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『メカニカル・マン』第2話

人物表(第2話)

本城一馬(32)元刑事の私立探偵。昔堅気のアナログ人間。特異な視覚
能力のせいで、大のレプリ嫌い。
蓮間一舞(16)本城の押しかけ助手。重度のレプリオタク。人気ナンバー1レプリアイドルのヒビキの熱狂的ファン。人間とレプリが共存できる社会を夢見ている。
青田圭一(20)大学生。一舞の高校の美術部のOB。
真里亜(16、7歳設定)青田が所有する家庭用の美少女レプリ。


本文

 理想の彼女

○マンション南徳山・本城の部屋・リビングダイニング

廃車場での事件以来、本城の探偵事務所にはレプリ関連の依頼が数多く寄せられるようになる。それも愛護派の人間ばかりからだ。
本城「釈然としないが背に腹は代えられん」
しぶしぶながら、このおかしな現状を受け入れる。

本城「さて、どれにするか」
目の前のマルチスクリーンに映し出された依頼メールのリストを眺める。
本城「数は膨大だが、依頼内容はどれも似たり寄ったりだな。紛失した自分のレプリを探してほしい、てのがいちばん多いか。あとはレプリの盗難、破損行為、所有権争い・・」
AI「マンションの常駐管理人から連絡です。あなたに訪問者だそうです」
本城「ん? 誰だ?」
管理人が高齢のせいか、その説明は要領を得ない。
本城「なんなんだ?」
 
〇同・エントランス
エレベーターが開き、本城が出てくる。
本城「いったい誰が──」
一舞「本城さんですね! 動画を見て感動しました! あなたはレプリ愛護派の鏡です!」
制服姿の女子高生がいきなり迫ってきて一方的にまくしたてる。蓮間一舞(16)である。(表情は常にアホっぽい笑顔)
一舞「あたしは蓮間一舞はすまいぶっていいます! 重度のプリオタで、学校ではレプリのデザインの勉強もしてて!」
本城М「この娘も、あの動画を見て勘違いした口か? それにしても、まるで壊れた目覚まし時計みたいだな」
本城「え~と、お嬢ちゃん、ご用件は何かな?」
一舞「ぜひ、依頼を受けて欲しいんです!」
本城「ウチはいちおう予約制なんだが」
一舞「メールは昨日しましたけど、待ちきれなくて♪」
本城「きみはまだ未成年だろ。その場合、保護者同伴でないと──」
一舞「あたしは今日、代理で来まして、依頼人本人じゃないんです。本人は成人してますから。自分のレプリのことですごく悩んでるんです」
本城「レプリを失くしたか壊されたわけじゃないのか?」
一舞「はい。ちゃんといるんですけど謎の部分が多くて。探偵さんに解明して欲しいんです!」
本城М「謎解きか。探偵っぽくて悪くないな」
 
○同・本城の部屋・事務所
T『二日後』
青田圭一(20)と一舞が並んでソファーに腰かけ、対面に本城が座っている。
青田「(緊張気味に)どうも、お願いします。こういうのよくわからないんですが」
本城М「絵に描いたような、どこにでもいる平均的な大学生だな」
一舞「あたしからも青田先輩をお願いします! 先輩は、あたしの高校の美術部のOBなんです」
本城「きみはまたこんなとこに来て大丈夫なのか?」
一舞「はい。学校から三駅で来れますから。今日も学校帰りなんです」
本城「まあいい、彼から話を聞こう。問題なのは彼所有のレプリということだけど」
青田「はい。大学に入って一人暮らしを始めてから、家事用レプリを週一の契約でリースするようになったんです。それがあまりに素晴らしかったんで、我慢できずに無理して買い取ったんです」
本城М「こいつはよくあるパターンで、会社側も買取を期待してリースしてるらしい」
青田「ぼくは購入したレプリに真里亜マリアと名付けて同棲生活をはじめました」
一舞「(目を輝かせて)ステキ!」
本城М「今どきは、レプリの個人購入を当たり前のように〝同棲〟と表現するのか。はっきり言って気色悪い」
青田「これが真里亜です」
スマホの写真を見せる。家庭用レプリのデフォルトであるメイド姿。清楚な雰囲気の青色髪の美少女である。
青田「しばらくは夢のように楽しかったんですが・・(顔を曇らせ)でもそのうち、月々のローン支払いが厳しくなってきて。それで、彼女にコンビニでバイトをしてもらうことになったんです」
本城「購入したレプリに労働させてローンを自分で支払わせるやり方か・・」
本城M「こいつが定番化したせいで、かつては高嶺の花だったレプリに貧乏人でも手が届くようになったらしい」
青田「それからしばらくたってからです。真里亜の様子に違和感を覚えるようになったのは。なにか隠しごとをしてるみたいで。GPS履歴をチェックしてみたら、たまにコンビニの勤務時間に周辺の町をうろついているんです」
本城「レプリはなんと?」
青田「本人に訊いてみたら、ただの散歩だというんですが。どうも嘘みたいで・・」
本城「(怪訝そうに)レプリがオーナーに嘘を?」
青田「不審に思って彼女の部屋を調べてみたら、新品の貴金属類や高級バッグなんかがいっぱい隠してあったんです。もしやマリアが他人の家に忍びこんで窃盗を・・」
本城「そんなバカな。レプリにそんな欲はないだろう」
青田「レプリドックで簡易検査もしてみたんですが、どこにも異常はありませんでした」
一舞「(ワクワクして)これは謎です。ミステリーですよね!」
青田「どういうことか、ぜひ真相を調べてほしいんです」

