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「一筋のオモイ」

空が橙色に染まり、今にも日が落ち夜が近づいている事を知らせる夕刻。

剣道場から一つの足踏みをする音と声が聞こえる。

やっぱり。

道着で来て正解だった。

覗いてみると、案の定音の正体はあいつだった。

○○。

小中高と一緒で、いわゆる、幼馴染。

そして、私と同じ剣道部に所属している。

私は、6歳までは関西にいたから方言があるけど。

彼は額に玉のような汗をかきながら、それらを全く気にせず一心不乱に素振りをしたり透明人間と模擬練習を行っている。

それもそのはず。

彼は明日、全国大会の決勝なのだ。

でも…。

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俺は今、明日の決勝戦に向けて自主練習をしている。

もちろん、優勝自体にも執着はある。

受験の時の内申点にもなるし、

親、決勝まで進んだ事を知ったクラスメイト、同じ部の先輩後輩同級生、みんなからの応援と期待を背負っている。

これらを全てドブに捨てるような真似は絶対にしない。

そして、俺にはもう一つ、優勝した先の目的があった。

優勝できたら、あいつに告白する。

優勝を逃せば、告白するべきではないというお天道様からのお告げと受け取り、この恋は俺の胸中で散る。

後者はもちろん俺の望みではない。

負けられない。

絶対に、勝つ。

○○「ふっ!!…フーッ…はぁっ!!」

すると、横から声がする。

??「○○っ。」

体勢を変える事なく、首だけで声の主の方を見る。

そこには、俺が優勝したら告白するつもりの、彼女の姿があった。

○○「どうしたの、茉央。」


○○「練習なら明日の決勝戦に遠征するってので今日は休みだよ?知ってるでしょ?」

茉央「○○の様子を見に来たんよ。どうせ自主練しにここにおるんやろなぁって。」

俺は素振りを再開し、茉央と目を合わせる事なく会話する。

○○「当たり前じゃん。明日は決勝、一切の努力を怠ることはできない。」

○○「1秒でもあれば素振りする。勝つための練習をする。」

○○「絶対に、負けられない。」

様子を見に来た彼女にこんな冷たくするのは気が引けるが…想い人である彼女にこれ以上ここにいられては集中力が切れる。

○○「茉央。すまないけど一人で集中したいから今日は帰ってくれな…」

次の素振りをしようと後ろに振りかぶった瞬間、カンっと音がして竹刀が動かなくなった。

後ろを向くと、彼女が横から俺の竹刀に自分の竹刀を被せる形で、俺の素振りを止めていた。

○○「…何のつもり?」

彼女は小さくため息をついた後、微笑みながら言った。

茉央「なぁ、私と手合わせしてくれへん?」

○○「…?」

茉央「それとも、決勝を前にそれほど実力もない私と戦うのは時間の無駄とでも言う?」

○○「…いいよ。受けて立つ。」

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お互いに面を被り、構える。

○○「…はじめ。」

相手は茉央だ。

よく知る相手だし、

準決勝の相手の方がよっぽど強いはず。

単純にいけば、勝てる相手。

いや、油断はするな。

相手を舐めるな。

なんなら決勝戦の相手だと思って戦え。

動きをよく見ろ、感覚を研ぎ澄まして…

茉央「…ハッ!」

○○(…!?)

○○が考えているうちに、茉央が攻めてきた。

咄嗟に防御をし、受け流す。

○○(何だ…!?強い!)

何回か竹刀を交えていた時だった。

カンッ!!カラカラ…。

茉央の一撃に竹刀を弾かれ、○○は竹刀を落としてしまった。

しかもその勢いに体も持っていかれ○○は尻餅をついた。

正面を見ると、茉央が○○に竹刀を振り下ろし、面の寸分で止めていた。

茉央「私の勝ちだね。しかも竹刀落としで反則も一回。」

○○は頭が真っ白だった。

いや、真っ黒か…?

