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魔導人形は深き者どもの夢を見るか④
階段をゆっくり降りていく。
さっきまでは、目の前になかったそれは今では現実のものになっている。
地下鉄の出入り口にしては、あまりにも小さい。
踏みつけると、たしかに地面が存在している。
「滑りやすいから気をつけて」
「表面が濡れているみたいだ」
予想に反して、地下道には光源となるランプが等間隔に吊るされている。
自然にできたものではなく、人工的な建造物なのかもしれない。
「防空壕?」
「その可能性はある。最近はシェルター付きの住宅が売られているというし」
空気は湿気を含んでいる。
やっと海に近付いたような気がしていた。
「まだ続いてる。一旦引き返そうか?」
「駄目!振り返ってはいけない」
なぜ、そんな事を思ったのだろか。
背後から近づいてくる影は、私が前に進んでいる限りは距離をとったままである。
振り返って確認したいという気持ちはどんどん強くなっている。
「じゃあ先に進もうか」
「今ではこちらのほうが現実に近づいているから」
「怖いんだ」
「そらそうでしょ。目覚めたらもしかしたら蝶や魚や、無機物に近い存在だったというオチもあるし」
綻びは些細なものかもしれない。
部屋のレイアウトが少し変わっていたり、家族がなぜか一人多かったり、友達から急にあだ名で呼ばれたり、時計の針が逆に進んだり。
「元の世界では……という言い方が正しいかどうかは解らないけど」
「はい」
「君にとって、私はどんな存在なんだ?」
「先生は…‥」
という答えを遮って、ゴゴゴという水の流れる音が聞こえた。
「こっちだ」
と手を握ると先生は走り出した。
振り返らずに、先に進むと上部へ続く梯子と扉が見えた。
「行って、早く!」
そう言われて必死に登ろうとするが濡れていて上手くいかない。
扉も錆びついているのか押してみてもびくともしない。
もう駄目かと諦めかけた時、不思議な事に扉が上から引き開けらる感覚があった。
「なにやってんだ!危ないだろう。こんなところに入ったりして」
知らない男の人が体を引き上げてくれる。
「まだ、先生が中に」
「中?奥には何も見えないが」
「そんな、さっきまで一緒に」
「枯井戸とはいえ、結構深いからな。私が見てくるから君は待っていなさい」
男は腰にワイヤーロープをくくりつけると、慣れた手付きで井戸を降りていく。
「誰もいないぞ!たしかに、この井戸なのか?」
叫ぶ声がする。
体からは、鱗のような痣が消え去っており、着信履歴には彼の名前が表示されていた。