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憂鬱なむらさき
白は純白の白ではなくて、白に少し茶色が混ざったような、くすんだ色で。ピンクはショッキングピンクと言われる明るい強い色のピンクではなくて。薄桃色を少しくすませた感じで。くすんだピンクで。
イメージは、古城です。
古城、という漢字2文字に私の気持ちが全て詰まっていた。花のイメージは古城です。しかし私は古城を一度も訪れたことがないし、どの国のどの城のことを指しているのか、具体名が一つも出てこない。そもそも古城に花はあるのか。あるとしたら、外壁のコンクリートと土の間に咲いているたんぽぽか。もしくは、すずらんなら古城の庭に生えていてもおかしくはない。小さい白い花が風とともに小さく揺れている。
古城には何かしらの罪を犯して牢屋に閉じ込められている囚人がいる可能性もある。映画シザーハンズでジョニー・デップが最初に暮らしていたあの場所も、古城のように思える。古城というのは街から遠く離れた山の上に建ち、人が訪れている気配はない。私が言う古城にありそうな花というのは、土から生えているのか、花瓶に挿してある切り花のことなのか、それすらわからない。
にもかかわらず、ウエディングプランナーとフラワーコーディネーターのお二方は私の気持ちを受け取り理解してくれた。そして結婚式当日の朝、式場内には私が頭の中で想像した花そのものが、いたるところに飾られており、私はいたく感激した。
結婚式の打ち合わせで、受付ロビー中央にかざる花はどうしますかと聞かれた。私は、むらさき色でお願いします、と答えた。披露宴会場は古城の花で決まったから、ロビーは趣向を変えようと思った。むらさき色は私になじみがない色ではあるが、少し調子に乗って冒険していた。
式当日の朝、ロビーに飾られている美しいその花を見た。むらさき色と言うんじゃなかったという言葉が脳内に出てきてしまった。くすみカラーで統一すれば良かった。むらさき色の花に罪はない。とても美しい。私がむらさき色でと言ったから、むらさき色の花を用意していただいたのだ。ただ、古城の入口で優しく佇んでいて欲しかったのは、濃いむらさき色の花ではなかった。
ロビーにむらさき色の花が飾られてある世界と、白とピンクの花が飾られている世界と、この2つの世界がパラレルワールドとして存在していたとして、この2つの世界の内容は全く同じである。つまり、ロビーの花の色は、結婚式に訪れたどの人のなににも、まったく影響を与えない。ロビーで受付をすませた人はチャペルへ移動する。あの日あの場所に置かれていた花の色がむらさき色だったことを覚えている人は、この世界に私一人しかいない。
もういい加減にしよう、もうさすがにいいじゃないか。あれから10年以上経っている。古城にはきっと濃いむらさき色の花だってあるんだよ。くすんだ白とくすんだピンクにはさまれて、その花は見る人を幸福にしているに決まっている。違和感なんてどこにもない。ただその花々が、土に根を張って咲いているのか、あるいは花瓶に挿された切り花なのか、それは今も全くわからない。
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