ABYSSの復活が想定よりもはるかに早い。このままでは…」

その時、突如として地面が激しく揺れ始めた。
棚から書類が落ち、電灯が揺れる。

「何だ!?」
ニコラスが叫ぶ。

キャシディの顔が蒼白になる。
「まさか、こんなに早く…」

轟音と共に、建物の壁が崩れ落ちた。
そこに現れたのは、巨大な影。
30年前の大災害の元凶、ABYSSだった。

「くそっ!」
クインシーが叫ぶ。
「まだ何の準備もできていないのに!」

トリアは恐怖に震えながら、シルヴェスターの袖を掴んだ。
「シルヴェスターさん、もしかして…?」

シルヴェスターは毅然とした態度を保っていたが、その声には焦りが混じっていた。
「トリア、私が必ず守る。みな急いで避難を…」

しかし、その言葉は途中で遮られた。
ABYSSの放つ強烈な光線が、一瞬にして建物を貫いたのだ。

眩い閃光と共に、激しい衝撃波が走る。
チームTRANSCENDAのメンバーたちは、抵抗する間もなく吹き飛ばされた。

シルヴェスターは咄嗟にトリアを抱きしめ、自分の体で覆った。
「トリア!しっかり掴まっ…」

しかし、ABYSSの攻撃の威力は想像を遥かに超えていた。
二人の体が宙に浮き、激しく壁に叩きつけられる。

「ぐっ…」
シルヴェスターは痛みに顔をゆがめながらも、トリアを離さない。

トリアの意識が遠のいていく。
「シルヴェスター…さん…」

街全体が一瞬で炎に包まれ、建物が次々と崩壊していく。
人々の悲鳴が響き渡るが、それもすぐに炎に飲み込まれた。

シルヴェスターとトリアの体が地面に横たわる。
シルヴェスターは最後の力を振り絞り、トリアの手を握った。

「トリ…ア、生き…て…」

その言葉を最後に、シルヴェスターの意識は闇に落ちていった。

トリアも、意識が薄れゆく中で、不思議な声を聞いた。
優しく、どこか懐かしい女性の声。

「命を繋いで、未来を見届けて」

その言葉はトリアの心に深く刻まれた。
そして、全ての感覚が闇に飲み込まれていった。

トリアとシルヴェスターは同時に絶命した。

突然のABYSSの出現。
その圧倒的な力の前に、チームTRANSCENDAは何もできないまま、世界は一瞬にして滅びた。

2.セレスティアの目覚め

朝の日差しが差し込む静かな部屋。
彼女は天井を見上げた。
柔らかな布団の感触と、どこか懐かしい香りが鼻をくすぐる。
彼女はゆっくりと目を開けた。

「ここは…どこ?」

彼女は混乱した様子で周囲を見回す。
見知らぬ部屋、見知らぬベッド。
自分が誰なのかさえ分からない。

「私は…いったい?」

その時、傍らで声がした。

「…クララ様?」

声の方向に振り向くと、一人の少年が彼女をじっと見つめていた。
あどけない顔つきの少年は、彼女と同じくらいの年齢に見える。
目が合った瞬間、少年の表情が一変した。

「クララ様!」
少年は声を震わせながら叫んだ。
「目を覚ましてくださったんですね!」

少年は彼女の手を取り、涙をぼろぼろこぼしながら喜びを爆発させた。

「よかった…本当に、よかった…」

彼女は困惑しながらも、少年の手を握り返した。
「あの、私は…?」

その時、部屋のドアがゆっくりと開いた。
入ってきたのは、やはり彼女と同じくらいの年頃の少女だった。

少女は無表情のまま部屋に入り、冷静な声で言った。
「クララ、目覚めたようだな」

彼女は首を傾げた。
「…クララ?それは私?」

少女は顔色一つ変えずに答えた。
「そうだ。クララ、お前は1ヶ月もの間、意識不明だった」

少女は淡々と続けた。

「私はエレナ、お前の対となるノクテリアだ。そこにいるのはアレフ、お前の側仕えの見習い魔術師だ」

アレフは頭を下げながら、まだ涙を拭っていた。
「クララ様、本当によかった…」

エレナは冷静にクララを観察した。
「ふむ、記憶喪失の症状を呈しているようだな」

困惑した表情で彼女は言った。
「ごめんなさい…何も思い出せないの」

エレナは感情を込めることなく言った。
「心配するな、記憶は時間と共に戻る可能性がある。今は休息を取るがいいだろう」

アレフが付け加えた。
「クララ様、何か必要なものがあればいつでも仰ってください。私がすぐに用意いたします」

彼女は戸惑いながらも、とりあえず二人に礼を言った。
「ありがとう…エレナ、アレフ」

エレナは無感情に頷いた。
「私はノクテリアの務めに戻る。何かあれば報告してくれ」
と言い残して部屋を出て行った。

部屋に静けさが戻り、彼女は再びベッドに横たわった。
目を閉じると、どこか懐かしい声が聞こえたような気がした。

「命を繋いで、未来を見届けて」

彼女は再び深い眠りに落ちていった。

3.新しい生活

午後の日差しが差し込む静かな部屋で、彼女はエレナと向かい合って座っていた。
窓から入る柔らかな光が、二人の間にある小さなテーブルを照らしている。

エレナは淡々とした口調で説明を始めた。
「クララ、お前の役割について説明しよう」

彼女は無表情のまま頷いた。
「わかりました」

「ここには数多の世界が存在する。そしてここは全ての世界の上位に位置する場所だ」
エレナは手を広げ、空中に複数の光の球体を作り出した。
それぞれの球体が異なる世界を表しているようだった。