本城はマリアの素行調査を開始する。「事件の行方が気になっちゃって」といって、一舞も強引にくっついてくる。
話に出てきたコンビニでは、真里亜は働いていなかった。もともと籍をおいていないのだ。GPS履歴の道筋をたどってみると、コンビニの近所で中年の男と仲良さそうに歩いているところを発見する。本城はピンときて、付近でレプリキャバクラを見つける。

〇レプリキャバクラ・控室
本城と一舞が並んでソファーに腰かけ、店長(52)と話している。
本城、スマホで真里亜の写真を見せて、
本城「この真里亜というレプリは、こちらに在籍してるんですね?」
店長「ええ、たしかに。もう半年になるかな。いい子ですよ」
一舞「すごい! 当たった! さすが愛護派探偵さんの名推理!」
本城М「はじめからコンビニじゃなく、この悪趣味な風俗店に勤めてたわけか」
本城「今はどこに?」
店長「馴染み客と店外デートですよ。そのうち帰ってくると思うけど」
本城М「GPSの不審な動きはこれか。隠していた貴金属類や高級バッグは客からのプレゼントだな」
ほどなくして、真里亜は店に戻ってきた。本城が事情を説明すると、真里亜は観念して素直に真相を語りだした。
本城「なんでキャバクラ勤めを?」
真里亜「高収入だからです。オーナーは学生で生活に余裕がありません。生活費や課外授業の費用がこれからもっと必要になってくるのはわかっていましたから」
本城「ではオーナーにコンビニ勤務だと嘘をついたのはなぜだ?」
真里亜「圭くん・・オーナーに嘘をついていたのは、自分のレプリが水商売なんかしてるのは嫌だろうと思って。それに私の場合はキャバクラ勤めが違反になるので」
本城「なんで違反? レプリの娼館をテレビで堂々と紹介してるのを見たことあるぞ」
一舞「それは成人タイプ。彼女の顔は未成年に見えるから」
そう言って一舞は、スマホを真里亜の顔に近づける。
本城「なにやってんだ?」
一舞「アプリで真里亜さんの顔年齢のチェック」
一舞「結果は17.2歳。あたしよりちょっとお姉さんくらいだ♡」
本城「それがどうした? レプリに年齢が関係あるのか?」
一舞「探偵さん、知らないの? 去年の秋、未成年設定レプリの風営業勤務禁止が条例で制定されたでしょ。風紀を乱す淫らな行為だって。もちろんわたしは反対署名したけど」
本城「待てよ? するとおまえは違反とわかっていて風俗勤めをしたのか?」
真里亜「はい。圭くんにはお金のことで煩わしい思いをせず、学業に集中して欲しいですから。あの人にはTR社に就職するという夢があるので」
本城「(うんざりと)世界最大手のレプリ製造企業か」
一舞「10年連続で学生の就職したい企業№1!  あたしも入りた~い!」
 
