成功者になっても、全員からは好かれない

衣食住が満たされ、生活には困らなくなった日本人が欲しいもの。

それは、

「人から認められたい!」

という、承認欲求のような気がするんだよね。


その、わかりやすい代表例はフェイスブックだね。

あれって、自分の日常を、写真と文章をつけて投稿するじゃない。

この作業は、時間も手間もかかるよね。

にも関わらず、1円も儲からないんだよ。

それでも人は、今日も頑張って投稿する。


「それはナゼか?」


やっぱり、他人から「いいね!」ボタンを押してもらいたいんだよね。

そうすると、心が満たされるんだよね。



同じように、

「お金持ちになりたい」

とか、

「有名になりたい」

という動機の一部は、人から、「すごい」と言われたいとか、
「羨ましがられたい」という気持ちがあるんだと思う。


なぜ僕らは、こんなにも人から認められたいのか?

それは、おそらく原始時代の名残だと思うんだ。

人間は当時、群れですごしていたよね。

万一、仲間外れにされ、群れを追い出されたら一大事だよね。

間違いなく、肉食獣のエサになるだろうからね。


だから、周りの人達から認められて、群れで過ごすというのは、
本能的に、安心できるんだと思うんだ。

その原始時代の名残が、今も残っているんだろう。

僕は、企業研修を仕事にしてるんだけど、自分が一生懸命話している事は、
受講者全員に「うん、うん」と納得して聞いてもらいたいんだよね。

そして、1人でも居眠りをしていると、
正直、心がざわつくね。

「一生懸命話しているのに、ナゼ、聞いてくれないんだ?」

と思ってしまうんだ。

自分の事を認めてくれないのを、不安に感じているみたいなんだよね。

でも、全員から好かれたり、賛成されたり、納得してもらう事は
人間には不可能な事だと、自分でも頭ではわかっているんだよ。

人間の中で、一番人気があって、カリスマがある人って誰だろうか?

アイドル・スポーツ選手・大統領、色々な人がいるけど、
その中でも1番は、『イエス・キリスト様』だと思う。

何といっても、生まれてから2千年以上経った今でも、
『信者』というファンが世界にいっぱいいるからね。

ではその人類史上最高のカリスマ『イエス・キリスト様』を
信じている人は、どれぐらいいるか?

調べてみると、世界人口の約30%らしい。

思ったよりも少ないと感じない?

逆を言えば、10人中7人は信じていないという事だもんね。

僕たちの、世界に対する影響力って、『イエス・キリスト様』
に比べると、微々たるものだよね。

文明の利器である、フェイスブックやツイッター、もしくはブログを
使っても『イエス・キリスト様』の発信力には到底かなわないだろう。

つまり僕たちは、どんなに努力をしても、30%以上の人たちから
好かれるという事は無いんだよね。

この事は、知っているだけで気分が落ち着くと思うんだ。


だから僕らは、

「なぜ、こんなに頑張っているのに、みんな理解してくれないの?」

と、悲しくなったり、自信を無くしたりする必要なんて無いんだ。

単に、好みが違うだけなんだ。


好みの違いって、変えられないんだよね。

食べ物でたとえると、世の中、『甘い物』が嫌いな人っているじゃない。

その人には、どんなに有名な職人が作ったケーキでも
「マズイ」って、言われるんだよね。

これは、職人の努力の問題じゃないよね。

単なる好みの違いだよね。

何よりも、「振り向いてくれないのは、自分の努力が足りないせいだ!」と
間違えた解釈をして、人間には達成できるはずがない、やればやるほど
ツラくなる努力をしなくてすむと思うんだ。

「他人が、私の発言に耳を傾けてくれないので悲しくなる」

これは、さっきも言ったように原始時代からの本能
なので避けられないと思う。

でも、この事を知っていれば、必要以上に深刻に受け止める必要は
無くなると思うんだ。


君は誰にでも優しい人だったから、
ひとりも傷つけたくなかったんじゃないかな?

つまり、人から批判されるような事はしたくなかったんだよね。

でも『イエス・キリスト様』の例のとおり、僕らの行動は

100%支持される事は無いんだよね。

「多少、他人から迷惑がられても仕方ないか……」

と割り切るしかないんじゃないかな?

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