「100円ライター」
原作・ジョージ
第1話 サトシ
(男子高生2年)
すいません、火借りていいですか?サトシは40代半ば過ぎ白髪まじりの会社員に声をかけた。
この夜道、ポケットを探しても見つからぬライターを探すより酔った歩き煙草の会社員に声をかけるほうが手っ取り早かった。
おぁ、と100円ライターを胸ポケットから取り出す白髪まじりの眼鏡のかかった鼻に間髪入れずサトシは右手の拳を叩きつけた。
あぁうっ、と声をあげる会社員を蹴り飛ばし、うずくまる腹に4発蹴りを見舞った。
サトシは落ちた100円ライターを拾い上げセブンスターに火をつけると、酔っ払いの内ポケットから財布を抜き出し奪って足早に横道に逃げた。
ははっ間抜けなオヤジだな何だこれ?
「ボロボロになったひとへ」
100円ライターの中央部に黒のボヤけた字で印刷されてある。
バカが何がボロボロだお前のことだろ。
サトシは財布から札を抜き投げ捨てると、白色の100円ライターと札をズボンのポケットにしまい込んだ。
「100円ライター」
第1話 サトシ 第2部 母親
ただいま、サトシは猫と喋る母親に視線を向けた。
お兄ちゃん帰ってきたよ、母親は口を尖らせて甘えたような口調で猫に話しかけている。
コメカミの後ろに嫌悪感を走らせながら返事をせず逃げるように部屋の引き戸を見つめ進むと、
追い掛けるようにヤダね、怖い目してと母親は猫と続ける。
何処に向けた言葉なのか確信の持てぬまま嫌悪感は胸に移る。
引き戸を閉め、むかつく胸に煙をこもらせ言葉を吐き捨てるように煙を吐く。
クソが、何処にもやり場のないサトシの怒りは社会のすべてへ向けられている。
なぜ俺は聞かなければならなかったのだ。
なぜ俺は聞き続けなければならなかったのか。
私なんていないほうがいいんだよ、もう死にたい。
酔うと母親はそう呟き泣いた。
母親は目を覚ますと定位置に座り発泡酒を開け、マイルドセブンに火をつける。
そしてサトシを見つけるとさっきのように話しかけるのだ。
そんなことないよ、大丈夫だよいいことあるよ、そう励ます。サトシの声は母親には届かない。
この人はなぜ俺の悲しみを理解せず泣くのだ?
サトシの理解を越えていた。
この生活は6歳の頃から続いている。
父親さえいれば…本来、俺の役割ではないのではないか。
葛藤を抱くが現実問題、2人きりだ。
はっクソがボロボロなのは母親か、俺が泣きてぇよ。
セブンスターを切らしたサトシは母親のマイルドセブンを頂戴する。
「ボロボロになったひとへ」
ここへ置いて置くか…
「100円ライター」
第1話 サトシ 終
第2話 母親へ続く
「100円ライター」
第2話 母親 (アルコール依存症)
なぜ私は生まれてきてしまったのだろうか?
優しかった本当の兄は13歳で死んだ。
別々の愛人から生まれた2人の姉、また別の愛人から生まれた私。
そして誰とも血の繋がらない母。
この人の為に生きてゆかねば、この人に認められなければならない。
父の支配はいまも続いている。
旦那は私の言葉には耳を貸さない、理由はわかっている。いまも私は父の支配下にあるからだ。この4世帯が住む300坪の建物の内側は異常だ。
そう分かっていても私には逃げることも死ぬこともできない。
サトシだけは…サトシだけは何としても私が守らなければ。
眠れない身体を奮い立たせ店へ向かう。
今日も認められなければならない。
父親に私にできることはこれだけ、店を開け続けすべてを守るのだ。
見慣れないライターね、サトシのだわ。
「ボロボロになったひとへ」
あの子、大丈夫かしら…
また捕まるようなことしてないといいけど…
第2話 母親 終
第3話 ハチ 続く…
「100円ライター」
第3話 ハチ (大麻フリーク)
あぁ、腹へった。起き抜けの一服を巻き舐めるように吸い込んだ煙にむせるハチ。カーテンのない部屋に差し込む夏の陽が眩しい。
またエンゼルに行くか、所持金は4200円。ナポリタン800円特盛無料てとこだろうな。
乾いたのどを水道水で潤し煙草に火をつける。
あぁ何かいいな、静かなのも悪くない。
こんな日は悪魔信仰の歌を聴こう。
ブードゥーチャイルド、あぁブードゥーチャイか笑。腹へった。
パンツ穿いてエンゼル行こ、いつものおばさんが裏から少し顔を出しながら煙草を吸ってる。
出された水を飲みながらメニューを見る、全部、美味そうだ。しかし、俺は決めてる。
ナポリタン特盛だ。あの酸っぱいケチャップがこの俺には必要だ。
確信を持っているハチは煙草を取りだした。
あれ、ライターねぇ、すいません、何か余ってるライターとかありますか?
