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『堕天使+READEYE』第1話【創作大賞2024 漫画原作部門応募作】


作品のテーマ

現実の世界線とは異なる西暦20XX年の都市を舞台にした物語。精霊や魔力などファンタジーな要素を近未来SFのガジェットに落とし込み、バトルシーンなども交えて描く。配送事務所『アークランナー』でレンタルコアの回収業務や配達を生業にする悠希・アルヴァレスが、研究施設から脱走したクローン人間、亜夢・エヴァンスとの出会いをきっかけに、企業の陰謀や闇社会に潜む謎に触れ奔走する。二人はそれらを解き明かして、互いの夢を叶えようとする。

作品の舞台

◎実際の歴史とは異なる世界線の西暦20XX年、アークシティ。

【アークシティ】

首都東京に隣接する、アークコアの発祥地であり、世界で唯一コアの製造が認可されている特区。

【ノースサイド】

◎アークシティ北部の通称。一流企業やIT企業が多く、治安も良い。アークコアを新世代のエネルギー事業に発展させる事に力を注いでおり、主に発展途上国に向けて輸出している。

【サウスサイド】

◎アークシティ南部の通称。沿岸部に下請けの工場が立ち並ぶ。競馬場、競艇場があり、繁華街には風俗店やギャンブル場が多数ひしめく。スラム街があり、マフィアやギャングも多く、警察の信頼も失墜しているため治安が崩壊している地区が大半。違法魔封石(レッドコア)が大量に蔓延し、収拾がつかない状態にまで悪化している。

本作を通して描きたいもの

◎暴漢に殺された父親の復讐を胸の内で誓う主人公が、研究施設から逃亡を図ったクローン人間のヒロインに心を動かされ、復讐よりも彼女を救いたい気持ちに変化してゆく心の成長。そんな主人公と、クローンとして誕生した自身のアイデンティティに悩みながらも生きていこうとするヒロインのボーイミーツガールを描く。

主要キャラクター紹介

悠希・アルヴァレス
性別:男性
年齢:二十歳
髪型:赤髪のショートヘア。
瞳の色:赤ベースの黒
肌の色:白
身長:170センチ
体重:75キロ
容姿:小顔、童顔。細身だが人知れず鍛練を欠かさないため筋骨隆々。足が長い。
服装:
アウター:カーディナルレッドのシングルライダースタイプのレザージャケット
インナー:黒のタンクトップ
ボトムス:黒のレザーパンツ
シューズ:黒のエンジニアブーツ

※イメージカラーは赤黒のカオスカラー。

【悠希の生い立ち】

◎父、ジョン・アルヴァレス、母、杏奈・アルヴァレスの一人息子として、ノースサイドの一等地で生まれる。

◎アダプタの因子を僅かに持つ。

◎七歳の頃両親が離婚、父親に引き取られる。

◎十歳の頃、自宅に押し入ってきた二人組の暴漢に父親を殺害され、自身も酷い暴行を受け、現在も一部の身体機能に後遺症がある。

◎父親が殺害された後、サウスに住む父方の親戚に引き取られるが、ギャンブル狂いの叔父に財産を食い潰され、施設に入れられる。

【悠希の能力】

◎悠希は火の精霊(クラスA:サラマンダー)が封入された精霊石を体内に埋め込んだインプランター。

◎火属性使い(サンホーク)

◎アダプタの因子を僅かに受け継ぐ悠希の魂(ソウル)は、火の精霊との親和性が高い。

◎インプラントしている精霊石(サラマンダー)は父親の形見で、小さい頃からペンダントにして肌身放さず身に付けていた。

【魔法(スペル)】

◎炎壁(バーナーフェンス)
◎炎弾(ヒプノフレイム)
◎炎拳(ヒートブロー)
◎炎蹴(フレイムブースト)
◎炎舞(フレアダンス)

【ニューロバースト】

◎魔力を体内で循環させ、細胞を爆発的に活性化させるインプランター特有のスキル。使用限度は錬度によって差はあるが、長時間の使用は身体にダメージを及ぼす。

【ニューロバーストの種類】

◎パルスドライブ:全身の能力を引き上げ、高速移動を可能とする
◎クロノステップ:下半身の能力を引き上げ、足技に特化したスキル
◎レイジング:上半身の能力を引き上げ、パンチ力に特化したスキル
◎ハイヴォルテージ:三つのスキル全てを同時に使用するスキル。持続可能時間は約一分で、使用後は戦闘不能となる諸刃の剣

【インプランターの目的】

◎インプランターは、特殊な医療外科手術で体内に精霊石を埋め込んだ人間の呼称。その目的は精霊とダイレクトリンクする事で、精霊が持つ魔力を最大限に発揮する事が可能となる。 

【インプラントの危険性】

◎インプラント手術は高リスクを伴い、無麻酔手術となる。成功率は30%程度。失敗すると重度の後遺症が残ったり、死亡するケースがある。魔封石法では『特殊部隊に所属する者のみ手術可能』となっているので、悠希は違法手術に該当する。

