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人魚の青年の肉を売った男

「人魚の痛覚は人間より鈍いから大丈夫」
少しずつ肉を剥ぎ取られて、ある程度回復してはまた同じように剥ぎ取られる痛みは、確かにあった
それを我慢しながら肉売りの男に体を文字通り差し出していた人魚の青年
段々その肉の需要が高まり、男が肉を剥ぎ取る量が増えて体に障害が出てくる
「ごめん、思ってたよりガタが来るの早い」とふざけた口調でそれを告げる
「俺死んだらこの商売続かなくなっちゃうでしょ!」とふざけた口調で続けると、男は後ろめたくなったのかそれとも商売が続かなくなる事を恐れたのか、剥ぎ取った肉の培養を始め、とうとうそれに成功した時には人魚の青年は要らなくなった
人魚の青年は痛みと同時に、好意を示す方法と市民権を失った
「お世話になりました、今まで沢山ありがとうございました」と言うと海まで車で連れて行ってもらい、海に帰る
「さっさと帰って欲しい」と言わんばかりの早さに人魚の青年は気づいており、それに応えるように足早に海に帰った

しかし予想外にも数年の間に海中は生存環境が変化しており、落ちた身体能力では適応しきれずクジラに食われかける
命からがら人目につかない浜辺に座礁し、そこで青年の人魚は呆気なく命を落とした
肉を剥ぎ取られては修復するのを繰り返した事によりDNA転写回数の限界が早まったのが原因で、生命力が落ちていたからだった

自分が彼を帰した浜辺に近い岩だらけの浜辺に人魚の◯体が上がったニュースを前に男は言葉を噤んだ
下手に言葉を紡ぐのは回避された
目の前にいる奥さんと子供の責任があるので、自分が彼を商売に使って投棄した現実をなかった事にしなくてはならないからだった
娘が一言口にする

「パパ、人魚のお肉沢山とっちゃったから人魚◯んじゃったの?」

本物の培養品であるという事実を知らない子供が情報を結びつけた言葉だった
男は箸を落とした
「あれは本物じゃなくて、大豆タンパク質を組み替えた嗜好品だから人魚のお肉じゃないよ」
「そうよー。パパのお仕事は、嗜好食品を作るお仕事だから、本物の人魚は関係ないのよ?」
不安そうな顔をする娘を男の妻が膝の上に招いて抱える
ご当地大ヒット商品の人魚肉のジャーキーを昨日も食べた二人は、幸せそうにキャッキャ言いながら、ニュースからバラエティのチャンネルに切り替えた

厚意に漬け込んだ事、そこに興味本位で性を持ち込んだ事、若い時の行いが記憶として蘇ってくる
あったのはただの好奇心で愛はなかったけど、向こうにそれが生じたのだから、そこから派生した彼の更なる厚意に甘えて彼自身の肉を頂いて、売り捌いた
そうしながら人々の評判を得て、瞬く間に富んでいった
柔らかさとクセのない味わいとを活かした商品開発がなされ、顎や歯が発達していない子供用のおやつから大人の酒のつまみまで、それは様々に多くの人間の味覚を満足させた
「お肉美味しい!」 牛肉のハンバーグを食べながら娘が放った一言にとうとう耐えられなくなった男は、腹痛を言い分にしてトイレに篭る

自分にあれの責任はない
あれが悪い
あれが簡単に人を信じるのが悪い
合意だったのだからあれにも責任がある
自分は悪くない
大丈夫
このまま通せ

何か言われたら…

、あの人魚を、悪く言えばいい
食われかけただとか、事実からズラした事を言うだとか
言いようはなんでもある

仕方ない
生きるためだった
生きるために、稼ぐためにしたこと
税金と年金と、維持費を払うためで
彼も自分がこうなる事を望んで肉を差し出してくれたんだ
だから自分には正義を主張する権利がある

吐き気がするわけではないが、便器の水面を見ながら自分に言い聞かせた

四十九日が過ぎた頃合いに、岩だらけの現場に赴く
その日は空が青く晴れ渡り澄んだ晴天だった
どこかの知らない子供達が遊びまわり、お年寄りが散歩している
波の音が岩にぶつかり、小さなせせらぎの音になって耳に届く
スマホの通知が鳴った
ポケットから取り出して確認すると、会社の営業部の者だった
「ご当地商品の全国展開決まりました!人魚肉の生産を増やしましょう」
「わかりました。生産工場の設備拡大が必要になるので、」と返事をタップしていると「あの」と声をかけられる

