「純潔は来世まで」第2話

「第2話 優しい思い出」

本文

「てゆうかそもそもあたしが誰かとキスしたり、性行為できんのか。」

朝いちばんに妙な独り言である。

この女30歳という若さで急死。あの世で彼氏探しを始めた恋愛ひよっこの処女だ。

今日はあの世での職場である駅前の花屋さんに初出勤日だ。

別に働かなくても良いんだけど、タダ飯っていうのがどうも許せなかったから働くことにしたのだ。

適当に綺麗に見えるメイクしてさっさと服を着替える。

接客業とか学生時代のアルバイトぶりだ。うまく出来るかドキドキする。

花屋に着くとケイコさんと名乗る細身の上品な女性と強面のマナブさんという男性が出迎えてくれた。

花屋の仕様や業務内容をケイコさんに教わり、さっそく勤務開始した。

「ミスイちゃんってどうして彼氏が欲しいの?」

あたしの転生までに彼氏を探しているという話を聞いたケイコさんが尋ねた。

「いやー、自分の愛し方とか、自分らしい人生とか取り戻したくて。」

あたしが困ったように言うと、ケイコさんは笑った。

「自分の愛し方って、最初は他人が教えてくれるものじゃない?」

ケイコさんが言う。

「花がなんで綺麗なのか知ってる?」

あたしは首を振った。

「ふふ、沢山綺麗って褒められて、いつも愛情いっぱいに育てられるから。だから花自身も自分が綺麗って知ってるの。」

「だから、自分らしく他人のことなんか気にしないで咲いていられるのよ。自分は自分のままで愛されることを知ってる。つまり、自分の愛し方が分かってるってことよ。」

他者からの無条件の愛情が幼少期の愛着形成に必要があることは分かっていた。

けれど、花のたとえ話を聞いて改めてなるほどと思う。

確かに顔があんまり可愛くなくても可愛く生きることが出来ている人ってあたしの周りにもたくさんいた。そういう人たちはみんな自分の愛し方を早いうちから教えられてきた人たちなのだと分かった。

ケイコさんはまた言う。

「愛嬌とか色気も自然と身に着くものだから。それらがあってもなくてもあなたの魅力があなたを輝かせるわよ。」

「どういうことですかケイコさん。あたし、昔から愛嬌も色気もないって言われてきて。女としての魅力が無いんですかね。」

馬鹿ね。とケイコさんが笑う。

「あなた読書家でしょ。話し方で分かるわ。冷静で沢山のことを知ってる。その切れ長で凛とした一重も涼しい顔もあなたの武器。それに、男なんて若いうちは見た目の華やかさや自分の器に守れそうな程度の女にこだわる人が多いからあなたの魅力は過小評価されてきただけよ。」

