海に残りたい
ショウコ
「人間はみな、同じです。みんなみんな、同じです。目が二つあって、耳が二つあって、手も二本あるし、鼻は一つだけど、足は二本。この地球上にいる人間は、すべてがみんな同じなんです。なのに、瞼の線の数が一本だとか二本だとか、鼻の穴が小さいだとか大きいだとか。そんな細かいところをぐちぐち言って・・・はっきり言って贅沢です。贅沢な生き物です。そして残念ながら私も、その生き物です。」
ショウコ
「(思い切り息をすって)実は私、潮のにおい、結構苦手なんです。・・・え?なんで潮のにおいが苦手かって?それは、私の家族、毎年ゴールデンウィークになると、海に行って、潮干狩りをするんです。ビーサンに履き替えてスコップとバケツを手にもって、海の中に入っていって、きゃぁー、冷たーい!気持ちー!・・・ってなると思うでしょ?でも、これが実はものすごくぬるいんです。奥の方に入れば少しは冷たいんでしょうけど、私、別にそんな完全装備!とかじゃないんでそんな奥には入れません。ぬるい浅瀬であさりを拾って、ある程度採ったら「よし、一回休憩」って思って砂浜に戻るじゃないですか。その時になんとなく足元を見ると、なんととんでもないものがあるんです。なんだと思います?それはですね・・・。」
ショウコ
「ワカメです!!!ワカメが私の足という足に巻き付いているんです!!そのぬるぬるさと言ったらもう表しきれないくらい気持ち悪くて、もう一回海に入ってこうやって波で足のワカメを振り落とそうとするんですけどね?これがなかなか取れないんですよ!やっと取れたと思って上がろうとしたら、その一瞬のうちにまた新しいワカメがくっつくんです!こうやって!ワカメが!ぬる~って!」
ショウコ
「(呼ばれて)・・・今、行きまーす!・・・もう、せっかくいいところだったのに。あの人。私がこうして話しているといつも邪魔をしてくるんです。まぁ、それは置いておいて、さっきの話の続き!そのワカメがですね、私の足にアプローチしてくると、それに続いて小さいカニさんまで・・・って、あーもう、ごめんなさい!またやっちゃった・・・。悪気はないんです!決して君の話を無視してるとか、そんなんじゃないんです!ただ私、一度口を開くと止まらなくなるっていうかなんというか・・・。」
ショウコ
「私、昔からひとりごとが多いんです。自分の思ったこと、感じたこと、全部全部話したくなっちゃう。今日はこんなことがあったんだよ!明日はきっとこんなことが起こるよ!こんなに楽しいこと、自分だけ知ってるなんてもったいない。だからこうやって話す!話す!話す!そう、話して話して話して、それでやっと・・・。」
ショウコ
「そうしてやっと、私は初めて自分を感じるんです。」
ショウコ
「あなたに、あなたに、見渡す限りのこの広い海に!こうやって一つ一つの言葉を誰かに届けるように話したい。ひとりごとじゃないんです。ふたりごとなんです。ううん、二人よりもっと多い。だってここにはたくさんの人がいる。海がある。あなたも、あなたも、あなたも!みんなみんな、同じ人間であるあなたに!こうして、自分の言葉で、手ぶりで、表情で、体で!すべてを受け取ってほしい。」
ショウコ
「君がどう思ってるかなんて、この際どうでもいいんです。あっ、勘違いしないで!無視してるわけじゃないの。でも、私の言葉を話すのに、君の言葉は必要ない。私一人の言葉で十分なんです。私のこの言葉で、何を思うのか。ただそれだけが知りたい。だから話させてほしい。伝えさせてほしい。私がこうして何かを話し続けるのも、何かを伝え続けるのも、全部全部自分のため。嫌ならどうぞお帰りください。今すぐ出ていけばいい!波を荒らげるがいい。たとえこの海がわたしを呑み込もうとも、私は変わらず話し続けるから!」
ショウコ
「・・・私は、いつだって一人だった。自分の気持ちを誰かに伝えるのが苦手だったから。だから私はこうして大して知りもしない君に話しかける。返事のない海に話しかける。そうやって、自分を探すんです。そう、こうして話すだけで、伝えるだけで、書くだけで自分が形作られてゆく・・・。」
ショウコ
「そうです、ひとことで言えば、自己満足です。でも、世の中の劇って、全部そうじゃないですか・・・?演じ続けられる有名な演劇も、テーマ性の強い創作劇も、全部全部、その人が君たちに一方的に押し付けているだけのこと。これのどこが素晴らしいって言うんですか?何にも素晴らしくなんかない。好きなようにしゃべって、勝手に問題をぶつけて、たいていは答えを出さないまま劇は終わる。そんなの、そんなのあんまりだ・・・。」
ショウコ
「でも、その人もきっと、自分を探している。私には分かります。だって私がそうだから。しゃべり続ける、伝え続ける。目を見続ける。それと同じように私は!!」
ショウコ
「自分を、描き続けるんです。」
ショウコ
「書いても書いても答えは出ない。書いても書いても終わらない。どれだけ書いたって出来上がったものは結局、自分の言いたいことの1にも満たない。それでも、書き続けることで自分の中の答えが、きっと出ると信じて書く。だって私にはそれしかないから。どうしたら伝わるのか。その問かけの連続が私の指を動かす。私の目に涙を溜めさせる。伝われ、伝われ、伝われ!」
ショウコ
「でもっ、・・・伝わらないっ・・・。」
ショウコ
「その落胆の繰り返しが、また私を呼び起こす。だって、私の頭の中で君がこう叫ぶから!懸け、駆け、架け、賭け、掻け、書け!耳を塞いだって聞こえてくる。嫌というほど頭の中に響いてくる。もう何も私に命令しないでほしい。でも、それでも君がそう叫ぶから、だから、だから私は、懸いて、駆いて、架いて、賭いて、掻いて、書いて!そうやって!そうやって私は!!」
ショウコ
「自分の証拠として、いつまでも抱きしめる。これが、自分の生きている証拠だと。うまく言えない自分の気持ちだと。今にも消えてしまいたいほど薄い自分が、まだこの世に生きている証拠だと・・・。」
ショウコ
「あぁ、今日も、生きている・・・。」
ショウコ
「(呼ばれて)・・・。はーい、今行きまーす・・・。もう、時間みたいです。ごめんなさい、また私ばっかり喋っちゃいましたね・・・。すみません。」
ショウコ
「(振り返って)・・・。君が。君がいてくれてよかった。君が、私を生かしているから。君の中に、君の心の中に、いつまでも残り続けることができるよう、私は今日も書き続けますね。」