【性格】

◎クールなアウトロー。特に戦闘センスが良く、頭もキレる。取り立ての際は非情に債務者を追い込み、自宅を襲撃した犯人達への執着心と復讐心を持つ。
◎有限会社アークランナー代表。


亜夢・エヴァンス
性別:女性
年齢:推定17歳
身長:155センチ
体重:43キロ
髪型:金髪のセミロング
瞳の色:青ベースでラメのように緑や黄色赤など。眉は山なりの太目。
服装:
アウター:黒のロングコート(パーカー付き)
インナー:黒のブラウス
ボトムス:黒のハーフパンツ
シューズ:黒のアーミーブーツ
(アークランナーに入ってから):
アウター:カーキー色のコート(ポケット多数、膝丈、アーミーテイスト)
インナー:白のロンT
ボトムス:黒のスカート
シューズ:赤茶の10ホールブーツ(ドクターマーチンタイプ)

◎容姿:華奢で貧乳。身長の割りには足が長く、骨格がしっかりしていて手足が大きめ。猫のように目が大きい小悪魔系の雰囲気を醸し出すが、基本的に無表情。両手で自分の体を抱き締めるような仕草が癖で、首筋に術式のようなタトゥーが彫られている。

【亜夢の能力】

◎精霊の母、メアリ・ウェルズが生み出した『エクストレジア』を体内に埋め込まれたインプランター。
◎魔力の吸収や、異なる属性の魔力をブレンドして、あらゆる魔法が使用出来る。

【亜夢の生い立ち】

◆『サイバーネクロマンス計画』で造られた人造人間(クローン)。

◎エデンシステムズの研究所でアダプタから採取した因子を培養して造られたクローン。度重なる失敗の結果、唯一成功したプロトタイプで形式名は『EA-400』、通称『エンジェル』
※E=エデン A=亜夢のイニシャルで、400は400体失敗した結果生まれた個体の意味。
●名前の由来はアダプタで最も高名なエヴァンス一族の因子を使用した事から名付けられた。
◎インプラント手術を受けさせるため、成長促進剤の投与により、普通の人間よりも五倍の早さで発育させた。
◎自身がクローンである事を知り、施設から逃亡を決意する。


御手洗拓斗(みたらいたくと)
性別:男性
年齢:18歳
身長:180センチ
体重:70キロ
髪型:黒色のロングヘア。
※アークランナーで業務に従事している時は髪を後ろで結んだお団子のマンバンヘア。
服装:アークランナー制服の黒スーツ。
容姿:痩駆な高身長、美形。

【拓斗の役割】
◎悠希の弟分的存在。精霊科学大学首席入学のエリート。精霊石と魔封石に関する知識を活かしてアークランナーで働くコアマイスター。情報収集や情報操作に長けている。

※第3章までは以上の3人が中心。以降、逃亡した亜夢を追うコールマンや、悠希の父親、ジョン・アルヴァレスの元教え子葉月涼子、アークシティに暗躍するフィクサー、エドワード・ナイトなど多数登場。

独自用語や独自設定

【精霊(エレメンタル)】

◎特異な力を有する存在。
◎火、水、風、土の四大属性の他に闇、光などの属性がある。

※この世界において、エレメンタルはパワーソースの役目。
※エレメンタルは目に見えない。
※エレメンタルには触れない。
※錬金術師パラケルススの概念とは異なるオリジナル設定。

【アダプタ】

数百年前、アイルランド、ダブリン近郊の、とある村に暮らしていた小数部族。精霊と親和性を持ち、精霊の特異な力を借りて生活に役立てていたとされる。部族の存在が発見されたのは18世紀末だが、その後絶滅。アダプタの歴史は長く、民の証言や文献から三千年以上前から精霊と共に生活を送っていたと推測される。

【魔力(エーテル)の根源】

◎魔力とは、精霊のみが宿す『特異な力』であり、人間には宿っていない。

※異なる世界から召喚された妖精や召喚獣は魔力を宿している。

【魂(ソウル)】

◎魂は人間のポテンシャルを示す。

※魂には親和性や強さ等を総合した1~5のレベルが制定されている。
※精霊は魂レベルを判断して魔力を貸している。

【精霊石(オリジンコア)】

◎精霊石は、精霊そのものを結晶化させた特殊な水晶体。

※精霊石は属性によって色が違う。火→赤色水→水色。風→緑色。土→茶色。光→黄色。闇→黒色。
※精霊石は結晶化した精霊と魂レベルが一定の基準を満たした者のみ使用可能。
※魂レベルは精霊石を購入&レンタルする際、『ソウルチェッカー』でソウルレベルをチェック。
※精霊石にはF~Sのクラスが設定されている。

S→魂レベル5
A→魂レベル4
B→魂レベル3
C→魂レベル2
F→魂レベル1

※各クラスに設定された魂レベルに達していない人間が、クラスの高い精霊石を使用すると、精霊にソウルを侵食され、精神や肉体に影響を及ぼして狂人化、もしくは命を脅かされる場合がある。
※精霊石に使用限度は無く、各クラスの精霊が保有する魔力が尽きるまで使用可能。
※休息する事で魔力は回復する。回復にかかる時間は、精霊のクラスや消耗具合で異なる。

