優しい劇団『優しい劇団の大恋愛 Volume 3 待ち合わせ島の遠い耳打ち 月光小路で思い出ダンス』〜わけわからんの美学〜
8月3日の昼。友人のスギさんと訳あって(恥ずかしいから書けません俺が悪い)お茶をしていた。
「スギさん、僕この後、優しい劇団観に行くんですよ」
「そうなんだ。」
そうしてスギさんはこう続けた__。
「尾崎さんて、テノール歌手みたいだよね」
尾崎さん、とは『優しい劇団』主宰の尾崎優人氏のことだ
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僕は、東高円寺に向かった。
もちろん、それは『優しい劇団の大恋愛 Volume 3 待ち合わせ島の遠い耳打ち 月光小路で思い出ダンス』を観に行くためである。
尾崎さんは、僕がコンプソンズの感想を書いた時に速攻DMをくださり、優しい劇団の「歌っておくれよ、マウンテン」の映像を送ってくれたのである。
その時、僕は、唐突に自分のLINEのQRコードを尾崎さんに送り付け、半ば無理やり友達になった。
尾崎さんのパッションというか、バイタリティというか、熱さ、には常に驚いている。
尾崎さんの戯曲には『!』がよく使われている。
使われる回数も多ければ、一回の使用量も尋常ではない。
普通に七個とか使ってる時もある
ト書きにも使われている。
『歌っておくれよ、マウンテン』にある、『ズバ!!!!』というト書きは、これまで見てきたト書きの中で、最も、感覚的で、大好きだ。
その感覚の手触りを体感するために、高円寺に行った。
会場に着くと、いつものしるこサンドを半券として渡される。
超満員。
僕は一番前の左端にポジションを取った。
ただただ感動してしまった。
感動、というか興奮であった。
「現代にこのような演劇が存在している!そしてありえないほど面白い!」
興奮するしかなかった。
優しい劇団の魅力は訳のわからなさだと思う。
僕はこれまで優しい劇団の作品を見て、訳がわかったことが一切ない。訳がわからないので「これはこういうことで……」など個人的解釈をつらつらと述べることがむずかしい。
だが、納得するのだ。なぜだか優しい劇団の芝居をみると納得するのだ。腑に落ちる。そこにロジックやレトリックなどない。用意する必要もない。
だって訳わからないから。
優しい劇団の演劇には、そのような、文脈とか批評性とかを大きく飛翔したその先に本質があるのだと思う。
そして、その飛翔はあの大声によって遂げられる。
中盤に池田豊氏のソロパワーマイムが挟み込まれる。
どう考えても狂っていた。
体感10分ぐらいパワーマイムだった。
パワーマイムという言葉をメタで捉えられるぐらいの長尺だった。圧倒的超絶技巧で語られる破綻のストーリーは観客をどこかわからぬ地まで連れて行ってくれた。
池田豊氏の噴き出てくる汗の量が行っていることの凄まじさを端的に表現していた。
この劇はシステム上、出番のない役者が舞台上に待機しており、観客はその姿さえ観察できるのだが、池田豊氏のパワーマイムの最中の川合凛氏の表情が素晴らしかった。実際のところ、どうなのかは知らないが、川合さんの池田さんに対する役者としての尊敬と嫉妬心、負けねえぞという好戦ナイズな感情が感じられた。このように、この大恋愛シリーズは演劇の完成の途上を観客が目撃できるため、役者と観客が双方向に絡み合い、劇が「そこ」に起こされていく素晴らしさを実感できる。
私も観劇中、待機中の役者と向かい合うため妙な酩酊感を感じるようになり、これ俺も劇に参加しなきゃなのか……?これ、尾崎さんに「はいじゃあそこのあなた!」って言われたらそれまでだな……という緊張感に苛まれた。
とても素晴らしかった。
トータルして、そのエポックメイキングさに驚嘆し、作劇の無軌道感と出演者の手練れさに大きな刺激を受けた。
終演後、尾崎さんに「おもしろっかったッスよ〜〜」と間の抜けた顔で言ってしまったがそれはわざとだ。
本当は嫉妬で狂いそうになっていた。
一歩間違えたら癇癪を起こし、カンパ箱を奪い去り踏みつけて100万円の笑顔を見せるところだった。
なんやねんこの企画!!人気者がよぉ!!!羨ましいんだよ!!!
東京の劇団がやってるならまだしも名古屋の劇団がこの企画を成立させていることに戦慄を覚える。
そしてそれが超絶面白かったことがどうしても許せなかった。
それくらい優しい劇団に身を託す役者がいる事実が演劇的で素晴らしいし、同時に同世代の者(一応そう思ってる)として同じ地平に立てているのだろうか…という感情になる。
そんな邪念は公演中の出演者の顔を思い出して消し去った。
なにより楽しそうだった。
そこに演劇の根源的快楽を感じた。
自分ではない誰かを、自分ではない誰かと演じる。
その行為にある「一回性」に演劇の面白さは集約されると思う。この企画はそれらを意図的に、そして濃度高めに出力する構造の秀逸さがあった。
あーあ。
私は優しい劇団に勝てるのだろうか。そもそも表現に勝ち負けってあるんだろうか。そもそも尾崎さんの髪型カッコ良すぎないか。一番いけてた時の片桐仁みたいだったじゃないか。尾崎さんと俺の姉同い年じゃないか。じゃあお兄ちゃんって呼んでもいいんだろうか。そしたら馴れ馴れしすぎるのだろうか。今思い出したけど、俺の親父は音大卒で声楽科でパートはテノールをやっていたそうじゃないか。なんなんだ。冒頭の意図せずの伏線回収はなんなんだ。これこそ思い出ダンスなんだろうか。
考えが止まりません。
だから優しい劇団出たいです。
出て、あの訳わかんなさの中にいたいです。
よろしくお願いします。
終わりです。
P.S
2ヶ月以上前に書き始め、今投稿する私の怠惰さをお許しください。かしこ。