betcover!! - 卵
才能の塊過ぎて久々にビビった・・・というのも、もはや「天才」という言葉を使うことすらはばかられる、もはや嫉妬すらわかないほどの才能の塊、そのダイヤの原石を発掘して逆に嬉しくなってしまった存在こそ、1999年生まれの東京都は多摩地区出身のシンガーソングライター、柳瀬二郎のソロ・プロジェクトことbetcover!!に他ならない。近頃は海外評価の高まりが著しく加速しつつある彼らだが、自分の中ではアニメ『闇芝居』のエンディングテーマのイメージが強かったりする。
こんな才能がエイベックス傘下のカッティング・エッジからメジャーデビューしていた事に驚いたと同時に、エイベックスの先見性と審美眼を少しだけ見直した。しかし、彼らの存在をBandcampをはじめアンダーグラウンドシーンに生息する海外音楽フリークの目に留める要因となった、2021年作の3rdアルバム『時間』からは再びインディーズにカムバックしており、とにかく一瞬でも自分にとっての青春だったJanne Da Arcと同じレーベルに在籍していたことに、何かの縁というか運命を感じてしまった。
自分の中で、柳瀬二郎はシンガーソングライターの岡田拓郎や津野米咲に代表されるオルタナ~ノイズに精通した「歪」の素養を持つギタリスト、その系譜にある一人だと一方的に評価してて、中でもデビュー作の『中学生』や2ndアルバム『告白』のメジャー時代は、特にギターの歪みに対する意識の高さが際立った、そのオルタナ然とした普遍的なスタイルが初期のきのこ帝国やThe fin.、あるいはインディーズ時代の赤い公園のようでもあり、そのZ世代を中心とした若者の言葉を代弁する無垢な叫びを、同世代のParannoulさながらブチ撒けていた。
前作の『時間』から約一年ぶりとなる4thアルバム『卵』は、上記に引用したように「一発録り」で制作されたとのことで、いわゆる一般的なスタジオ・アルバムとは一線を画した、「一発録り」ならではのジャズ・ロックを一つの大きなバックグラウンドとしている。冒頭からジャズバーに来店したような、大人っぽいムーディなピアノの音色から始まる#1”母船”からして、バンドメンバーによるライブ感溢れる生々しいサウンドメイクを施した、どこか官能的でありながら叙情的かつ情熱的、そして美しい旋律を奏でる音色は、まるで70年代の古き良き日本映画を鑑賞しているような淡い感覚(ノスタルジー)すら憶える。
まるでtoeのライブさながらの激情的な熱量を感じさせるジャズ・ロックを”母船”としつつも、オルタナ~インディ・ロック~ノイズ・ロック~プログレッシブ・ロック~エクスペリメンタル・ロックを落差のある緩急を織り交ぜながら往来、しかしあくまでもbetcover!!なりのアートロックとして独自の世界観を構築する#2”超人”、続いてアヴァンギャルド・ジャズあるいはDissonant Jazz Rockとばかりの喜劇性を孕んだコンテンポラリーなデカダンスを繰り広げる#3”壁”は、もはやblack midiばりのブルータル・プログの領域に片足突っ込んでいる。とにかく、スティーヴン・ウィルソンの2ndアルバム『Grace For Drowning』から3rdアルバム『The Raven That Refused To Sing (And Other Stories)』にかけてのSWに肉薄するクラシック・ロックの音楽的素養から紡ぎ出された極上の咀嚼音(ASMR)を奏でている。
そのスティーヴン・ウィルソンに次いで、SWがプロデュースを務めていた00年代のOpeth、それこそ”Harvest”を彷彿とさせるアコースティクな70年代フォーク・ロックの#4”H”は、タイトルの「H」の意味が「のび太さんのエッチー!」と同じ意味の「H」と知って笑った。その下ネタ、もとい官能小説的なリリックも魅力の一つと言える。
昭和のジャパニーズパンク、というより一世風靡セピアさながらのロカビリー/ロケンロー/ツッパリ精神を内包した#5”イカと蛸のサンバ”、打って変わって柳瀬二郎がトクマルシューゴや岡田拓郎らの日本のシンガーソングライターの文脈の一部にある事を示唆するインディロックの#6”愛人”、90年代のヴィジュアル系というか初期のラルクを彷彿とさせる艶めかしい浮遊感およびhyde感のある、それこそエイベックスからメジャーデビューした自身の遍歴に筋を通してるのが俄然面白くて説得力しかない#7”ばらばら”、そして柳瀬がカネコアヤノよろしくフォークシンガーとしての一面を覗かせる#8”鉄に生まれたら”に象徴される、それこそ村下孝蔵や尾崎豊に代表される、昭和のムード歌謡的な雰囲気をまとう柳瀬二郎の弾き語り映えする情緒的な歌声は、いわゆるZ世代の24歳とは思えないバブリーな時代背景を漂わせている。
そして本作のハイライトを飾る表題曲の#9”卵”は、いかにこのバンドが凄いのか、いかに柳瀬二郎が天才いや超人であるのかを証明するような名曲で、哀愁に次ぐ哀愁がダダ漏れのアコギと官能的なビートを刻むドラム、そして情熱的かつ純情的な感情を以って唸り声を上げる轟音ギターが織りなす鳥肌不可避なイントロからして問答無用に優勝、もはや令和版『はぐれ刑事純情派』があるならEDテーマとして採用不可避です(先日リリースされたライブアルバム『画鋲』では俄然轟音ノイズマシマシ)。アルバムのラストを飾る#10”葵”は、今にも盗んだバイクで走り出しそうな昭和のフォークソングでセンチメンタリティ。
少し話は逸れるけど、曲タイトルの「母船」と「卵」の組み合わせで思い出したのが、他ならぬ押井守監督のアニメ映画『天使のたまご』で、つまりbetcover!!の「母船」が『天使のたまご』における「ノアの箱舟」であると解釈すると、本作は非常に前衛的かつメタ的な作品と呼べるのかもしれない。
インディーズにカムバックした前作の『時間』を経て、更にその才能を開花させた本作の『卵』は、ジャズ・ロックやプログレッシブ・ロックに急接近したアヴァンギャルドなサウンド・デザイン、および柳瀬の歌に関しても10代の青春を引きずったメジャー時代の青臭さが抜けて、存外落ち着いたトーンを以って劇画的なシブ味とともにエッチな色気を醸し出している(ライブ感溢れる音像とのマッチアップも美味)。なんだろう、LPでもなく、CDでもなく、カセットテープで聴きたくなる音楽アルバムとでも言うのか、それ以上に生のライブで体験したい音楽である事だけは確かです(ライブに行こうと思い立ったけど既にソールドアウト・・・デジャブ)。
自分の中では「西のカネコアヤノ、東の柳瀬二郎」じゃないけど(過去に自主企画でツーマンしてる!)、フジロックからオファーされるのも時間の問題というか、逆に今まで一度もフジロックに出演していない事に驚いた、ガチで驚いた(大丈夫か日本の音楽業界)。正直、昨年このクオリティのアルバムを出しておいて、今年のフジロックに呼ばれないなんてことは地球が引っくり返るくらいありえない(C-MOONがいない限りは)。