【魔封石(アークコア)】

◎魔封石は、精霊の魔力を抽出して水晶に封入した、魔力封入鉱石。

※魔封石の色は全て透明。魔力の質、水晶の純度によって透明度は異なる。※魂レベルに関係無く、万人が使用可能。
※魔力は使用限度があり、1~2回のモノから数十回のモノまで多岐に渡る。※魔封石に封入されている魔力を使いきったら使用は不可。水晶はリサイクル出来る。

【違法魔封石(レッドコア)】

◎アークシティで定められた魔封石法の基準値を越えて製造された違法魔封石。主にサウスのスラムにあるプラントで製造されている。
◎違法魔封石(レッドコア)には使用者を狂人化する作用がある。

【エクストレジア】

◎メアリが製造した始まりの精霊石。エクストレジアは『特別な宝物』という意味を込めてメアリが名付けた。
◎火、水、風、土の四大精霊を結晶化させて製造された、魔力のみを吸収する事が出来る『魔力貯蔵式精霊石(エーテルストックオリジンコア)。』

【エクストレジアの使用方法】

◎エクストレジアは、手のひらのタトゥーを介して、魔封石や精霊石、スペルで召喚された妖精等(エルフ)や召喚獣(ビースター)などに物理的接触を行う事で魔力を吸収する。

※貯蔵量は不明。
※魔力の吸収量は所有者の任意で行える。
※吸収の例:精霊石を右手に握りしめる→魔力吸収→半分程度吸収したら精霊石を離す→精霊石の魔力は半分になる(吸収された魔力が回復するまで時間を要する)。
※精霊石の魔力を全吸収した場合は精霊自体を吸収する事になり、吸収を終えた後は結晶体としての形を成してはいない(消失する)
※クラスの高い精霊石ほど有している魔力が多いため、吸収には時間を要する。
※クラスFの精霊で吸収にかかる所要時間は一分程度。クラスSならは五分~十分と個体差による。
※魔封石は一分~二分程度で吸収が完了。吸収を終えた後の魔封石は白く濁る。
※魔封石の魔力を使用したスペル攻撃程度であれば、触れた瞬間に即吸収出来る。

【精霊の母】

◎18世紀末にその存在が確認されたアダプタについて、長らくその実態が解析される事はなかったが、百年後の19世紀末に現れた天才科学者、メアリ・ウェルズによって明らかにされた。彼女の解析によると、「アダプタは、異次元空間に存在する精霊と親和性を持つ事で『特異な力』を借り受け、非自然的な現象を起こしている」という驚くべきものだった。
精霊の持つ力の正体は『魔力(エーテル)』と定義され、メアリが確立した『精霊結晶化技術(エーテルクラスター)』によってアーキタイプの精霊石が生み出される事になった。

※メアリの死因は血液を結晶化させるために全身の血液を抜いた事による失血死。

【ニール・ギブソン】

◆メアリが創り出した精霊石だったが、一つ製造するのに掛かる時間は三年を要した。アーキタイプの精霊石はエクストレジアを含め六種類が製造された。
それから二百年が経過した現在、精霊工学の世界的権威を持つ、エデンシステムズ所属のニール・ギブソン博士が開発した量子コンピューター『メアリア』によって、精霊石が有する魔力のみを抽出する事に成功。万人が魔力の使用を可能とする魔封石が初めて生み出された。

【シャドウフェイス】

◎サウスサイドの裏社会を仕切る巨大マフィア。正当な案件では出来ない、裏の案件を請け負う組織。
◎密輸、裏ブローカー、裏バイヤー等。サウス全域の裏社会を掌握しており、ノースへの進出もフィクサー・ナイトと共に進行中。

【サウスサイドの企業】

◎エデンシステムズ

◆物語の中核を担う亜夢を開発した企業。アークコアを初めて開発した企業。開発、生産、研究施設(ラボ)を備える。
アークコアを開発した当初は『人類史上最も革新的な発明』と絶賛されたが、その使用用途に試行錯誤し、アークコアのポテンシャルを発揮出来ずサウスには違法改造されたレッドコアが溢れた。その後、枯れた技術と揶揄されたコアを、ノースの小さな会社クロノスが発展途上国の火力、風力、水力発電等のエネルギー源として活用し、大成功をおさめ、クロノスは一流企業へとのしあがる。
一方、完全に乗り遅れたエデンは、形勢逆転を狙うため、アークコアを軍事目的へ転用する。アークコアを搭載した兵器を製造し、フィクサーを通してテロ国家等に販売、多額の資金を得る。
その資金で更なる莫大な利益を得るため、『サイバーネクロマンス計画』を企て、量子コンピューター『メアリア』を使用し、アダプタの因子を元にクローン開発に着手。度重なる失敗の結果、型式名『EA-400:亜夢・エヴァンス』の製造に成功する。