微笑むケイコさんの言葉で何だか心が軽くなってきた。

オトナ女子って心の余裕がすごいな。あたしもケイコさんみたいな大人になりたいと感じた瞬間だった。

良い人が見つかるといいわね。と告げるとケイコさんは午後の配達の作業に戻ってしまった。隣の部屋のマナブさんも会計処理を終えてケイコさんと合流する。

あたしは接客と花を包む作業の参考動画を眺めながら商品作りの練習をした。

その後、何人かのお客様がやってきた。ご婦人やおじさまが多かったが、ある若い女の子が数10分ほど花を悩んでいた。

あたしは素人だし口は出せないけれど、話を聞くことは出来るかなと思い、話かけてみることにした。

「こんにちは。良かったら一緒に花をお探ししましょうか。」

「はい。お願いします。」

短髪で少しふくよかな化粧っ気のない女の子はうなずいた。

「どなたへのプレゼントなんですか。」

「彼女です。」

おお、と思った。やっぱり記念日なのかな。お花なんてもらったらうれしいだろうな。

「いいですね。やっぱ、薔薇とかにしちゃいます?」

にやけた顔のままあたしが言うとその女の子は困って言った。

「いや、そういうんじゃなくて笑。うーん。」

「スイートピーとかどうでしょうか。優しい思い出って意味ですよ。」

ケイコさんが助け舟を出してくれた。けど、なんで花言葉の意味が過去形の花なんだろう。

「じゃあ、それにします。」

女の子はスイートピーの花にした。

会計後、女の子はそわそわしている。どうしたのだろう。

「何かお困りのことがございますか?」

あたしが尋ねると女の子は申し訳なさそうに言った。

「実は…彼女に会うの緊張しちゃって笑。一緒に来てもらえませんか。」

業務中だし断ろうとするあたしにケイコさんが言った。

「あらあら、いいわよ。ミスイちゃん。応援してきてあげなさいな。」

マナブさんの方を見る。彼はこちらのことにはさほど興味はないようだ。作業に没頭している。

あたしはエプロンを外して、貴重品を身に着け、女の子と花屋さんを出た。

女の子の名前はハルヒというらしい。

「ハルヒさん。彼女さんとはどこで待ち合わせなの?」

「輪廻の輪です。」

「ん、輪廻の輪?」

なんでだろうとは思ったが、彼女と二人で転生するならそこしかないだろうなとは思った。

いや待て、そもそも「輪廻の輪」って何だろう。

「ああ、ミスイさん輪廻の輪っていうのは、転生の為の施設ですよ。」

ハルヒさんによると、役所で手続きをし、輪廻の輪という施設に行けば、転生出来るらしい。

数日前のあたしも転生する気だったから今日あたり転生してただろうなと、ふと思った。

ハルヒさんとバスに乗って、「輪廻の輪」という場所に着いた。

着いてみて思う。なんだ「空港」じゃねえか。

思わず笑ってしまったあたしにハルヒさんはちょっと引いていた。

「飛行機で転生するんですね。」

「そうですね。彼女は今日の12時に日本で出産される女の子になる予定なんですよ。」

あたしはハルヒさんの転生予定を聞こうとした。その時、

「ハルヒ?」

後ろから女の人の声が聞こえた。

振り向くと白いワンピースの清楚なロングヘアの女性が立っていた。

良かった。ハルヒさん彼女さんと合流できた。そう思ったあたしと裏腹に彼女さんの口から零れたのは意外な言葉だった。

「何でいんのよ。もう会いたくないって言ったじゃん。」

「ユカ。これ、最後にあげたくて。」

彼女さんの言葉を無視して、ハルヒさんが花束を渡そうとする。

「要らないわよ!馬鹿女!!」

スイートピーの花束は無残に地面にたたきつけられた。

どうやら修羅場のようだ。こりゃ面倒なことに巻き込まれたらしい。

ユカさんは軽蔑するようにあたしを見て言った。

「私、新しい彼氏出来たから。あんたもそこの芋女がお似合いなんじゃない?」

なんだとこのアマ。と思ったが堪える。ここで看護師時代のお局様の扱いの仕方が役に立つ。

「何してんのユカ。」

あー。まためんどくさいのが増えた。ユカさんの彼氏と思われる男性だ。

状況を整理すると、元カノのハルヒさんが最後に会いに来たが、ユカさんには今の彼氏がいると。

さて、ハルヒさんどう出る。ハルヒさんは引き下がらなかった。

「俺は女の子の体だし。転生後も女の子の体で過ごしたい。そして、その時一緒にいてほしいのはユカ。君なんだ。」

「まじ、キモイ。あんたなんか本当の男じゃないし、寂しさを埋めるための代償手段だったのよ。」

最低だなユカさん。彼氏横にいるのにいいのかよ。

修羅場にドン引きしていると、ユカさんは彼氏を連れて行ってしまった。

ドン。

その場に膝から崩れ落ちたハルヒさんの前には散らかった花弁と綺麗なままの花束が転がっていた。

この状況どうしたらいいんだろう。

静かに涙をこぼすハルヒさんを抱き起し、何だか心配なのでハルヒさんの家まで送っていくことにした。

ハルヒさんの部屋に着く。シンプルで黒が基調の部屋だった。

とりあえず、ソファにハルヒさんを座らせる。

「とりあえずなんか飲みましょう。勝手に見ていいですか?」

キッチンを漁る許可をもらったあたしはホットミルクを作ってハルヒさんに差し出した。

お礼を言って受け取ったもののハルヒさんはホットミルクには口をつけなかった。

そりゃあ、あんなこと言われた後だもんな。

ハルヒさんが大きくため息をつく。その後、覇気のない声で言った。

「体ってそんなに大事なんですかね。」

あたしはどう答えたらいいか分からなかった。人間には性別があって、個人によって恋する見た目も性別も千差万別なことは分かっていた。

「あたしは…男の人に恋するから分かりませんけど…多分愛があれば関係ないんじゃないですかね。」

「…その愛に、俺は裏切られたんですけど。どうやって転生すればいいんですかね。」

悲しそうに笑うハルヒさんの顔を直視することが出来なかった。

今まで恋人候補のことばかりを考えていたけれど、別れる可能性や修羅場のことも頭に入れなきゃいけないことに気づいた。

「ハルヒさん。きっといい人がいますよ。ごめんなさい。こんなことしか言えなくて。」

「長居すると悪いですし、元気になったらまた花屋に顔見せてください。」

あたしはハルヒさんが落ち着いたタイミングを見計らって、ハルヒさん家を後にした。

花屋に戻るとケイコさんが出迎えてくれた。あたしの表情から何かを察したのかケイコさんは何も言ってこなかった。

その日の帰宅後、お風呂であたしは考えた。

だけど、答えなんて見つからなかった。

「優しい思い出…か。」

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