お互いに面を外す。

茉央「ほい、お水。」

○○「…あぁ。」

武道場壁際、水を取ってきて○○に渡した茉央は自分も水を取り、○○の横に腰掛けた。

茉央「心ここに在らず、って感じだね?」

○○「強くなったね、茉央…。」

茉央「違うよ。私の実力はほとんど変わってない。○○が弱くなってるんだよ。」

○○「はっ…?」

茉央「肩に力が入りすぎ。」

○○「…。」

茉央「確かに決勝って緊張するだろうし、いろんな人の思いも背負ってるかもしれないけどさ。」

茉央「一回今背負ってるもの全部忘れたつもりで、純粋な○○の剣道をやってみたら?」

○○「純粋な俺の…剣道…。」

○○は振り返る。

大会前、自分はどんな気持ちで練習に打ち込んでいたか。

…思い出した。

○○「…うん、この感覚だ。」

茉央「…よし、いつもの○○だ。」

○○「ありがとう、茉央。なんか吹っ切れたよ。」

茉央「うん、頑張れ!」

茉央「あ、そうそう、はい、これ!」

茉央が差し出してきたのは、お守りだった。

○○「…お守り?」

茉央「必勝祈願!大事にしてよ〜?」

○○「嬉しいよ。ありがとう。」

○○「それでさ、茉央、もし勝ったら…!」

茉央「…勝ったら?」

○○「…いや、今はやめとく。勝った時にまた言うよ。」

茉央「そっか。わかった。」

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そして迎えた大会当日。

いよいよ決勝が始まるため入場するという時だった。

茉央「○○!」

廊下で後ろから声をかけられた。

○○「茉央。」

振り向くと、茉央が何かに気づく。

茉央「あ、私のお守り。付けてくれてるんだね?」

○○「あ、うん…そりゃあ、ね…。」

途端に恥ずかしくなって目を逸らしてしまった。

○○「じゃ、行ってくる。」

振り向こうとすると、急に両頬を摘まれた。

○○「むっ…にゃにしゅるのしゃ…。」

茉央「フフッ…スマ〜イル、だよ?」

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まお『○○、顔怖い〜!もうちょい笑いなよ〜!』

○○『ん〜!ほっぺた摘まないでよ!まお〜!』

まお『あははは!やっぱり○○は笑ってた方がいいよ!』

○○『やったな〜!お返し〜!』

まお『きゃ〜!』

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頬を摘まれて無理やり笑顔を作らされる。

昔からの茉央のクセというか、お決まりの行動だった。

懐かしい。

俺は茉央の頬を摘み返し、そのまま茉央の顔を前後に揺らす。

○○「フッ…あ〜り〜が〜と〜う〜!」

茉央「むぐぐ…。」

そしてお互いに手を離し、

○○「よし、じゃあ今度こそ行ってくる!」

茉央「うん!行っておいで!」

茉央が両手でガッツポーズを作りながら笑顔で送ってくれる。

あぁ、やっぱり俺、あいつのこと好きだ。

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審判「それまで!勝者、乃木坂高校、○○!」

○○「…勝った…!」

剣道部員「うお〜!○○が勝った〜!」

剣道部員「○○が優勝だ〜!」

応援席からみんなの声が聞こえる。

退場すると、今度はみんなの元に戻るまでのロビーで茉央に声をかけられた。

茉央「○○〜!」

茉央は俺の名を大声で呼ぶなり、そのまま俺に突っ込んで抱きついてきた。

○○「うおっ…と!」

茉央「優勝、おめでとう!」

顔を上げて満面の笑みでそう言ってくる茉央。

とてつもなく愛おしい幼馴染の頭を撫でながら、俺はそれに答える。

○○「ありがとう。茉央のおかげだよ。」

茉央「えへへ〜。嬉しいけど、私は○○の余計な力を抜いてあげただけやから。勝てたのは○○の実力だよ。」

○○「ううん、茉央がいなかったら多分負けてた。」

茉央「じゃあ、そう言うことにしといたる。」

茉央「…あ、そうそう!」

○○「?」

茉央「昨日、なんて言おうとしてたん?」

茉央「昨日言いかけてやめたやんか、もし勝ったら〜って。勝ったから言ってくれるんやろ?」

○○「あー、それね、うん…。」

茉央を自分から剥がし、一呼吸おいて、茉央の目をまっすぐ見つめる。

勝てたってことは、お天道様からのゴーサイン。

もう、引かない。

こっちでも、最後の攻めの一突きを。一筋に。

○○「茉央。」

茉央「なに?」

○○「閉会式の後、話がある。2人きりで。」



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○○「ヤバいヤバい!やらかした!」

♪〜

○○「もしもし!?茉央!?」

○○は慌ただしく着替えながら頭と肩でスマホを挟んで電話に応答する。

茉央『何してんのー!もう待ち合わせの時間過ぎてんでー!今日初デートやでー!?』

○○「ごめんごめん!今急いで準備してるから!」

茉央『も〜!早くしてな〜!今日はいっぱい楽しむんやろ〜?』

○○「もちろん!

ガンッ!!

…あ、いって!?」

茉央『ん、さてはどこかに体ぶつけたな?平気?』

○○「平気だよ。…おっと。倒れてやんの。」

コトン

○○は倒れていた写真立てを立て直す。

○○「これでよし。あー、うん、今行く!すぐ!すぐ着くから!もう少しだけ待って!」

パタン

○○が扉を閉め部屋を出る。



トロフィーの前に置いた写真立て。

そこには、優勝トロフィーを抱えた○○と、○○に腕を組み手を繋いだ茉央が、これ以上ないであろう、とびきりの笑顔で写っていた。



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