●協賛会社はサウスの三流の企業やサウスの工場。

【ブラッズ】

◎治安が崩壊しているサウスの一部地区で結成されたギャングチーム。数年かけてサウス全域に勢力を拡大し、年々凶悪化の一途を辿っている。

【サイバーネクロマンス計画】

●エデンシステムズのCEOが、フィクサー・ナイトと共に企てた計画。
莫大な魔力を貯蔵したクローン兵器を製造し、戦争やテロなどの活動で利益を得ることを目的とする。

◎プロトタイプクローン『EA-400』に、魔力を貯蔵出来るエクストレジアを搭載して、人間兵器として育てるプログラムが組まれた。

◎亜夢は量産型クローンを製造するためのデータ採集用個体。


あらすじ

アークシティで魔封石のデリバレーターを生業にする悠希・アルヴァレスは、取り立ての帰り道、追っ手から逃れるためにビルから飛び下りた少女、亜夢・エヴァンスを助ける。ある人に会うために、とある施設から逃亡してきたという彼女の首筋には、数年前、強盗に殺された父親が研究していた刺青(タトゥー)と同じものが彫られていた。父親の敵討ちを心に誓い生きてきた悠希は、亜夢と行動を共にすれば、強盗の手がかりが掴めるかもしれないと考える。彼女の類まれな格闘センスや、異なる属性の魔法を操る能力も謎に満ちており、興味を持った悠希は自身の会社「アークランナー」で働かないかと彼女に提案する。


堕天使+READEYE 第1話


#0【天使降臨】

 夢。
 あたしには夢がある。
 それは普通の人間として生きること。
 普通の仕事をして、友達と遊んで、美味しいモノもたくさん食べたい。
 色んな場所へ行って、見たことのない景色を観たい。それと、恋もしてみたいな。
 結婚して、子供を産んで、おばあちゃんになって――普通の生活を送って、普通に人生を終えたい。
 それが夢、あたしの夢。

 でも現実は、ナイフを突きつけてくる男が目の前にいる。

 被検体(ラット)。男は、あたしのことをそう呼んだ。
 被検体って、実験に使われるネズミのことらしい。あなたはみんなにそう呼ばれてるって、先生が教えてくれたんだ。
 その意味を知って、あたしは傷ついた。酷いな……あたしは一応人間で、女の子なんだよ?
 男はあたしにナイフを向けて、わめき散らしながらジリジリと詰め寄ってくる。
 あのさ、あたしのこと被検体呼ばわりするけど、アンタだって蛇みたいな頭してるじゃない。気持ち悪い。
 逃亡してから二日目の夜、これまで追ってきた奴等を何人も倒してきた。それでも、まだ追ってくる。

 しまったな――屋上なんかに逃げなければよかった。おなか空いてるから頭回んないや。

 月、まんまるで綺麗だな。
 そうだ、向かい側のビルへ飛び移ろう。少し距離はあるけれど、『この子達』の力を借りれば、きっと跳べるはず。
 ううん、あたしなら跳べる。
 あたしは知ってしまったんだ。世界は広い、果てしなく広いんだって。だから、あの狭い部屋から逃げ出した。

 自由になるために。
 夢を叶えるために。
 だから、翔ぶんだ。

***

 アークシティ南部(サウス)、旧地下鉄駅構内。
 錆びついた線路には草木が生い茂り、文字盤が壊れた駅時計は時を止めていたが、風の音だけが響き渡る駅構内の時間もまた、同様に止まっているかのようだった。
 そんなレンガ造りのプラットホームで、スキンヘッドの男がタバコの先端に火を点けた。
 グレーのスーツがはち切れんばかりのガッチリとした体型、手にはジュラルミン製のアタッシュケースを持っている。
 物々しい雰囲気をまとう男はタバコの煙を吸い込むと、線路に苛立ちを混ぜた視線を向け、煙を一気に吐き出した。

「……遅せえな」

『約束』の時間から既に三十分が経過していた。
 男が短くなったタバコをホームに投げ捨て、重厚なメタルケースの腕時計を一瞥した時、「こんばんは」と、背後から声をかけられた。
 男が振り向くと、二人組の若い男が立っていた。
 声を発したであろう、爽やかな笑顔を浮かべる若い男は、ブラックのスーツが似合う痩駆な長身。黒髪の長髪をお団子状にまとめたマンバンヘアが、端正な面構えをよりいっそう引き立てている。

「……誰だ、お前ら」
「あ、ども、初めまして。僕はアークランナーの御手洗拓斗(みたらいたくと)と申します。それと、こちらは配達人(デリバレーター)兼、代表の悠希(ゆうき)・アルヴァレスさんです」

 紹介されたイギリスミックスの若い男、悠希・アルヴァレスは軽く会釈して見せた。裾を刈り込んだ赤髪のショートヘアと、羽織っているカーディナルレッドの革ジャンが、薄暗い地下鉄駅構内においてもその存在感を示している。身長はさほど高くはないが、肉付きが良いガッチリとした体格だ。

「配達屋が俺に何の用事だ?」
「は、はい。魔封石(アークコア)専門店から委託を受けまして、その……顧客であられる方がレンタルした魔封石(アークコア)を借金のカタとして無理矢理持っていかれたと、おっしゃられまして。え~、そこで独自に調査を行った結果、金融業を営まれておられる貴方様に辿り着いた……これが本日、僕らが足を運んだ経緯です」
「だから、用件は何だって訊いてんだろ?」
「……えぇっと、ですね。借金のカタとして取り上げたレンタル魔封石(アークコア)を返して頂きたいなぁ……って」

