ミスコンで奪われた彼女
沙月と付き合い始めたのは、ちょうど春の暖かさが増してきた頃だった。入学してすぐの新歓イベントで、彼女が現れた瞬間、その場の空気が一変したのを今でも覚えている。長い黒髪がさらりと揺れ、白いブラウスとスカートという清楚な服装が彼女の魅力を際立たせていた。
「橋本沙月(はしもとさつき)です。よろしくお願いします。」
自己紹介をしただけで、会場中の視線を一身に集めてしまう彼女。男子たちは明らかに浮き足立ち、女子たちですら彼女を羨望の眼差しで見つめていた。
そんな彼女と、どうして僕が付き合えたのか、今でも不思議だ。僕は特別目立つタイプでもなければ、スポーツや勉強で誰かに勝てるわけでもない。ただの普通の大学生だ。それでも、ある日勇気を出して告白した僕に、沙月は笑顔で「よろしくね」と言ってくれた。
その日から、僕は間違いなく大学生活の主役になった。キャンパスを沙月と一緒に歩くだけで、周囲の視線が集まる。カフェで二人で座っているだけで、男子学生たちが悔しそうに僕を睨む。そんな反応を見るたび、心の奥底にじんわりとした優越感が広がった。
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「俺って、実は結構すごいんじゃないか?」
そう思わずにいられなかった。沙月の存在が、僕の価値を引き上げているような気さえしていた。彼女といることで、僕は「特別な人間」になったのだ。
だが、僕がその優越感に浸っていたのは、ほんの束の間のことだった。沙月がミスコンに出ると言い出したあの日から、僕たちの関係は少しずつ変わっていくことになる。僕が気づかないうちに――いや、気づいていたけれど、目を逸らしていただけなのかもしれない。
「ねえ、私、ミスコンに出てみようと思うの。」
ある日、彼女――沙月(さつき)は少し照れたようにそう告げた。
沙月はもともと可愛らしく、周りから注目される存在だった。僕が彼女と付き合えたのは、少し運が良かっただけかもしれない。それでも、彼女はいつも僕の隣で笑ってくれていた。
「応援してるよ。」
僕は心からそう言った。彼女の夢を支えるのが恋人として当然だと思ったから。
ミスコンの準備が始まると、沙月は忙しくなった。練習やリハーサル、他の出場者たちとの交流で、僕たちが過ごす時間は少しずつ減っていった。それでも彼女の頑張る姿を見て、僕は誇らしい気持ちになっていた。
ミスコンと同時に行われるミスターコン。そこには各学部から選ばれた男性たちが出場していた。彼らの中でも特に目を引くのが、経済学部のエースと呼ばれる優雅で知的な雰囲気を纏った男、三浦祐一(みうらゆういち)だった。
沙月が彼の名前を初めて口にしたのは、ミスコンとミスターコンの合同イベントの後だった。
「祐一くんってすごいよね。堂々としてて、話し方も上手で……。少し緊張しちゃった。」
沙月の顔はいつになく明るく、どこか弾んでいるように見えた。
「そうだね、すごい人だよ。」
僕は笑顔を作りながらも、胸の奥にかすかな不安を覚えた。
沙月がミスコンに出場すると決まった日、僕は心から応援するつもりだった。
「絶対に優勝できるよ、沙月なら。」
彼女が輝く瞬間を見届けられるのが楽しみだったし、何より恋人として誇らしかった。
けれど、彼女が忙しくなり、会える時間が減っていくのは思った以上に寂しかった。ミスコンの準備やイベントの練習で、沙月は連日遅くまで大学に残るようになり、連絡も少しずつ途切れがちになっていった。
そんな中、僕が彼女の様子を知る手段は、もっぱらSNSだった。沙月の友達や他のミスコン関係者たちが投稿する写真やストーリーには、彼女が笑顔で写っていた。そして、そこには決まって祐一の姿があった。
最初に違和感を覚えたのは、ある練習後の集合写真だった。沙月の隣には、あのミスターコンの出場者、三浦祐一が立っていた。二人は自然に肩を寄せ合い、楽しそうに笑っている。
「お疲れ様!」というキャプションとともに投稿されたその写真を見たとき、僕は画面を閉じる手が一瞬止まった。もちろん、彼女がミスコンに出場する以上、他の出場者たちと交流するのは普通のことだ。でも、それにしても祐一と一緒にいる写真が多すぎる。
次第に、彼女の友達の投稿にも、沙月と祐一が並んで写る写真が増えていった。合同リハーサルの様子を映した動画には、祐一が沙月に何かを教えている場面があり、沙月はそのたびに嬉しそうに頷いていた。僕が知らない彼女の表情が、そこにはあった。
「祐一くんって、話しやすくて頼りになるんだよ。」
久々に会えたとき、沙月がそう話してくれた。けれど、その言葉を聞いても僕は何も言い返せなかった。ただ、頭の中にSNSで見た彼らの姿が蘇るばかりだった。
さらに数日後、祐一が彼女の投稿に初めてコメントを残しているのを見つけた。
「明日の練習も頑張ろう!」
そのコメントに、彼女はハートの絵文字とともに返信していた。それを見たとき、胸の奥がギュッと締め付けられるような感覚に襲われた。
僕がどれだけ彼女を応援しても、祐一との交流は僕の手の届かない場所で進んでいく。写真やコメントで見せつけられるその距離感は、まるで僕だけが置き去りにされているようだった。
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