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人間って複雑!『ママは何でも知っている』

ジェイムズ・ヤッフェ著『ママは何でも知っている』
いわゆる「安楽椅子」の探偵小説。
ニューヨークのブロンクスに住んでるママの元へ毎週金曜日、刑事である息子デイビイとその妻シャーリーがディナーを共にするため訪れる。
その席でママが聞きたがるのがデイビイが捜査中の殺人事件。
容疑者は複数上がっているが決定打がない、
犯人は逮捕したものの口を割らない、
デイビイが語る釈然としない殺人事件をママは「おつむを使いなさい」といつも簡単な質問を4つほどして解決してしまう。

一編が20~30頁ほどの<ブロンクスのママ>シリーズが八話収録されている本書。初出は1952年〜1968年。当然メールやスマホなど最新機器はなく、殺害方法は密室などの手の込んだやり方でもなく、割と単純。

でも容疑者や被害者の心理は複雑。
これ以上孤独になりたくない男、
孤独を隠すため嘘をついた女、
父に恥をかかせないために口をつぐんだ息子。
それぞれの思いやプライドがすれ違い、混線し、事件が複雑怪奇なものに。

「あんたが大学で使った心理学のご本には、ぜったい書いてないような感情が、いくらでもあるのよ」
ウェルズリー大学卒業で心理学の学位をもっている嫁シャーリーの「それは非論理的ですわ」などという横槍をものともせず、貧しくて大学には行けなかったけど、実生活に役立つことはちゃんと身につけてきたママは言い放つ。

事件解決の舞台はママの家の食卓のみ(一度レストランに食べに行ってこともあるけど)。
息子のデイビイの説明だけで、ママは現場に行くわけでもなく独自の聞き込みをするわけでもなく食卓で舌鼓を打ち、息子たちに給仕しながら事件を解決してしまう。
その推理力の源泉はママの親戚やご近所付き合いから学んだ人間の行動、心理。の前に、ママのママ(デイビイにとっては祖母)が冴えたおつむを働かせる姿を見てきたから。

私もこの本を読み終わってからぼんやり見ていた町の景色に
「この家はまだハロウィーンの飾りを外に置いている。住人は相当無頓着な人間か…?」
などと俄か推理を働かせてみたりしている。

あっと驚くトリックではないけれど、人間の心の複雑な機微を巧みに表しているおかしくも哀しい探偵小説の傑作だ。


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