 それを聞いた男は大きな笑い声を上げた。

「おいおい、笑わせてくれるじゃねーか。俺から取り立てるつもりかよ?」
「そ、そうなりますね」
「いいか坊主」

 男は拓斗にぐっと近づき、

「レンタルだろうと、なんだろうと、利息は利息だ」
「……悠希さん、一回ゲロ吐いてきていいですか? やっぱ僕には回収業務、ムリゲーです」

 青ざめた表情で振り返る拓斗。
 悠希は頷きながらその肩をポンと叩き、「まぁ、初めてにしちゃ上出来だ」と言って、男の前に立った。

「あのさ、アンタがやってンのは法外な利息を取り立てる闇金だ。なら、そもそも正当な借金じゃねぇよな? 一方的に払いもできねぇ利子吹っ掛けといて、返せなかったら持ち物剥ぎ取るなんざ、ちょっとタチが悪すぎねぇか?」
「……あ?」
「ちなみに、今日ここへ来る予定だった魔封石(アークコア)の買取り業者には引き取ってもらったからよ。どんだけ待っても来ねーぞ」
「オイ、ガキ共。大人しく聞いてりゃふざけたことばっかり言いやがって。そんな理屈(かが)が通じるとでも思ってんのかコラァ!」
「おっさんよ」
「あぁ?」
「二週間ぐらい前、北部(ノース)への通行許可証(パスポート)、買ってるよな?」
「――な」
「別の専門店でも強引に魔封石(アークコア)を取り立てられる被害が続出してっけど、これもおっさんの仕業だろ」

 男は表情を強張らせて沈黙したまま、チラリと左手に持つアタッシュケースを見た。
 悠希はそんな男の様子などお構いなしに続ける。

「利子と称したレンタル魔封石(アークコア)の取り立て、買取り業者と密会の約束。そして、北部(ノース)への通行許可証(パスポート)。しかもおっさんの店舗は最近閉店。ここまで見りゃどんなバカでも多少の事情くらい邪推しちまうわなァ」

 直後、男はスーツの内ポケットから拳銃(ピストル)を取り出して銃口を向けた。

「どいつからの差し金かは知らねぇが、こっちももう引き返せねぇんだよ」
「おいおい、物騒なモン出すんじゃねぇよ。それじゃあ図星ですって言ってるようなもんだぞ?」
「うるせえ! 怪我したくなかったら黙って退いとけ、クソガキ!」

 悠希は長めの前髪から真紅の瞳をチラつかせ、銃口越しに鋭い視線を男に突き刺した。

「……俺はなぁ、仕事をする上で譲れねぇことが二つあるんだよ」
「あぁ?」
「一つはどんな依頼でも受けること。そして、もう一つは……」

 悠希が呟いた瞬間、赤い革ジャンが一瞬翻った。

「なッ? はぁ?」

 銃口が男の眼前に突きつけられていた。
 そして逆に、構えていたはずの銃が手の中から消えていた。

「受けた依頼は百パーセント達成することだ」
「お前、なにしやがった?」

 悠希は向けていた銃口を外して、拳銃(ピストル)を線路に投げ捨てた。

「引き金弾く度胸もねェくせに、こんなもん出すんじゃねぇよ。漢(おとこ)が下んだろ」

 無言のまま鉄砲に見立てた人差し指を拳銃(ピストル)に向けた。

「Bang――」

 次の瞬間、先端から炎が撃ち出された。その炎は線路に転がった拳銃(ピストル)に命中し、内部から弾ぜるように爆発した。
 悠希は右手の人差し指から立ち昇る煙にフッと息を吹きかけると、「さてと……」と呟いて、男に向き直った。

「取り立てた魔封石(アークコア)、全部出せ」

***

「腹減ったな」

 魔封石(アークコア)の回収業務を終えた悠希と拓斗は、裏通りのオフィス街を歩いていた。

「拓斗、お前何食いたい?」
「う~ん、ファミレスで軽くパスタな気分ですかね」
「パスタか……パスタ如きじゃ、この空腹を満たすことは出来ねーな」
「じゃあ牛丼とか?」
「牛丼か……最近食ってねーな。じゃあ吉田屋行くか」

 行き先が決まり、お目当ての牛丼屋へ向かう道中、拓斗はスーツの内ポケットから回収した魔封石(アークコア)を取り出した。
 それはネックレスタイプに加工されており、透き通った緑色の輝きを放っている。

「無事に回収出来て良かったですね」

 拓斗は魔封石(アークコア)をしげしげと見つめた。
 魔封石(アークコア)――その誕生の歴史は十八世紀末にアイルランドで確認された、アダプタという部族にまで遡る。
 アダプタの実態は長らく謎とされていたが、十九世紀末に現れた天才科学者、メアリ・ウェルズによって明らかにされた。
 それはアダプタが異次元空間に存在する精霊と親和性を持つことで、『特異な力』を借り受け、非自然的な現象を起こしている、という驚くべきものだった。
 メアリは精霊の持つ力の正体を『魔力(エーテル)』と定義し、自身が確立した『精霊封入化技術(エーテルクラスター)』によって『精霊石(オリジン)』を生み出した。
 その百年後、精霊(エレメンタル)工学の世界的権威、ニール・ギブソン博士が、精霊が有する魔力(エーテル)のみを抽出することに成功。
 その技術によって万人が魔法の使用を可能とする『魔封石(アークコア)』が生み出された。
 現在ではこの魔封石(アークコア)という言葉が精霊石(オリジン)を含めた総称として用いられている。

