DAY 28
今日は母と一緒に兄の会社へ。
被害者様の月命日近いので、現場に献花と焼香、社長夫妻にお礼のために伺った。
社長本人はご不在だったが、社長夫人と面会でき、多少話ができた。
現場に献花・ご焼香させてもらった。火の気なので、合掌の間だけ焼香し、あとは火は消して帰ってきた。
帰り道、母がさだまさしの「償い」を聞いたことがない、というので、ネットで検索して聞かせた。
運転しながらも、涙を堪えられなかった。
ところで、この「償い」という曲にはいくつか大変重要な情報が隠されていた。
以前も聞いたことがある曲だったが、こういった立場で改めて聞いてみると新しい発見があった。
主人公「ゆうちゃん」の事故は労働災害で、業務上過失致死であったこと。
歌詞より引用
「配達帰りの雨の夜 横断歩道の人影に
ブレーキが間に合わなかった彼はその日とても疲れてた」
(中略)
「償いきれるはずもないがせめてもと 毎月あの人に仕送りをしている
(中略)
だからどうぞ送金はやめてください」
ここから、「ゆうちゃん」自身の過失責任の割合は低かった可能性があり、個人に賠償の請求はなされていないが、彼は償いとして毎月送金をしている。
もちろん今回のケースに当てはまる訳でもなく、全ての業務上過失致死がこういう判定をされる、といっているわけではない。
ここでみえてくるのは
・仕事中の事故
・雨の夜という見通しが悪い環境
・「彼はとても疲れていた」ということ
・歌われている現在時点(事故から7年後)、服役していないこと(刑事罰として罰金は払っているだろう)
このことがあってから、身辺の片付けをしようと思うようになった。
数回の引越しがあってもなかなか処分できなかったホビー類を思い切って処分する。
ダンボール3箱+αくらい。せっかくなので、ホビー系のセコハンショップへ持ち込んだ。
時節柄と量が多かったので、査定はかなり先になるようだ。
部屋も片付け、以前はやっと座るスペースがあるくらいだった四畳半だったが、だいぶ床面積が広がり、出窓のごちゃごちゃもなくなり、だいぶスッキリできた。
妻からは「65点」。
自分としても文庫本などを処分するつもり。まぁ、終活の一環といったところだ。
実は今日は、知人の命日でもある。彼は12年前の東日本大震災後のこの日に自死してしまった。
目前の大型連休に一緒に飲もう、と約束をしていた。実は当日の夕方、ふと彼を思い出し「電話しようかな」と思ったのだが、もうすぐ会えるし、呑みの具体的な日時はまたでいいか、と連絡しなかったのだった。
12年経っても、いまだに悔やまれる。あの時、電話していれば止められたのではないか、違った結果になっていたんじゃないかと思う。
いまだに忘れられないが、数日経って発見された彼の葬儀の際、棺の窓から顔は見せてもらえたのだが、透明アクリル越しだった。理由は問うまい。ただ、一緒に仕事をしていた仲間数人と覗き込んだ時、間違いなく彼の目から、涙が一筋流れたのだった。
参列した仲間たちは、自分たちが彼の自死を止めることができなかった力不足を嘆き、悔いていた。
私は引っ越してしまい、今日、彼の墓前にむかうことはできなかった。しかし、彼を偲んで祈ろうと思う。