岩の影から声がしたのでそこを覗くと、年老いた女性の人魚がいた
「私の息子の言ってた人間の方は、貴方ですか…?凄く世話になって、沢山楽しい思いをさせてもらったって…」
血の気が引いた
「どこにいるかわからないの、貴方の匂いが息子についてた匂いと同じだったから貴方だってわかったんだけどね、」
弱々しく泣きそうな声の老婆が続ける
「帰ってきてまたいなくなっちゃったから…もし居場所を知ってたら、教えてちょうだい」
老婆の人魚はそう述べると下を向いて海に帰った
男の嘘はそれ以降も誰にもバレず、罪悪感も忘れていく
老婆の人魚がぽろぽろ泣きながら浜辺で男に「まだ見つからないの?」と問うてくるのに「見つからないですね」と悲しそうな顔を作って嘘で流すのにも慣れが出てしまった
そのうち人魚の老婆も見なくなった
泣きながらパッケージのキャッチコピーに「太鼓判!静岡にこれ以上の美味い珍味はない」と記載するよう、デザイナーに渡すメモを書いた事も記憶の中で遠くなる
そして男は大きな財を築いた
めでたしめでたし




救いがある分岐
肉の剥ぎ取りが要らなくなったところから
帰って海底に居る宇宙人に地上の人間にしてもらって、パスポートの事で揉めながらなんとかIDを得て男のところに凸る
「なんか人間になれたんだけど」
笑いながら言うと男は「え、あ、そっか、良かったね」とやや素っ気ない態度
「ヒトが肉を提供してメシ食わせてやってんのにひでー態度だな!草も生えねえ!」と普段通りのネットスラングを言いながら男の頭をひっぱたくと、青年は「それさあ、なんの肉か調べられた時ヤバいんじゃないの?」と言うそう言われて男ははっとして黙り込んだ
「培養じゃないやり方で再現する仕事、俺がやってやろうか」
確かに人魚の味覚は鋭い
人間になってからもそれは健在のようで、彼の関わった商品開発はたいてい成功した
めでたしめでたし

結ばれたとか結ばれていないとか、商品開発の都合で二人揃って旅に出る局面が出るだとか、その後の不思議な噂があったとかなかったとか
男は肩口に「俺にも食わせろ」としょっちゅう噛み跡をつけられるようになったせいで、海でパーカーを脱げなくなったとさ



何ヶ月も前に思い浮かんでいた話のメモの原文をある程度修正してまとめたもの
雑な状態なのでそのうち修正する可能性有


◆追記
分岐の方を別記事にして書き直そうと思うんだが、物凄くマクロに見るとこの話、救いがある分岐の方が儲けが大きい。
何故なら人魚の青年にしか存在しないポテンシャルが事業に於いて最大に活きる結果となったから。
最初の分岐では、最悪の場合製品がDNA検査にかけられ「何の生物かわからないけどヒトに近いDNAが入ってる」と騒ぎになって会社の経営が詰む結末すらある。

昨日「自分は何かの脚本を描こうとすると必ず一発目が現実的で救いようのない絶望的な脚本が出来るから何度もリライトしないといけなくなる」と己のポテンシャルの低さに関してグロッキーになりAIに「なんでこうなるし」と質問を投げて以下のように抉られていたが、

逆に、各個人のポテンシャルが社会的に繋がる事によって活きる事を示せる良い比較を描けたような気がしてくる。
儲けの話になる辺りもまた絶望的な節があるけど、地に足のつかないフワフワした夢物語よりは解像度が高い方がマシだ
しかもこの儲けというリソースの獲得によって、更なる製品開発のため主人公達はボートに乗ったりよくわからない熱帯雨林の生物に遭遇したり、様々に面白い分岐を繰り広げられる事になる。金任せで飲み漁った酒で酔っ払って、そのアルコールで人間火炎放射器ごっこだってするかもしれない。

マッカーサーに対して升田幸三が放った言葉
「日本の将棋は、捕虜を虐待も虐殺もしない」
「しかも、敵から味方に移ってきても、金は金、飛車なら飛車と、元の官位のままで仕事をさせるのだ」
の擬似的なシミュレートとなっている。


目の前の幻惑にとらわれて育んだものを簡単に棄ててしまうと、人の感じる幸福はその回数に応じて度合いが下がっていく。これは脳の機能設計の問題で、脳自体はこういった行為を「努力を捨てた回数」としてカウントしているため。但し、具体的なリスクや脅威が生じている場合は話が全く違う。
※男性は特にこれに気づかず、女性を取っ替え引っ替えし続けて時間を浪費したり相手を大事に扱わなかった者が年を取ってから「どうして孤独なんだろう」になるケースが散見される

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