自分の心の間違いを 悪であるとはっきり指摘されたら…私はどうする
生きている間は 善人を装うことができます。表面的に取り繕って優しい人を演じたりすることもできますし、人に偉そうにお説教を垂れたりもできます。
でも、 心がすべて のあの世に還ったら、生きているときに曖昧であり、まぁ それくらい良いかところ見逃していた自分の心の間違いが 鮮明に浮かびあがってきて 善悪がはっきりと分かれていきます。
その時 反省に入れるなら、天国に帰れる準備が整いますけれども、そうでない場合は 厳しい世界が待っています。
例え、信仰を持っていると言っても、本当の意味で神仏の心から離れていたら、宗教天狗になってしまう。
天使や菩薩といった 愛の心ではなく、ある種の選民思想に陥った信仰だったり、
自分の為に 人に道を整えさせて、人に奉仕することを忘れてしまった人たちです。
自分にも そういった 心の傾向……やはりあると思わざるを得ません。 人に愛を与えるよりは貰う方を優先していたくせに その教えに帰依していると 上っ面だけで良い子のフリをしてきたかもしれないと思う。
生きている間に ハッキリと自分の「悪」に気がついて修正をかけられた人は幸いです。
世の中には、悪事を犯して、罪に問われること無く逃げおおせる人もいます。
例えば 、コロナ患者を受け入れると言って 政府からの補助金をたくさん貰いながら実際には 受け入れてなかったりする病院経営者とかいますし、給付金詐欺を犯すような人も。
そして、刑事告発を受けたり、断罪されたりすること無く 生きている間は逃げおおせて、正直者がバカを見るというようなことが起きているかもしれない。
でも そう 甘くは無いのです。
善悪を曖昧にできない ハッキリと判定されるときが 必ずやって来ます。
映画 呪い返し師 塩子は 霊的世界と 地上の人間の関係も分かる映画にもなっています。
心の過ちは 生きているときに 修正をかけておいた方がいい。
大川隆法総裁の、
「生きているうちに、本映画を観られた方は幸運である。私としては、テレビのチャンネルを全部消して、映画館に来てほしい。」(原作集まえがきより)
おすすめします。
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