ブギーマンに捕まるな1

この話はフィクションです。


そう、多分そういう意味では。
でもここで起こったようなことはフィクションじゃない。
そう、多分そういう意味では。

その日何故その公園に行ったのかはわからない。
覚えていない。

母親と弟といたから、何か用事の帰りだったのではないかと。
大きな公園で、家の近所にはないトンネルみたいな穴の開いた遊具や、クルクル回る球状のジャングルジムみたいな遊具(何年か後には危険だからと鎖で動物みたいにつながれ、動かなくされてしまう哀れな悲劇の遊具)があり、それを見た私のテンションはあがった。
私は小学校の高学年だった、と思う。
10才くらいかな。
見た目はもっと幼く見えていたけれど。

まず、私は最初にいわゆるビビり(関西弁で怖がり)の3つ下の弟を見捨てた。
こんなヤツとつまんない砂場なんかで遊んでられない。
ちらりと見たら、お母さんはベンチで本を読み始めていた。

砂場はお母さんのちかくだし、この面白くない生き物の相手を私がする必要はない、と私は考え、私はまっすぐ、クルクル回る遊具へと走った。

赤や黄色に塗られた鉄パイプが円を描き、組み合わさり、綺麗な球状を作っていた。
何本もの鉄パイプで作られた地球儀みたいなその遊具に私は一目惚れしたのだった。

子供達は足で地面を蹴り、遊具を回す。
遊具は回転する。
捕まる子供達を遠心力で振り回しながら。
猿のように子供達はその遊具につかまり、回りながら絶叫する。
それは最高に楽しい遊具であることは間違いなかった。

遊具は飽きることなく回り続けていたが、私か近寄るとスピードを緩めてくれた。
私は喜んで遊具につかまった。

クルクル
遊具はまわりだす。
地球儀が回るみたいに。
そして私達は衛星みたいに遊具に捕まったまま一緒に回る。

世界が回る。
どんどん回る。
両手に自分の身体の重みを感じる。
足が宙に浮く。
浮遊しながら、自分の身体をつなぎとめる。
飛んでいく、また落ちて地面を蹴り、また回り、浮遊する。
球体に掴まり回る子供達は笑っていた。

回る世界、笑い声、浮遊する身体。
私も声の限りに叫び笑っていた。

回る回る回る。
地面を蹴れば浮かびあがり、また回る。

こんなに楽しいものはなかった。

どれだけ回っていたのか。
さすがに疲れたのか、遊具は止まった。
地面にへたり込みながら、またそれか面白くて私は笑った。
初対面の子供達と共に。

子供達は4、5人いて、そこにあの兄妹がいたのだった。
二人は私に兄妹だと言った。
中学生くらいに見える兄と、私と同じ年頃に見える妹。
中学生くらいの兄が年下の子供達と一緒にいるのは少し奇妙に感じたが、友達のお姉さん達がたまに遊んでくれることもあったからそういうものかと思った。

他の子供達が走り去り、今度は私達は3人だけで遊具を回しはじめた。

やはり面白くて楽しくて。
私達は心から笑ったのだった。

「次、あそこいこ」
妹が誘ってきたのだ。
トンネルみたいな遊具。
わりと長い歪んだ土管が重なった遊具は、確かに楽しそうに見えた。
私達は笑いながら土管みたいな遊具に突撃した。

身体をぶつけ合いながら土管の中を蠢いていた。
遊具の中は膝をかかえて座れるくらいの高さだった。
知らない女の子と額をぶつけ合う距離で、はしゃぎあうのは楽しかった。
何故か口をきくことのない、私達について来るだけのその子の兄に奇妙な違和感をもちながらも。

曲がりくねった土管の中で、彼女は私の肩を突然掴んだ。
その強さに私は一瞬怯えた。

でも、もっと怖いことはその後に起こったのだ。

「おちんちんみせて」
彼女は私にはっきりと言った。

私は固まった。
彼女が何を言っているのか全く理解できなかったのだ。
なんでそんな言葉を使うのか。
そして、それが私に何を要求しているのか。
それにおちんちんは男の子のものだ。
女の子のものをなんと呼ぶのかは当時の私はしらなかったけど。
それが性器であるという自覚すら、私にはなかったのだ。

「パンツ脱いで、おちんちん見せて」
彼女は再び言った。

私はパニックを起こした。
そんなことを言われたことはなかった。
お母さんから、男の人とかに触られそうになったり、服を脱がされそうになったら大声を出せとか、逃げるようにとは言われていたけれど、同じ年頃の女の子については何も言われていなかった。

