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わたし一人のものには、したくない


ねぇ、スマホを置いて。
わたし一人のものには、したくない...。


ほんのひととき、会話を交わした男性が「よかったら、どうぞ」といってくださったのは、5つの里芋。私は見た瞬間、思わず「うわ、大きい!」と声が出た。

掌にのせた里芋を眺めていると、里芋に込められた想いが伝わってきた。土のついた表面は、ピンッと張っていて、素直にまぁ〜るく大きな里芋に育てられている。あの男性の手で育てられたぬくもりは、私にとって、ただの食材ではなくなった。

キッチンにそっと置いた夜、私の心は弾んでいた。

"この里芋で何を作ろう"

いもたき、煮物、明太マヨのサラダ、里芋だけのコロッケ。でも、それでは子どもたちはあまり食べてくれない。

ふと、ハンバーグやグラタンが好きな子どもたちの顔が浮かぶ。ミンチを入れたら食べてくれるかもしれない。そう思って、私はミンチを入れた『里芋コロッケ』を作ることにした。

ミンチの香りに誘われて、「お腹すいた〜」と娘がやってくる。そぼろをひとくち、口に入れると「もっと食べたくなった!」といわれた。その言葉に、心がふわりとほどける。

茹でて皮を剥いた里芋を潰していると「私もやる!」と手伝ってくれた。潰した里芋にそぼろを混ぜ、小さな手がころころと丸める。いつの間にか、料理はふたりのものになっていた。

ねっとりした里芋や、小麦粉、卵がついたふたりの手。でも、「ママ、手、洗ってきて」と娘にいわれた。"一人で作りたい"思いを知って、後ろでそっと見守った。

油の中でカラリと踊る、里芋コロッケ。できあがると、娘はみんなに見せるように両手でテーブルに運んだ。

「どうぞ、どうぞ♪」と娘の瞳が輝く。
「 私が作ったんだよ!」と誇らしげな笑顔。
みんなが食べているのを見て、娘はうれしさ隠せず、「美味しく作ってあげようかなーと思って♪」とも。
娘の想いが、食卓をあたたかく包んでくれた。

娘は、「これで背が伸びるー!」とぐーんと両手を伸ばす。テーブルの真ん中に置いてある残ったコロッケも全部食べようとしていた。

「そんなに食べられるの?」と聞くと、「だって美味しいんだもん!」って笑顔で食べ続けていた。

私と夫は顔を見合わせ、笑みがこぼれる。

「ありがとう」
夫が娘に伝えた。
「ありがとう」
私も娘に伝えた。
娘はニコニコ、喜びが溢れる。

料理が、心をつなぐ。あの方の手のぬくもりも、娘の笑顔も。すべてが食卓に広がって、ほくほくとした里芋のように心がほどけるやさしい夜は、想いつながるうれしい時間になった。

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あなたにとって食事とは?
お腹を満たすだけ?
美味しかったらそれでいい?
スマホを見ながら、ちょっとした休憩時間でもあるかもしれない。

でも、あなたのために作った人がいる。
あなたと一緒に食べている人がいる。
あなたと「おいしい」「おいしいね」「おいしいよ」「ありがとう」って心通わせたい人もいる。

食事とは、誰かの想いを受けとり、大切な人と分かち合うことができる。

あの優しい男性が作った里芋。
小さな手でつくったコロッケ。
ひとつひとつに、想いが詰まっている。

何気ないことかもしれない。
でもね、ちょっとスマホを置いて...

想いつながるこのときを、わたし一人のものには、したくない。



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ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

息子もいつもなら食べない里芋を、1つだけ食べてくれました。娘の楽しそうに作り、うれしそうに食べる姿が、息子の心も動かしたのかもしれません。


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