彼女はそれを観察した。
その不思議な光景に対しても、彼女は特に反応は示さなかった。
エレナは続ける。

「セレスティアとノクテリアは、これらの世界の調和を保つ存在だ。通常はこの修道院で祈りを捧げ、世界の均衡を見守る。そしてどこかの世界がセレスティアとノクテリアを必要とした時、我々はその世界に降臨する」

そしてエレナは一瞬言葉を切った後、異例の事態について語り始めた。

「我々は先日、聖女と魔女としての使命を帯びて、とある世界に降臨した。しかしお前は帰還後も意識を取り戻さなかった。1ヶ月もの間、眠り続けていたのだ」

彼女は表情を変えずに応答した。
「そうでしたか」

エレナは少し強調するように続けた。

「通常、帰還した我々が記憶を失っていることはない。お前の記憶の欠落は、我々にとっては前例のない事態だ」

彼女は静かに頷いたが、その言葉の重みを感じ取ることはできなかった。
エレナは彼女の反応を観察しながら言った。

「お前の状態は極めて異常だ。皆がお前を心配している。だが時間と共に元の状態に戻る可能性もある」

「わかりました」
彼女は淡々と答えた。
しかし、その言葉に込められた意味を本当に理解しているようには見えなかった。

「他に質問はあるか?」
エレナは立ち上がった。

彼女は首を横に振った。
「今はありません」
エレナは無言で頷き、部屋を出て行った。

一人になった彼女は、窓の外を見つめた。
鮮やかな緑の庭園が広がり、遠くには祈りの塔が見える。
その光景に対しても、やはり特別な感情はなかった。

彼女は静かに呟いた。

「クララ…私の名前」

エレナにそんな話を聞かされても全く実感は湧かなかったが、とりあえずこの場所で「クララ」として生活していくことを彼女は決めた。

4.側仕えのアレフ

静かに朝日が差し込む。
クララの瞼がゆっくりと開いた。
ベッドの傍らには、いつものようにアレフが控えていた。

「おはようございます、クララ様」
アレフの声は柔らかく、優しさに満ちていた。

クララは微笑みながら応答した。
「おはよう、アレフ。今日も素敵な朝ね」

アレフは慣れた手つきでクララの身の回りの世話を始めた。
洗顔の後、長く美しい銀髪を櫛でとかす。
朝食の準備をし、その後に修道服を整える。
その一つ一つの動作に、深い愛情が込められているようだった。

「本日の予定をお伝えします」
アレフは静かに話し始めた。
「午前中は祈りの時間、午後からは沐浴と庭園の散歩がございます」

クララは頷きながら聞いていた。
「ありがとう、アレフ。あなたのおかげで何も困ることがないわ」

アレフの献身的な世話のおかげで、クララは何不自由なく日々を過ごしていた。
ただ、目覚める前の記憶が戻ることはなかった。

クララは庭園で花を愛でるのが好きだった。
「ねえアレフ、この花の香り、とても素敵よ」
クララが無邪気に笑顔を向けると、アレフは顔を赤らめ、視線を逸らした。
「…はい、本当に素晴らしい香りです」

やがてクララはアレフの様子に違和感を覚えるようになった。
「アレフ、どうしたの?最近、私の顔を見てくれないわね?」
アレフは慌てて答えた。
「いえ、そんなことは…」
彼の頬はなぜか紅潮していた。

日々が過ぎ、アレフの様子はますます落ち着かなくなっていった。
クララが話しかけても、彼は視線を合わせようとせず、日に日に言葉少なくなっていった。
そして憂いに満ちた悩ましげな表情が増えていった。

そしてある朝、アレフは決意に満ちた表情でクララの前に立った。

「クララ様、申し上げます」
アレフの声は落ち着き払っており、強い意志が感じられた。

「本日をもって、私は側仕えの任を辞させていただきます」

クララは驚きで目を見開いた。
「何故ですか?アレフ、何かあったの?」

アレフは固く口を結び、視線を落とした。

「理由は申し上げられません。ただ、私にはもはやこの任を務めることは叶いません」

クララはアレフの表情に秘められた強い決意を感じ取った。
彼の瞳には、言葉にできない想いが溢れていた。

「わかったわ、アレフ」
クララは静かに頷いた。
「あなたの決断を尊重します。でも、寂しくなるわね」

アレフは深々と一礼し、誇りをもって最後の言葉を告げた。

「クララ様。離れていても、私の想いは永遠に変わりません。どうかお元気で」

クララは微笑みながら答えた。

「ありがとう、アレフ。これまでのあなたの献身に心から感謝しています。どうか幸せになってね」

アレフは凛とした足取りで立ち去った。
その後ろ姿を、クララはずっと見つめていた。

アレフが去った後も、修道院の日々は以前と変わらず続いた。
しかしクララの心の中には、大切な何かを失ったような寂しさが去来していた。

セレスティアとして祈りを捧げる時、クララは無意識のうちにアレフのことを思い出していた。

「アレフ、いまどこにいるのかしら。どうか、幸せに暮らしていてくれますように」

その祈りには、クララ自身も気づいていない温かな感情が込められていた。


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