「あぁ、マジで間一髪だったな」
「風属性の精霊石(オリジン)だけでも、時価はざっと二千万……ホント、危なかったですね」

 魔封石(アークコア)には火、水、風、土の四大属性の他に、闇や光などの属性があり、色は全て透明だが、魔力(エーテル)を放つ瞬間だけそれぞれの属性に合わせた光を放つようになっている。
 魔力(エーテル)の質や石の純度によって透明度は異なり、使用限度がある。もちろん、魔力(エーテル)を使いきったら使用は出来なくなるが、水晶(クリスタル)はリサイクルが可能である。
 精霊石(オリジン)も属性は魔封石(アークコア)と同様だが、属性に合わせた色が付いている。火属性は赤色、水属性は青色、そして拓斗が手にする風属性は緑色という具合だ。
 魔封石(アークコア)とは異なり使用限度は無く、各クラスの精霊が保有する魔力(エーテル)が尽きるまで使用可能となっている。使用者が休息することで魔力(エーテル)は回復するが、回復にかかる時間は精霊のクラスや消耗具合で異なる。

「お前のダウジングサーチのおかげだな」
「いえいえ、そんな。でも、やっぱり僕は裏方作業が似合ってます。それにしても怖かったなぁ」
「新しいアシタントが入るまで辛抱しろよ」
「アシスタントか~。でも、すぐに辞めちゃうのが厳しいですよね」
「仕方ねーよ。配達人(デリバレーター)は常に危険と背中合わせの仕事だからな」

 悠希が代表を務めるアークランナーは、魔封石(アークコア)専門の配達、回収を始め、その他あらゆる雑務を請け負っている会社だ。
 今回請け負った仕事は魔封石(アークコア)の中でも希少な高級品、精霊石(オリジン)の回収だった。ゆえに返却されないなどということがあってはならなかった。
 回収先は期日内に返却をしない悪質な延滞客であることが多いが、それはまだ簡単な方で、先程の闇金業者や、闇ブローカー、ギャングにマフィアなど、暗黒街に生きる人間と対峙することも多々あり、回収が困難を極めるケースも少なくない。

「にしても腹減ったな。店はまだかよ?」
「悠希さんはいっつも腹ペコですよね」
「インプランターは燃費がわりぃんだよ」
「でも、さっきレイジングで拳銃(ピストル)奪ったの、めっちゃカッコよかったです」

 精霊石(オリジン)は精霊の魔力(エーテル)をダイレクトに使用できるかわりに、使用者の魂(ソウル)レベルが重要となるのだが、インプラントはその精霊石(オリジン)を体内に埋め込む特殊な医療行為である。
 通常の使用よりも精霊と魂(ソウル)をより高くリンクさせることで、精霊が持つ魔力(エーテル)を最大限に使用することを可能にし、会得すれば『特殊戦闘技術(ニューロバースト)』を使いこなすこともできる。悠希がスキンヘッドの男から瞬時に拳銃(ピストル)を奪ったのは、上半身の瞬発力を一時的に飛躍させるレイジングだ。

「あんなのは朝飯前だ。てゆーかソレ、ちゃんとしまっとけよ。カラスが飛んできたら盗られちまうぞ」
「ははは、夜中にカラスは飛んでこないですよ。あいつら鳥目なんだから……あれ? 何か落ちてる」

 拓斗はしゃがみこんで何かを拾い上げた。それはアーケードゲームで使うメダルだった。

「なんだ、メダルか」
「それが五百円玉だったら牛丼代浮いたのにな」
「久しぶりに硬貨なんてレアなモノ拾ったと思ったのに。あ! そうだ、これ使ってゲームしません? 牛丼代を賭けたコイントスゲーム」

 悠希は一瞬動きを止めて表情を曇らせた。

「あれ? どうかしました?」
「いいや、なんでもねーよ」
「はい、先に表か裏か選んでいいですよ」

 拓斗は悠希にメダルを見せた。表面には『天使』、裏面には『悪魔』が描かれている。
 悠希は「天使」と即答した。

「じゃあトスお願いします」

 拓斗は悠希にメダルを手渡した。

「俺が勝ったら牛丼爆盛りな」
「えっ? 並盛りじゃないんですか?」
「あん? 並なんて腹の足しになるかよ」

 悠希は勢いを付けてメダルを指で弾いた。メダルは空高く舞い上がった。

「ちょっ……高っ! 強く弾き過ぎですって!」
「なぁ拓斗、俺さ……」
「はい?」
「めちゃくちゃ運がいいんだよ」

 二人は上を向いてメダルの行方を目で追った。
 悠希は「ん?」と声を漏らし、メダルから目を逸らした。
 メダルは歩道に音を立てて落下した。だが、悠希は上を向いたまま微動だにしない。