これで良ければどうぞ差し上げます。
おばさんは白の上等な100円ライターをくれた。
あん?
「ボロボロになったひとへ」
なんじゃ、こりゃ、俺、ブリってんのばれてるのかな?
まあ、いいや、煙草うめぇ。ここ、出てくんの早いんだよな、
腹へった。
第3話 ハチ 第1部 終
第2部 ミホへ続く…
「100円ライター」
第3話 ハチ 第2部 ミホ
あぁ、クソ暑ぃな、なに飲む?
ハチはミホに発泡酒を差し出した。
お前なんか鼻水たれてんぞ?
ん、ズッとあまり吸い上げられてない音がした。
随分、挙動不審な格好してるな、芸能人みたいなサングラスかけて、
大丈夫かな、ハチは心に不安をよぎらせながら、
炊く?と用意しておいた紙巻に火をつけた。
3口、強く吸い込むとミホに目を合わせ紙巻を手渡した。
疎通が取れなかったのか紙巻は床に落ち、すぐに拾い上げまた手渡した。
火が消えしまった紙巻にホストのようにライターを口元に寄せると、
自分で付ける、と100円ライターで着火した。
ミホは2口ほど吸い込んだ所でむせ軽く吹き出した。
紙巻をまた受け取り四度、回し吸いをすると最後は自分で火を尽くした。
炎天下のもと部屋の温度は21℃、肌寒くて気持ちがいい。
唇を合わせると鳥肌の立った腕を回す。
ハァ、吐息がもれた…
第3話 ハチ 終
第4話 ミホへ続く
「100円ライター」
第4話 ミホ (覚せい剤依存症)
「ボロボロになったひとへ」
だから渡してきたんだ、私ってボロボロかな。
部屋は昨日、片付けたばかりだが物があふれてる。どうしても綺麗にならないんだよな。医者に処方されたADHDの薬が左の鼻の真ん中辺りに詰まってる。粉にミント混ぜてるのに、鼻つまる、困ったな。
すこし元気でてきた、抗うつ剤がよかったんだな。どうしよう、お母さんに止められてるから炙りはヤバイよな。もうちょっと動けないと、生活していけないし。すこしだけ…すこしだけ…。
ガラスに白く濁った固まりが溶けてく、すごい、竜巻みたいだ。このライターいいな、カチッて鳴ると音が響くから、シュッなら大丈夫だ。3口深く吸い込み息を止め詰まった鼻からも煙を吐いた。
ははっ背筋がゾクゾクする。あぁ、髪もゾワゾワする。これだけ…これだけなら大丈夫。使いすぎないようにしなきゃ、おばあちゃん今日は声が大きいな。
心配なことでもあるのかな、あとで一緒にハッカの煙草吸おう。煙草吸ってるときのおばあちゃん、何かカッコいいんだよな。大丈夫。おばあちゃんの所いこう。
第4話 ミホ 終
第5話 おばあちゃんへ続く
「100円ライター」
第5話 おばあちゃん
かんじーざいぼーさつぎょーじんはんにゃーはーらーみーたーじーしょー…
今朝のニュースで見た事件、可哀想に、あんなに小さな子を。
菩薩さまが救ってくれる、菩薩さま、どうかあの子を極楽浄土へと導いてあげてください。畜生の諸行どうぞお許しください…
この世の餓鬼の往来、どうぞ止めてくださいまし。
ミホは最近、顔色があまり良くないのです。あの子の苦しみをどうぞ取り除いてあげて…仏さま力を貸してください…
ぎゃーてーぎゃーてーはらーぎゃーてーまかはんにゃしんぎょー…
あら、いつからいたの…?
今日はハッカ持ってるの?
ありがとう…
たまに吸うとスーッとして気持ちいいわよね、
ミホほら仏さまにお線香あげて…
今日はすこし良さそうね、菩薩さまが見ててくれているんだよ。
しっかり生きていかないとね!
煙は天にのぼってく…
第5話 おばあちゃん 終
第6話 放火魔 続
「100円ライター」
第6話 放火魔
鍵、開いてるな、いつもだ気に食わねんだ、こんなもん拝みやがって、金目のもんねぇかな、しけてんな。
おはぎ食えねえよ、口がダメだ。
あん?
