【フリー台本】どぶねずみの墓
・一人で朗読することを想定した台本です。
・以前、pixivに投稿していたものを移しました。
・著作権は放棄しておりません。
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・ご使用の報告は自由ですが、頂ければ喜びます。
貧民街に生まれたどぶねずみが猫に騙され、死んでしまう悲しい話です。
どぶねずみがねずみたちから暴力を受ける描写がありますので、ご注意ください。
以下から台本が始まります。
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そのねずみは貧民街に生まれた。貧民街でも「ドブの中のドブ」と呼ばれる場所で生まれたので、他のねずみは寄り付かなかった。いつも独りでゴミを漁り、独りで盗みをはたらき、その日その日の命を繋いでいた。
ある日ねずみがねぐらに帰ると、「なあ」と声がした。「なあなあ」。猫の声である。ねずみは驚いて縮み上がった。それから逃げ出そうとした。しかし、細長い尻尾を猫の前足で踏んづけられてしまった。ねずみは諦めて目を瞑り、じっと死ぬ時を待つことにした。
「なあ、おい。おいおい、おいおい。そんな顔をしなくたっていいじゃあないか。おれは、お前を食い殺しに来たわけじゃあない」
猫は、呑気そうに喋った。ねずみは目を開けて、恐る恐る猫を見上げた。猫は毛が黒く、目は黄色だった。横腹に白いぶちがあった。暗いので目ばかりが目立った。
「じゃあ、何をしに来たの」
ねずみは、小さい声で尋ねた。
「お前と友達になりに来たのさ」
「猫がねずみと友達に? どうして?」
猫は尻尾でぺたんと地面を軽く叩いた。
「友達になるのには、理由は必要ないそうだよ。だけど、必要ないというのは、あってもなくても別にいいってことだよなあ。必要があっちゃいけないとは言ってない。それに、お前は理由があった方がよさそうだ」
猫は、口角を上げて目を細めた。笑った顔に見えた。
「おれは、このへんの野良猫に言って回っているのさ。野良ねずみを食うなって。可哀想だろ。それに、野良ねずみと仲良くなりたいのさ。猫とねずみが仲良くしてるところを見たら、食うなってのにも納得する猫が増えるかもしれない。だから、友達になろう。これでどうだ」
ねずみは喜んだ。生まれてはじめての友達だ。貧民街を端から端まで案内し、食べられるゴミがどれかなどを教えた。猫は昼間の時間をねずみと過ごし、夕方になると自分のねぐらに帰って行った。
あるとき、猫がねずみのねぐらに泊まると言った。ねずみは快諾し、猫の寝床を作った。並んで眠ると温かかった。
その晩の惨劇をねずみが知ったのは、翌朝のことである。貧民街のねずみの半数以上が、野良猫たちに食い殺されてしまったというのだ。
「黒くて横腹に白いぶちのある猫が、大勢の野良猫を連れてきた。お前と一緒にいた猫だ。お前は貧民街を案内していた。お前が手引きしたんだ! お前のせいだ! お前が食われればよかったのに!」
貧民街のねずみたちは揃って、そのねずみを責め立てた。石やゴミを投げつけ、泥をかけた。ねずみは命からがら逃げ出した。
ねずみの噂は貧民街の外にも広まっていた。悪い野良猫に仲間を売って、自分ばかりのうのうと生きている裏切りねずみだと。あいつは裏切りねずみだから猫に食われる心配をしなくていいのだと。
「仲間を売ったことなんかない。仲間になってくれるねずみなんて、いなかったもの」
裏切りねずみは思った。その日は、食べられるゴミを見つけられなかった。ねずみたちが皆、隠してしまったのかもしれない。
「おれはドブの中のドブで生まれたんだもの」
裏切りねずみは次第に、他のねずみを襲い、食べ物を奪って暮らすようになった。強奪を繰り返し、遂には他のねずみたちの手で捕まってしまった。
乱暴された裏切りねずみは、後ろ足が動かなくなってしまった。前足の指も何本か折れた。土の中の小さな洞穴に放り込まれ、何もできなくなった。
穴の入口は塞がれなかった。いつも、ねずみ一匹が通れるほどの穴が空いていた。
「出て来られるものなら、出てきてもいいんだぞ」
ねずみたちはそう言って裏切りねずみを笑った。裏切りねずみは言い返さなかった。もう何かをする力も、何かを言う気もなかった。
死ぬ直前まで、裏切りねずみはその洞穴の中から外を眺めていた。時折、他のねずみが「まだ生きてる」と確認しに来た。
空が曇って暗い夜だった。裏切りねずみは、あの猫のことを思い返していた。横腹にぶちのある、あの黒猫を憎いとは思わなかった。憎む力も残っていなかった。ただ、猫とくっついて眠って温かった晩を、思い出すことだけはできた。
その晩、裏切りねずみは死んだ。裏切りねずみの洞穴は、そのまま土で埋められた。墓が建てられるわけはなかった。
やがてそこに誰がいたのか、皆忘れてしまった。
【終】