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デジタル空間における紛争に対する訴訟ファイナンスの可能性について①

1. 問題意識

国内外問わず、デジタル空間における権利侵害が増加しています。クリエイターに対する誹謗中傷、プライバシー侵害、名誉毀損、法人に対する営業妨害、風評被害、情報漏洩などが顕著です。一般市民にとっても、デジタル空間における権利侵害は身近な問題となっています。このような状況下で、最も強制力を持つ裁判手続きが訴訟費用の大きさから利用しにくいのではないかと考えられます。今後、デジタル空間における訴訟ファイナンスの可能性を考えるため、複数回に分けて覚書的に整理していきたいと思います。

2. 現状における権利侵害に対する対処法

デジタル空間における権利侵害に対する対処法として、以下の方法があります
権利侵害行為そのものを消滅させる方法として

①権利侵害を構成している書き込みや情報発信をガイドラインに沿ってプラットフォーマーに申請して削除してもらう方法。

②裁判手続きを利用して削除してもらう方法。

被った損害を回復させる方法として

③発信者情報開示の手続きを利用し、投稿者を特定したうえで損害賠償請求を行う方法。

④刑事手続きを利用し、書き込んだ者の刑事罰を求める方法。

3. デジタル空間における侵害行為に関する各種指標

デジタル空間における侵害行為についての現状の指標を総務省「インターネット上の誹謗中傷への対応に関する政策パッケージ」に基づく取組に基づいて整理していきます。
000896670.pdf (soumu.go.jp)


令和4年度における違法有害情報相談センターに寄せられた相談件数:5,745件(令和2年1月~令和4年12月)

法務省で人権侵犯事件として処理された件数:5,105件(削除要請に対する削除対応率:69.26%)

令和4年1月~12月に寄せられた一般社団法人が運営する誹謗中傷ホットラインへの連絡件数:2,152件(削除率:67%)

おおむね7割近くは任意で削除されていますが、3割前後は削除されていないことが分かります。そのため、権利侵害行為に対する手段として裁判手続きの利用が考えられます。

4. 裁判手続きを利用する場合に必要な費用

弁護士に依頼した場合、最低でも着手金として10万円前後がかかります。さらに、民事保全手続の中で裁判官の判断により担保金として30万円前後を納付する必要があります。担保金は後に戻ってくるものの、削除請求を求める側にとっては大きな経済的負担です。完全成功報酬で受任する弁護士は少なく、デジタル空間における権利侵害行為に関する司法サービスの利用にはハードルがあります。

5. 現状の訴訟資金援助に関連する商品を踏まえて考え得る訴訟ファイナンスの制度

民事保全手続において、損害保険会社が担保金に関連する保証書を発行するサービスがあります。原告が追求する権利の価値が大きければ大きいほど、必要となる担保金も増大するため、訴訟ファイナンスの手段として有効です。しかし、現行の保険制度では、インターネット上の権利侵害に関する担保金の保証は提供されていません。
現状の保険制度の対象は本案の権利の実現を保全するための仮差押えと本案の権利の実現を保全するための係争物に関する仮処分となっています。
つまりここでは民事訴訟の本案の権利関係につき仮の地位を定めるための仮処分が含まれておらず、インターネット上の権利侵害に関して必要となる担保金に関連する保証書の発行サービスは行っていないことになります。内容の複雑さや迅速性の観点から商品化されていないものと考えられますが、このハードルをクリアしてインターネット上の権利侵害に特化した形での民事保全の担保金を保証する保険商品が作られるとこのハードルが一定程度下げられるのではないかと考えています。
 また規制法との関係をクリアにする必要があると考えられますが、完全成功報酬型の訴訟費用の融資サービスも手段としては考え得るのではないかと考えています。
特に初期の利用者の費用負担を軽減し、司法サービスへのアクセスを向上させるという観点では実現すべきサービスだと個人的に考えています。
 賠償請求まで行うことを前提に訴訟の結果得られた賠償金から回収するモデルであると、訴訟の帰趨に関する高い予測可能性審査能力があることを前提に、一定程度の賠償金が得られること、判決主文が得られたとして、それを権利侵害者から回収できることが必要条件になることが想定されます。
事案にもよりますが、多くの事例の賠償金の相場が10万円~100万円の間であることを踏まえると厳密な制度設計を行う必要があると考えています。

今後は規制法や統計についてリサーチした上で訴訟ファンドが認められている海外の事例も踏まえながら検討を進めていきたいと考えています。


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