「ボロボロになったひとへ」
こいつらボロボロか、まぁそんな感じだな。心よせあいやがってよ、
気に食わねぇ…
あぁ、いいこと思いついた。
気分よさそうだ。
100円ライターを右ポケットにしまい込んだ。
なんだか知らねぇけどよ、あったけぇの気に入らねんだ。
そんなに肩寄せあって笑ってたけりゃ俺が派手にしてやるよ。
どいつもこいつも…
オイルだな、あった、関係ねぇんだよ。
自動ドアをでて坂道を登る。
派手にしてやるよ、
あったかくしてやるよ、
サドルにオイルをかけると
100円ライターはシュッと音立てた…
「ボロボロになったひとへ」
第6話 放火魔 終
第7話に続く
「100円ライター」
第7話 閉鎖病棟看護師ナス
(咳止め愛好家、処方薬依存症)
(放火魔)
再来年から本気だします!
すごいこと言うね、
じゃ、所持品チェックしていくね、
そう答えたナス看護師の目は笑ってない。
ライター、1、
(放火魔)
神様団地!!
あれ? これなんだっけ?
「ボロボロになったひとへ」
なんだっけな、あー、
リ〇ーフランキーの短編じゃん。
こんなライター出してんだ、
これサカイさんのだよね?
(放火魔)
神様団地!!
なんだっけな、あ、そうだ。
大麻農家の嫁か、笑、
(ヤマちゃん)
すいませーん。ナスさんライターガス切れです。
え?なに?ライター?ガス切れ?
はいはい、いま持って行くから、
これでヤマちゃん、完璧でしょ、
ヤマちゃん、これこれ、知ってる?
(ヤマちゃん)
何それ、カッコいいじゃん、
ボロボロって俺らのことじゃん、
(ナス)
ははっ俺もだよ、ボロボロですよ、
ほんとに、あとで仲間、紹介するから…サカイさんての、イカしてるよ!
すげー名言吐くからー!
(ヤマちゃん、)
まじ、興味あるわ、ノリ合うといいな。
「ボロボロになったひとへ」
(ナス看護師の同僚とサカイ)
あっゴメンねー、だいたい終わった?
うん、はい、はい、おけ。
じゃ、サカイさんいこ、腕時計?
いいよ、高いのじゃないよね?
あ、うんうん、大丈夫。
これね、はい
(放火魔)
再来年から本気だします!
(ナス)
いいね、それ、いいよ、すごく。
やべ、気持ちわるくなってきた、
白いゲロ吐きそう、
ダルいな、朝までか。
第7話 閉鎖病棟看護師ナス 終
第8話 ヤマちゃん 続く
「100円ライター」
第8話 ヤマちゃん (薬をやめる会)
薬物依存症のナスです。
なすー、
ぼくはメインは咳止め、処方薬なんですけど…仕事がヘビーなのもあって仕事前とか使っちゃいけないって時に、咳止め使って職場で白いゲロ吐いたりしてて薬が止まらないんですよ…
薬物依存症のヤマちゃんです。
ヤマちゃんー
いま、やっとこの前、2年のクリーンを迎えたんですけど、
このクリーンが始まって1ヶ月のときに、仲間に助けてもらって、その前から助けて貰ってたんですけど、病院で煙草吸いたいときに、ガス切れで、したら、すぐライター持ってきてくれたりして…
「ボロボロになったひとへ」ってメッセージもらって…そうです、そうです、クリーン1ヶ月で苦しかった時期に小説読んだんですね、そしたら、腹抱えて笑えて、助かったなって、他にも病院の仲間にメッセージ貰ったりしたんですけど、…
「ボロボロになったひとへ」
手から手へ…
心から心へ…
メッセージ(気持ち)は渡ってく…
「100円ライター」 終
エピローグ
12年後…
(サカイ)
やっと出れるよ、長かったな、
渋谷いこ、まだクレープ屋あるかな、
結局、あのサドルの件じゃねぇんだもんな、まあ、でもあれが悪かったんだな…
「ボロボロになったひとへ」ってか
まじだな、俺ボロボロだ…
クソ、こんなもんのせいで、
投げたライターの先で、
カラスが飛びたった…
水色のゴミバケツへ
ジャストイン、
おーまいがっ、まいこーじょーだん、
センターらいん、手前からシュート…
スリーーーー!ポイン、
ゴミ集積車に乗り、
夢の島へ…