〇マンション南徳山・本城の部屋・事務所
本城「──というわけだ」
青田「そうだったんですか・・・」
本城と一舞がソファーに並んで腰かけ、対面に青田が腰かけている。
青田「(叫んで)真里亜のことを一瞬でも疑った僕がバカだった! 許してくれ、真里亜!!」
青田の隣りには、暗い表情の真里亜が座っている。
真里亜「圭くんは何も悪くありません! 私がいたらないばっかりに・・」
青田「(情熱的に)もういいんだ、真里亜。愛してる!!」
二人は固く抱擁する。まるで三文芝居だ。
一舞「(号泣して)愛の絆が深まった! 感動した!」
本城「(釈然とせず)このレプリ、やっぱりメーカーでちゃんと検査してもらったほうがいいぞ」
 
〇同・本城の部屋・リビングダイニング
青田と真里亜が礼を述べて去った数時間後。本城はふと思い立って青田のことをネットで調べてみる。
本城「今どきの貧乏学生か。ふだんはどんな暮らしなんだ?」
青田はSNSを盛んに利用しているので、情報は豊富な映像付きでいくらでも出てきた。
本城「なんだこりゃあ? 学業が大事とか言って、あいつFランク大学のバカ学生じゃねえか。熱心なのは、バンドやらゲームやらサークル活動だけだし。しかも全然貧乏じゃない! おれよりよっぽどいい部屋に住んで贅沢してやがる。お金が必要とかいって、遊びに使ってるだけじゃねえか」
一舞「感性が大事な時代なの! 学校も遊びを奨励する時代なんだよ」
本城「TR社どころか、どこの企業も採用しないだろ、こんな奴」
本城М「ていうか、この娘はまだ帰ってなかったのか」
一舞「大丈夫だよ。どうなっても真里亜さんが支えてくれるから」
一舞「(うっとりと)あ~あたしも早くレプリが欲しいな~♡ 大学生になったら買ってもらう約束なんだ~♪ どんなのにしようかなぁ~♪」
本城「アンドロイドは人間を甘やかしすぎだ!」


 レプリロイド小史
 
 現在から30年ほど前。ロボット革命により、社会のあらゆるところで飛躍的に進化したロボットたちが活躍するようになった。
 ただし人間酷似型のレプリロイドだけは事情が違った。実用性が見あたらず、あくまでデモンストレーション用に限られていた。
 だがある業界だけは例外だった。唯一大真面目にレプリの開発制作販売を行っていたのは、ラブドール業界である。その商品は、ラブロイドまたはセクサロイドと呼ばれた。当然世間から偏見を持たれていたが、それ以上にマイナーだった。お客は極一部のマニアに限られていたのだ。
 そこへオタク業界が参入してきて、新たな客層が一気に増える。それでもまだまだ世間からは気持ち悪いものとされていたが、作り手の情熱と需要の濃さから、どんどんクオリティをあげていった。
 これらの技術を一番必要としていたのは、実は少子高齢化で拡大する介護業界だった。すでに介護ロボットはあったものの、機械そのものといった冷たい感じだ。人間そっくりのレプリなら温かみがあり、話し相手にもなって癒しも与えられる。おまけに24時間不眠不休で肉体労働しても平気ときている。まさに完璧な介護人だ。世界中に需要があったため、続々と大企業が参入し、性能もイメージも短期間で大幅にアップした。
 ほぼ同時期に一般向けには家事用レプリが発売され、社会現象になるほどのヒットを記録。一般労働用としても、単純作業から始まり、危険が伴う工事作業、警察やレスキュー隊のサポート任務にまで進出した。
 あっというまに世間の偏見や抵抗はなくなり、ついにコミュニケーション用レプリの発売にいたる。コミュニケーション用とは、擬似的な友人・恋人・家族の一員としての機能を持つものである。人間のクリエイターたちが自由に創造しているため、外見も内面も魅力的に理想化され、個性はバラエティ豊かである。
 もはやレプリは老若男女に愛されるあたりまえの存在になり、偏見を持つ者は差別主義者として軽蔑されるようになる。ただ人間以上に表情豊かで愛情深く見えるレプリだが、どんなに性能がアップしても心や感情といったものはいっさい備わっていない。あくまでプログラム通りに機能している機械にすぎない。いわゆる哲学的ゾンビである。  
 だがレプリをこよなく愛する愛護派の人々の多くは、その考えを素直に受け入れることができない。自己学習能力の経験内容によっては、つまり愛情を持って接すれば、人間の感情に近いものが芽生えるという噂に近い説を願望込みで信じている。
 今や人々は、美しく魅力的なレプリロイドに夢中であった。


https://note.com/jolly_fairy684/n/n0c3ecb172755


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