「どうしました?」
「アレ。カラス……か? にしちゃあデカイな」
「え? どこですか? 全然見えないですよ」
「よく見てみろよ、何かいるだろ。黒い物体? いや違うな、黒い……服か?」

 闇夜に紛れたその物体は、よく見るとモゾモゾと動いているように見えた。

「悠希さんて、ホント視力いいですよね。あ! 見えました! いますいます!」
「何か様子おかしくねーか?」
「もっと近くにいってみましょうよ」

 二人は雑居ビルの真下へ移動して屋上を見上げる。
 雑居ビルは十階建て、周囲にそびえ立つビルに比べて高さは控えめであるが、仮に転落しようものなら命の保証は無いだろう。

「やっぱり何かおかしいですよね」

 その時、人影が屋上から跳び出した。
 煌めく月明かりが乱舞するプラチナの髪に反射し輝いた。

 女の子だろうか、と悠希は思った。

 ビルとビルの間は狭い路地を挟んでいて、常人が跳び移れる距離ではない。しかし、女の子は空中で一度失速しかけたものの、再び浮遊感を取り戻し、隣のビルへ跳び移った。

 あの飛距離、風属性の魔法か――

 悠希がそう思ったのもつかの間、女の子はそこでバランスを崩して足を滑らせた。
 屋上の縁に指をひっかけ、ぶら下がったがよじ登る気配がない。
 悠希はとっさに隣のビルへ駆け出し、落下地点を予測して待ち受けた。

 その時、女の子が落下した。

 それはまさに「あっ」と言う間の出来事だった。
 悠希は見上げながら落下速度による衝撃を緩和させるため、下半身の瞬発力を飛躍させるクロノステップを使用した。

「ぐっ!」

 キャッチした瞬間、両腕からずっしりとした重みが全身に伝わって、クッション代わりに足裏から噴出した炎は波状となり、歩道を這った。

「熱っ!」

 炎は離れていた拓斗の足元にまで及んだようだった。拓斗は悠希の元へ駆け寄り、「大丈夫ですか?」と声をかけた。
 悠希は顔を上げて、ニヤリとして見せた。

「拓斗、さっきのゲームは俺の勝ちな」
「はい?」
「見ろよこれ、天使だ」

♯1 【通りすがりの逃亡者】

 悠希は抱きかかえている少女に再び目を落とした。
 気を失って目を閉じてはいるが、長いまつ毛と整った眉が印象的で、綺麗な鼻筋につややかな薄めの唇もバランスが良い。全身に闇をまとったかのようなブラックコーデと対照的な金髪のミディアムヘアが、冷たい夜風にサラサラと揺れた。
 拓斗は少女の顔をのぞき込んで、

「……たしかに、天使みたいにカワイイですけど。そんなことよりも意識が無いのなら、救急車を呼んだ方がいいですね」

 そう言いながら、スマートフォンを取り出して二人から離れていった。
 悠希は改めて少女を眺めた。
 ビルとビルの間を跳んだあの飛距離――あれは明らかに風属性の魔封石による魔力のはずだ。しかし、少女に魔封石を身に付けている様子はなかった。
 ということは、まさかインプランターなのだろうか? 悠希はそう思いかけたが、少女は明らかに未成年。インプラント手術を受けるのはさすがに無理だろう。
 
「ん?」

 悠希は少女の右耳の裏、首筋に刺青が掘られていることを視認した。
 六芒星(ヘキサグラム)に何やら術式のような文字、そして中心部には目のような模様が彫られている。

(この刺青、どこかで見たことあるな。これって、まさか……)

 悠希が疑問を駆け巡らせていると、少女は「んん……」と身体を動かして、ゆっくりとまぶたを開けた。

「拓斗、ちょっと待て、目を覚ましたみたいだ」 

 悠希の紅い瞳と少女の青い瞳が合ったその瞬間だった。少女は突然、悠希の顔面を目掛けて掌打を突き立てた。

「うおっ!」

 悠希は咄嗟に身体を仰け反らせて掌打を回避、少女を抱きかかえていた両手を離した。
 少女は身体を捻転させて悠希から距離を取った。

「……本当にしつこいわね」
「おいおい、助けてやったのにそんな挨拶はないんじゃね?」

 悠希は少女がピンポイントで急所を狙ってきたことに驚いた。

「……助けた? 追っ手じゃない?」

 少女は悠希を凝視した後、視線を真上に向ける。

「そっか、あたし落ちたんだっけ。あれぐらいの距離なら跳べると思ったんだけどな」

「何があったのか知らねーけどよ、とりあえず礼の一言ぐらいあってもいいんじゃねーの?」
「礼ってなによ」
「は? 落ちてきたお前をキャッチしたのは俺だぞ」
「……あなたが?」