どうすればいいのだろうか。

パンツを脱いでそこを見せる行為に何の意味があるのだろうか。
でも、何か嫌だった。

私は女の子の顔を見た。
驚くことに、彼女の顔には何の表情もなかった。
笑ってた笑顔も、意地悪している子が浮かべるゆがみも。
ぺらんとした、何もない顔になっていた。
人間が人形になったみたいだった。

人形はまた口を開く。
 
「私も見せるから、見せてくれる?」
その声ははっきりしていて、平坦だった。
ただの音のような声。

私は怖くなった。
土管の暗がりの中で、女の子の顔は白かった。

私は助けを求めて彼女の後ろにいる、彼女の兄を見た。

そして、私は凍りついた。

彼女の兄があまりにも醜かったからだ。
無表情ではあってもありきたりだった少年の顔が変化していた。
唇が笑ったように歪められていた。 
目が見開かれてギラギラと光っていた。
歪みというしかない表情だった。
醜いとしか言えない表情を顔に貼り付けていた。
私はそれが何かを知っていた。

それは私が母親の買い物を待つ間本屋で立ち読みをしていた時、私の背後に立ち、私の尻を撫で回した若い男が浮かべていたのと同じものだったから。

それから20年過ぎた今でも思い出せる。
汚い油が滲み出してくるような醜い顔。
顔の造作ではない、その人間の中にあるものが漏れ出したもの。
きっと、顔の下にあるものはもっと醜い。

私はその男の手を振り払い逃げ出した。
待ってると言った場所にいなかったと母親にその後怒られたけど、何故か母親にそのことを話せなかった。

もっと怒られる気がして。
その後、一人でその本屋に行くことはなくなった。
場所の問題ではないとわかっていたけど。

とにかく女の子の兄は、その男と同じ顔をしていた。
悪い男の人がいることは知っていた。
小さな女の子を狙う。
でも、同じ子供なのに、この兄はあの男と同じ顔をして、妹と私をみている。

私は恐ろしくなった。

「見せて」
女の子が無表情にせまる。
私は何も言えない。
混乱して。

私は女の子より兄を見た。
女の子の声よりそちらが気になったのだ。

ふわりと兄の頭が割れた。
割れたとしか言いようがない。
顔が花が咲くように開いたとでもいうのか。
暗がりの中一瞬で、違う形に人の頭部の形が変化したのだ。
幼かったから、受け入れられた。
今なら正気でいられなかったかもしれない。
「そんなこと有り得ない」と思っているからだ。

でもそれはそうだったのだ。
たくさんの黒い触手が首から生えて揺らいでいた。
少年の頭部の代わりに。

私は声にならない悲鳴をあげた。

その触手はすっと女の子の後頭部をつらぬいた。
まるでゼリーでも刺すかのように。

女の子は触手に貫かれ、開けた口から触手を飛び出させたまま、言った。

「おちんちん見せて、早く」
その声はやはり無表情で、舌と黒い触手が口の中で揺れていた。

コイツがこの女の子に言わせている。
私はそう理解した。

女の子を貫く触手は、人間の少年のものに見える身体につながっていた。
女の子に刺さっていない他の触手は、首の上でイソンギンチャクのように揺れていた。

少年の身体の腕が、自分のズボンを脱ごうとしているのを私は見た。
そのズボンの股間は、本屋の男が私に押し付けてきたのと同じで膨らんでいた。
私にはその意味さえわからなかったが、ムカつきだけは感じた。

私はようやく声を取り戻した。

「嫌!!!」
声の限りに叫び、思い切り女の子を突き飛ばし、私はその暗い土管を飛び出した。

泣きながらお母さんお母さんと叫んだ。
ベンチに座っていた母が走ってきた。
砂場で遊んでいた弟も。

「どうしたの!!」
私はお母さんに抱きついて泣いた。

でも。
でも。

「どうしたの?どうしたの?いいなさい!!」
そういうお母さんに私は本当のことは言えなかったのだ。

何一つ。
何故か。
怒られる気がして。

「犬が・・・犬が・・・」
そう答えるしかなかった。

「噛まれたの?」
お母さんは心配そうに言う

去年噛まれてから私が犬嫌いになったからだ。

「大丈夫・・・大丈夫」
私はお母さんにしがみつきながら言った。

そう、大丈夫。 
お母さんは暖かくて、安心する。
ここならもう、あの変なモノはいない。

私は出てきた土管みたいな遊具に目をやった。
兄妹はそこから出てこなかった。

あそこにいるのは化け物だ。
私はお母さんにしがみついた。

帰り道もお母さんから離れなかった。

続く

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?