創作の風景

 泳ぐのは好きですか?
 走るのは好きですか。
 じゃあ食べるのは好きですか。
 草原に寝そべって目を閉じるのは好きですか?

 きっと風の音がする筈ですね。
 風の音は、まず芝生の草が揺れて擦れるカサカサという音
 次に少し強い風が木の枝を揺らすザラザラという音。
 そしてもっと強い風が木の幹を揺さぶるミシミシという音。

 目を開けると、さっきから聞いていた音に色が付きますよね。
 空の青、芝生の緑、光を透かす枝葉の黒い網目模様、
 それに、一面の花。
 花は好きですか?

 「えぇ。好きです。」

 その花は何色ですか?赤?黄色?水色?

 「えぇ、まず赤があります。それから、黄色、水色、あとは・・・白。」

 目を開けて。


 聞こえていたのは、換気扇の音。
 掃除がされていないプロペラは油汚れと黒い埃がこびり付いている。
 嫌に湿度の高いタイル張りの四角い部屋には下水の臭いが仄かに漂う。
 元は真っ白だっただろう部屋の壁も床も、
 すっかり何だかわからない汚れで黒ずんでいる。

 壁際に椅子が置いてある。
 ニスが剥げかけた四つ足の木製椅子、
 そこに座っている。

 「花が揺らめく草原の真ん中を1人の少女が走っていますね?」

 えぇ、走っている。両腕を広げている。満面の笑みだ。

 「きっと、この後良い事があるんだ。」

 多分、お友達とピクニックに行くんだろう。だから手にはバスケットを持っている。

 「うん、中々いいアイデアだ。少女の名前は?」

 名前は、まだ明かされなくてもいいんじゃないかな。

 「それはどうして?」

 名前はリアリティの額縁だから。まだ、もう少しこの極彩色の草原を描きたいんだ。

 「うん、そうだね。じゃあ、バスケットの中には何が入ってる?」

 サンドイッチだ。レタスとハムとトマトが挟んである。あとはスモークチキン。

 「いいね。私はバジル風味の蒸し鶏をスライスした奴が好きなんだ。」

 スライスしたブルーチーズも挟む?

 「モッツアレラがいい。」

 賛成だ。

 「この世界は、」

 戦争前夜だ。

 「なぜ?」

 その方が、この草原の美しさが際立つから。

 「あまり生々しくしすぎないように。」

 そうだね。

 「他には何か、」 

 彼女には最愛の犬がいる。

 「よし、この話は彼女と犬と彼女の友達の冒険物語だ。」

 そうだね。

 「そろそろ主人公の名前を決めないか。幸せを現実の額縁に描き始めよう。」


 主人公の名前は、

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