 そんなやり取りをしていたその時、「おい」と、背後から怒気のこもった暴力的な声が聞こえた。
 振り返ると、ドレッドヘアの男がこちらへ向かって歩み寄ってきていた。

「そのガキを渡せ」
「あン? 何だいきなり。てめぇ誰だよ」 

 悠希は男を睨みつけた。
 少女はコートの埃を手で払いのけてから、男へ歩み寄った。

「手間かけさせやがって、クソガキが……」

 男が少女の手首を掴もうとした寸前、ゴキン――と、耳障りな音がして、男は横向きのままアスファルトに叩きつけられた。
 拓斗は「ええっ?」と、驚がくの声を上げた。

「悠希さん、今、何が起きたんですか?」

 狼狽える拓斗とは対照的に、悠希の並外れた動体視力は、冷静にその一部始終を捉えていた。  
 少女は身体を捻って左脚を振り上げた。そして、宙に半円を描いた後、左脛で男の側頭部を打ち抜いたのだ。

「ホント……しつこい男ね」

 少女は横たわる男に鋭い視線を突き刺した。
 悠希は少女を見つめた。

(この動き……コイツ、格闘経験者か?)

「あなた達、ここから離れた方がいいわよ」

 少女は悠希に背を向け、「あたしも、もう行くから」と告げた。
 悠希は立ち去ろうとする少女の背中に向けて、「なぁ」と声を掛けた。
 立ち止まった少女は肩でため息をついた。

「なに?」
「いや、まだ終わってないみたいだぞ?」

 振り返ると、倒したはずのドレッドヘアの男が立っていた。

「……はぁ」

 少女がため息をつくと、蛇頭はコートからサバイバルナイフを取り出した。そして、少女目掛けて駆け出し、無言で斬りつけた。
 少女は身を屈めて斬撃を避けると、蛇頭の背後に回り込んだ。そして、前蹴りを背面に炸裂させた。

「ぐふっ!」

 蛇頭は前のめりに倒れて地面にひれ伏した。
 悠希は驚いて目を見開いた。少女の足さばきが格闘技の中でもより実践的な軍用格闘術に近かったからだ。
 それと同時に、少女が右足を浮かしていることに気づいた。
 今の攻撃で足を痛めたのだろうか? 
 悠希が瞬時に考えを巡らせていると、またもや蛇頭は立ち上がった。そして、サバイバルナイフを投げ捨てると、両手を前方に突き出し、手のひらを広げた。
 右耳に装着されているピアスタイプの魔封石が、チカリと青色の輝きを放った。と同時に、足元がビキビキと音を立てて凍りついてゆく。それはやがて建物の外壁にも及び、周囲のあらゆる物が凍り始めた。
 続けて、左耳の魔封石がチカリと緑色の輝きを放つと、どこからか身も凍るような冷気が渦を巻いて発生した。

 遠巻きに見ていた拓斗は戦いて後ずさった。

「……え?《フロストストーム》? 嘘でしょ? 悠希さん! ヤバイですよ!」

 水属性と風属性を同時に使用するブレンド魔力攻撃《フロストストーム》は、攻撃対象を冷気で覆い尽くし、凍らせて行動力をいちじるしく低下させる。
 その効果は対象の性質や強度によって異なるが、生身の人間であれば細胞組織の壊死や損傷を引き起こす凍傷を負うこともある。
 蛇頭は渦巻く冷気を身体にまとい、「クソが……調子に乗るんじゃねーぞオラァ!」と猛り声を上げた。

 その時、少女も両手を前に突き出した。

 周囲の空気が湿り気を帯び、少女の周りの氷が蒸発し始める。

(火属性? ちょっと待て、コイツ風使い(ランスロット)じゃねーのかよ。まさか火の精霊石までインプラントしてるのか?)

 疑問を感じながらも、悠希は街中での魔力攻撃の衝突が、甚大な被害をもたらすことを冷静に考えた。
 仕方がない――神経を集中させて精霊石から溢れてくる魔力を体内で増幅させた。全身の細胞が活性化し、血液が沸々と熱くなっていく。
 そして、今にも《フロストストーム》を放とうとしている蛇頭に向かって、一直線に翔んだ。

 刹那、少女のプラチナの髪が風になびいた――

「ごぶえ!」

 直後、鈍い衝突音と共に、蛇頭の嗚咽混じりの声が周囲に響いた。

「こんなとこで、そんなモン使ってんじゃねぇよ」

 喉元に悠希の右肘が食い込む。その背には亀裂が入ったビルの壁面があった。
 口から泡を吹き出し、意識を失う蛇頭。
 悠希が喉元から肘を離すと、力無く崩れ落ちた。
 悠希は蛇頭の両耳からピアスタイプの魔封石を外して、「コレは危なっかしいから没収な」と、ポケットにしまった。

 少女は悠希を見つめた。

「ねぇ。今、何をしたの?」
「あん?」
 悠希は全身の瞬発力を一時的に飛躍させる戦闘技術、パルスドライブだと説明した。

「へぇ、凄いわね。あなたインプランターなのね」
「あぁ、お前もそうだろ?」

 少女はしばし考え込むと、「……ねぇ」と口を開いた。

「なんだよ?」
「あなた、一体何者?」
「通りすがりの配達人(デリバレーター)だ。お前は?」
「通りすがりの逃亡者よ」


(第2話へ続く)


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